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ロックン・ロールと宗教

アジカン東北ライブハウス大作戦ツアー

 先日、アジカンのライブに行ってきた。ホールツアーなどの大きな会場ではなく、岩手県大船渡の小さなライブハウスで行われたライブであった。ライブハウスの定員は150人であったが、300人弱の人がそのライブハウスにつめかけていた。
 アジカンのライブに行くのは2回目であった。1回目は今年行われたホームタウンのホールツアーであり、そこで完璧にアジカンに魅せられた。そして今回はライブハウスであった。前回よりも間近でロックを感じることができ、特に終盤は凄まじい熱気を浴びながら楽しみきった。
 といっても、ライブが終わって外に出るといつもと変わらない寂しさに襲われた。周囲にアジカンを知っている人間もいないため、ライブには1人で参戦していた。終わった後に感動を共有する仲間もいない。汗でへばりつくポロシャツを肌で感じながらホテルまでトボトボと歩いたのである。
 これまでアジカン以外にもライブに何回か行っているが、そのほとんどが1人参戦であったため常にライブ後にはその寂しさに襲われる。それに、誰かと一緒に行ったとしても、その友達と別れた後は同じような寂しさに襲われるだろう。ロックはライブ中は楽しませてくれるが、終わった後は何も残してくれない。当然のことではあるが。
 いっそロックがその寂しさ、そして日常の寂しさまで消し去ってくれないかと思う。ライブ中のように、寂しさを忘れられるように導いてくれないかと。だが、ここで1つ内省的な視点が入った。私のそうした欲求はロックを宗教化しているのではないかと。
 宗教は日常世界の不条理に耐えきれない人々に、道しるべを示す。いわば自分でわからない問題に対し、宗教は答えを与えてくれるのである。ただ、その答えは自分で見つけたものではないため正解であるとは限らない。それを正解とするためには信仰が必要となるのである。また、宗教による絶対的な答えを手に入れた人は、それ以上日常世界の不条理に、問題に、寂しさに向き合うことはしない。
 ロックは問題に答えを与えることはしない。「俺もわかんねーよ!」と叫ぶだけである。道しるべをを与えるのではなく、その寂しさ自体をこの世の条理とする。だからこそ、私たちはロックンロールが歌い上げる寂しさに強い共感を感じるのだろう。
 ゴッチがライブが終わる前に言った。『色々あると思うけど、むしゃくしゃしたらまたライブで一緒になろうぜ』ロックンロールは答えを与えない。しかし、その答えを探し続ける気力を与えてくれる。私が寂しさを感じた時にするべきことは、その寂しさと正面から向き合うことなのである。

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