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そっと歩き出して

フジファブリックと私

8月9日金曜日 ミュージックステーション。

フジファブリック初登場。

フジファブリックの出演を知り、録画予約をした。
大好きなのだから、録画をしてもリアルタイムで観ればいいのにと。

私は志村さんが亡くなったこととフジファブリックから目を背けていた。
どこかでひっそりと曲を作っていて、いつか帰ってくるんじゃないか。
みんなそれを知っていて、志村さんを休ませているんだ。

そう思ってフジファブリックの曲を聴いていました。

フジファブリックに出会ったのは高校2年生のとき。
私は夜間高校に通っていて、帰って来るのはいつも22時近く。眠りに就く頃には日付が変わっているときもあった。
そんなとき、深夜のラジオから『若者のすべて』が流れてきた。
急に眠気が飛び、この素敵な曲は何なんだとラジオに耳をくっつけて。夕方から夜になっていく空のグラデーションやくすぐったい気持ち、花火がぱらぱらと散っていき、湿った香りを感じました。

そのときはもうすでに、志村さんが亡くなったあとのことでした。

すぐに近所のレコード店でアルバムを買い、志村さんのブログと記事をまとめた本を買いました。
志村さんの音楽とリスナーに対する熱く慎ましい考え。
微笑ましくもどきっとする言葉と四季折々の見落としがちな美しさ、香り、洞察力は魅力の塊で。

特に『若者のすべて』は夕方から学校に通うときに、よく頭の中で流していました。

17時のチャイムが鳴る中で。
街灯がふわりと点く横を。
気になっているクラスメイトと携帯番号を赤外線で交換したのにどうしたらいいか分からず拒否設定にし、気まずくなったこと。

クラスには馴染めなかったけれど、フジファブリックとともに移り変わる四季を感じて生きていました。

1年、また1年。

周りの支えもあって無事に卒業し、卒業後は在学中からお世話になっている小さなスーパーで引き続き現在も働かせていただいています。

成人し、気がつけば志村さんの年に近づいている。
年上なのに。志村さんは29歳のまま。

作品に触れるたび、その事実は全く嘘のようで。

ずっとフジファブリックは続いているのに、私は時間と自分の感情さえも止めていました。

生きている限り多くの苦楽は承知です。
しかし、傍目には分からない事情を隠すほど苦しいことはなくて。
私の父は私が幼い頃から精神病を患い、休職を繰り返しながら働いていました。
気分の浮き沈みが激しく、ドアを蹴られたり用意した食事を捨てられても。
いつかいつかと信じてできることを。

お前に言われる筋合いはないと吐かれて。

いつしか私は自分の気持ちを本音を。
言うことをやめて、優柔不断と言われても自分の一言でめちゃくちゃになるなら。

だから、音楽が救いだったんです。
自分の部屋で、向かいから響く大きな音に怯える気持ちを癒すために生きるために。
プレーヤーから流れるフジファブリックにすがっていました。

しかし、家庭内で金銭トラブルがあり、急にお金が必要になりました。
母は自分の指輪や洋服をリサイクルに。
私は泣く泣く多くのCDと本を手放しました。

その中にフジファブリックのCDと志村さんの本も。

ネットで聴くことをしたくなくて、いつかCDを取り戻そうと決めたけれど、何かが崩れた。
いきなりではなく、かろうじて繋がっていた糸が静かにぷつり。

区切りがついたときだった。

私は体調不良で6月からお休みさせていただいている。
上司からは『無理をしないで』と優しいお言葉をいただき、身体を休ませていただいています。

その最中、フジファブリックのミュージックステーションの出演を知った。

8月9日金曜日。
ぎりぎりまで悩んだ末、テレビの前で体育座りで待っていた。

フジファブリックが登場し、階段から下りてくる。
手汗が滲み、鼓動が早くなる。
フジファブリックのVTRが流れる。
本当にこのときが。
バンド結成15年。志村さんが亡くなってから10年。

山内さんから、ミュージックステーション出演は志村さんの夢で、今回、夢が叶うと。

ぐっと骨が軋む音。

そしてついに、フジファブリックの演奏が始まった。

何度も聴いたイントロ。
山内さんの歌声。
遠くに置いてきた情景が浮かぶ。
でも、泣いてはいけない。
私はその情景を振り切って目を見開いた。
その瞬間、フジファブリックが目の前に現れた。
4人が。
志村さんの声と山内さんの声が重なる。
山内さん、金澤さん、加藤さん、志村さんが。

気づいたら声を漏らして泣いていた。
みっともないほど。

若者のすべて

無理やり止めていた時間と感情が動いて溢れて。

『同じ空を見上げているよ』

大きな拍手の中、フジファブリックは確かに。
ずっとずっとフジファブリックは歩き続けていた。

悲しさはあるけれど、フジファブリックは歩き続けている。

志村さんは『どこかに』ではなく、『みんなの心』にいる。

フジファブリックに出会えて、私は幸せだった。
ずっとずっと前から。
それなのに、素晴らしいことにまで目を背け、泣くこと、喜怒哀楽を恐れていた。

久しぶりに、理屈ではない素直な気持ちを感じられ、現実は相変わらずだけど自分は変われる。

今さら素直は照れくさいけれど。

私がどんなに熱く音楽を語っても『ふーん』と言う母でさえ、フジファブリックを聴いてもらったときに『すごくいいね』と。

母もミュージックステーション出演をとても喜び、泣く私にティッシュを渡して『みんなそうだから。3人なんてどれほどの気持ちか。本当によかった』と。

生きていると感じた。
歌は続く。

フジファブリックのライブに行こう。
CDだって、全部。
ついでに売って諦めたギターも。

そのためにまた働かなきゃ。

まだ目は熱い。
気持ちも。

私なんかがって思いますが。

フジファブリックの皆さん、ミュージックステーション初出演、おめでとうございます。
とてもとても素敵でした。

山内さん
金澤さん
加藤さん
志村さん

フジファブリック

ありがとうございます。
素直になれなくて、ごめんなさい。

もっと、正直に生きます。

すりむいたまま、かさぶたになるには歩かないと。

走り出すとちょっと痛い。

だから、そっと歩き出します。

全力で走るために。

来年は同じ空を見上げられるように。

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