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「普通」だけど「普通」じゃない

打首獄門同好会が教えてくれた日常の有り難さ

この春から社会人になった。
下請けのコールセンターである。

6時半起床のはずが起きれずいつも7時に無理やりベッドから離れる。毎朝定刻に起きれないため朝ごはんは食べれない。
1時間半電車に揺られ会社に向かう。
9時出社。申し込みがあった客にひたすら電話する。だいたい一日250件。話を聞いてくれない客もいれば罵詈雑言を浴びせてくる客もいる。ある程度電話が終わったらデータ入力やメールコンテンツ作成などに取り掛かる。
忙しすぎて休憩が取れないため昼食は食べれない。そのまま18時半退社。
また1時間半かけて帰宅。やっとその日初めての食事ができる。風呂入って勉強したらもう日付は変わっている。急いで布団に入る。

この生活を3ヶ月半続けていたら体重が5kg落ちた。もともと長身痩せ型の私の身体はさらに貧相になった。
慢性的に疲れていて常にクマができている。
大学時代に軽音楽サークルでドラムを叩いていたが、最近は休日に外出する気力もなくもう何ヶ月も触っていない。
通勤中に大学時代の写真を何度も見てしまうようになった。

きっと世の中にはもっと大変な仕事はたくさんある。
私の勤めている会社はまだやさしい方なはずだ。
ただ、何年か前にうつ病を患っていて今も通院中の私にとってはかなりきつい。
明らかに無理のある仕事量も、我儘な客も、常に不機嫌な上司も、セクハラまがいな言動でアピールしてくる先輩も、行き帰りの満員電車も、全てがストレスである。
何度も誰かに「つらい」とこぼしたくなった。しかし、「甘ったれるな」と言われそうで一度も仕事の愚痴をこぼしたことはない。
 
 

一ヶ月前、初めて会社を休んだ。
朝、玄関で靴を履いていたら過呼吸になった。
呼吸を整えてどうにか駅まで辿り着いたが、どうも電車に乗れない。
目の前で何本も電車が通り過ぎて行き遅刻が確定した。
行かなきゃとどうにか遅い電車に乗ったがまた呼吸が苦しくなり脂汗まで出てきた。
結局一駅で降りてしまい、会社に欠勤の連絡をした。

家に帰ってソファに横になると情けなくてボロボロ涙が出てきた。
私は「普通」になりたくて就職した。ブラックというほどではない「普通」の会社で「普通」に仕事をして「普通に給料をもらっている。「普通」の家に住み、「普通」の生活をしているはずなのに。
どうして「普通」に生きられないんだろう。

猫の動画でも見て気を紛らわせようとYouTubeを漁っていたら、とても見覚えのある言葉が目に飛び込んできた。
 

打首獄門同好会『猫の惑星』
 

打首獄門同好会は男女混合スリーピースバンドだ。
大学時代のコピーバンドで『日本の米は世界一』『私を二郎に連れてって』『上野ZOO』『フローネル』を演奏した。
当時はベースの後輩に誘われて組んだのだが、そのライブが終わってから一回もちゃんと聴いていなかった。

『猫の惑星』は日本中の飼い猫たちが登場する。
猫の可愛さに悶絶した後、関連動画をハシゴした私は久しぶりに打首獄門同好会の音楽を聴いた。
歪みまくってるが確かな音作りの多弦楽器たちと、派手でパワーがあるが安定感のあるドラムに圧倒された。
大澤会長の渋くてパワフルな歌声と、あす香さんとjunkoさんの美声に惚れ惚れした。
キャッチーで一度聴いたら離れないが決してありきたりではないメロディーもかっこいい。
そしてやはり独特の歌詞である。
お金が欲しいとか、夏が暑いとか、シャキッとコーンが美味しいとか、肉を食べたいとか、彼らが思っていることや好きなものをそのまま曲にしている。
誰でも共感できてしまうような「普通」のことを歌っている。

そして、本当に共感できてしまうタイトルに出会ってしまった。
 

打首獄門同好会『はたらきたくない』
 

「疲れが取れてない」
「休みが足りてない」
「ボスがこわい」
「客がつよい」
この言葉たちはどれも常日頃からひしひしと感じている。
また、
「はたらきたくないね」
「はたらきつかれたね」
語尾の「ね」に安心感を覚えた。「本当にそう思う」と伝えたくなってしまう。
打首獄門同好会は私の思っていることを全て代弁してくれていた。
私以外にも「はたらきたくない」と思っている人間がいることを改めて感じた。
意外と「普通」のことがしんどい人間はいるのかもしれない。

そして、
「はたらきたくないね でもはたらいたよね」
「はたらきつかれたね ゆっくりやすむよね」
「あしたがまたくるね どんな日になるかね」
「いい日だといいよね ワクワクしたいよね」

はたらきたくないことを認めてくれて、はたらいたことを褒めてくれる。明日に希望を持てるように応援してくれている。
打首獄門同好会はどこまでもやさしかった。
 

うつ病を発症した数年前から、私は日常に希望なんて抱いていないと思い込んでいた。どうせ毎日つらいのだからいい日になるわけないと、そう信じていたかったのかもしれない。
ただ、こんなにももがき苦しんでいるのはまだ分からない明日に対して期待しているからだと気づいた。
明日に期待しているから仕事は辞められないし早く寝なければと布団に潜るのだ。
私にはまだ明日に向かって歩く力があるのだと気づいたら、さっきとは違う涙が止まらなかった。
 
 

打首獄門同好会が歌う「普通」とは、普段気づいていないだけでとても有り難いものなのかもしれない。
お米が美味しいのも、風呂入って速攻寝たいのも、歯医者に行かなきゃと焦るのも、貯金をしたいのも、全て「普通」だけど健康で平穏に過ごしたいという希望があってこそ感じることができる。
そのささやかな幸せのために私は「はたらきたくない」という気持ちに負けずに朝起きて電車に乗って会社に行かなければならない。
誰かのためではなく明日の自分のために今日を乗り越える。
生きる意味がやっと見つかった。
その日は昼ごはんも夜ごはんもちゃんと食べた。
こんなにお米は美味しかったのかと驚いた。
 
 

次の日、会社に行って溜まった仕事を片付けた。一日休んだだけでかなりの仕事量になっていた。
それでも、休む前と比べるとそんなにしんどくはなかった。体力は消耗するが、なぜか頭が軽い気がした。
結局終わらず残業したが、その足で大学時代によく通ったスタジオに向かった。たまたま部屋が空いてて久々にドラムを叩いた。身体の中から熱い何かが溶け出しているような気がして久しぶりに気持ちが高揚した。
私はやっぱり音楽が好きなんだと実感したら居ても立っても居られなくなり、サークルの同期に連絡を取っていた。
「明日仕事終わった後時間あるなら久々に合わせない?そのあと美味しいごはんでも食べようよ」
 
 

明日行きたい場所や食べたいものが考えられる。
好きな人や好きなものがはっきりと分かる。
「普通」だけど「普通」じゃない。
打首獄門同好会が教えてくれた日常の有り難さ。

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