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暗闇だからこそ、耳は冴え渡る

あいちトリエンナーレ2019「暗闇-KURAYAMI-」で味わったサカナクションの新境地

色んな意味で裸を見ているようなライブだった。
サカナクションの得意分野の一つでもある映像や、ライブならではのエクスタシー感を制限されている分、とても無防備な状態だったんじゃないだろうか。
公演内容も楽曲制作を想起させるシーンが多く、サカナクションの楽曲たちがどんな産道を通ってきたのかを想像した。
ライブに行く、生の音楽を体験すると言いながらも、なんだかんだで情報の入り口として大部分を頼っていたのは聴覚ではなく、視覚だったんだなと痛感した。

開演前は、奥ゆかしさを感じる紫色の照明が客席を照らしているのと、一定のリズムで鐘の音が響いているのみで、客席には妙な緊張感が走っていた。
ステージ上には真っ黒な長方形の箱が5つ並んでいて、黒子がゆっくりとそれ立ててゆく。立て終えた所で定刻となり、メンバーが静かに出てくるのを拍手だけで迎える。
サカナクションのライブは高揚感のある映像から始まり、最高潮の頃にメンバーが出てくることが多いので、静かにスタートを切ったこの公演の異例さに息を飲んだ。

本編は4つのセクションと、冒頭に暗闇ライブが如何なるものかを体験する5分間のプラクティスで成り立っていた。
「プラクティス: チューニング リズムのずれ」が開演すると、少しずつ明かりが減っていき、目の前が真っ暗になる。目を開けていても閉じていても、一切の光を感じないのは不思議な感覚だった。
いくつかのメトロノームの音が鳴っていて、ゆっくりと時間をかけて、メトロノームのリズムが一体になっていく。
真っ暗なはずなのに、ときおり闇が濃くなっていくような錯覚に陥る。黒い紙に黒の絵の具を塗っていくような、立体感のある闇に感覚が研ぎ澄まされていていくのが分かった。

「第一幕:Ame(C)」と題された演目が始まると、台風のような強い雨の音がして、音と共にモニターに雷が投影された。稲光のような一瞬の明かりによって傘を差した人物がステージに立っているのが分かった。その人物に向かって雷が落ち、雷鳴を皮切りに様々な音や天気の様子がモニターに映される。何かに衝撃を受け、そこからイメージが膨らんでいく様を描いていたように感じた。

印象的だったのは「第二幕:変容」だった。
モニターには湯呑みと物思いにふける女性の姿。女性が湯呑みに目を落とすと茶柱が揺れる。
遠くの方から小さく聴こえる”茶柱”が、ふいに一郎さんの歌声に切り替わり、ハッとする。
音源との距離感が分からなくなり困惑と興奮が入り混じった。制限があるからこそ、大小をつけるだけで音に立体感を作り出すことが出来ることを体感した。
アレンジが加えられた”茶柱”が闇に溶け込むように演奏される最中、煎じたお茶の匂いがした。音楽ライブで香りを再現する。普通のライブで味わえない贅沢な瞬間だった。
馴染み深いお茶の香りに心が安らいだ。”茶柱”はとても優しく、繊細に、そして生々しい響いた。
そのまま”ナイロンの糸”のイントロに繋がっていく。温かみと切なさが一体になっているようなアルペジオは、闇のなかで一層感情的に鳴った。目の錯覚かと思うほど、ぼんやりとしたか弱い光がステージに見えた。光は次第に明るさを帯びていき、明確な光であることを認識する。
続けてモニターにはセピア色の海が立体的に映し出された。
寄せては返す波のように、遠くで聴こえていた音が、ラスサビのメロディでは間近に聴こえる。激情的で鳥肌が立った。
巻いた釣り糸が戻せないように、どうしたって過去には戻れない。
「この海に居たい」と叫ぶように歌うのは、ずっとこの海には居られないと分かっているからではないだろうか。過去が少しずつ思い出に美化されていく。記憶がろ過されていく過程を見ているようで、悲しくもあり綺麗でもあった。

「第三幕:響」は長方形の箱のなかからメンバーが姿を現し、太鼓や拍子木といった和楽器を持ち、ステージに立った。ベースの草刈さんがリンと鈴を鳴らす。鳴った後の静寂が永遠のように長く思えた。無音を鳴らしているとも感じた。あの緊張感は普段の私生活ではなかなか出会えるものではない。
暗い空間のなかでメンバーが音を出していく。それらはやがて大きくなって共鳴する。メンバーを交えての曲作りをしている光景を想像した。音が意見となり、演奏は議論。演奏の間にあった客席を照らすサーチライトからは、自分たちの答えや、ファンや世間から求められているものを模索している様子にも思え、手探り状態で音楽を組み立てるその孤独さを垣間見た。

「第四幕:闇よ 行くよ」は演出なしの完全暗転。
街の雑踏や様々な音が鳴る。音楽ではなく、一つの独立した音。それらが合わさって少しずつ音楽になっていく。段々と音像が浮かび上がってくるようだった。5階なのに音源を目の前に感じる。聴こえているというよりも耳に入り込んでくる音に、水のような柔軟性を感じた。
聴こえていたのは明るいメロディーだった。
全く光を感じない暗闇なのに、音からは明るい希望や光を感じた。それは闇に感謝をしているようにも聴こえた。しかしながら、闇のなかに永遠にいるわけにはいかない。
完全暗転が終わって、メンバーが朝日のような柔らかい明かりに向かって歩いていく。そしてその明かりの先にあるのはまた暗闇だ。
闇を去っても終わることはなく、また次の闇へと進んでいく。
創作の尊さや、闇の持つ強いエネルギー、闇ならではの温もりを感じた。

サカナクションが伝えたかったものを100パーセント正しく感じ取れた自信はない。しかし、それも一つの正解なような気もしている。
メンバーが一言も発しないコンセプチュアルなライブに、正解や不正解を持ち出すのは野暮ったい。今回は芸術イベントの一環としての公演。様々な受け取り方が出来た方が芸術として味わい深いのではないだろうか。
暗闇という最高級の余白があったからこそ、聴いてる人の個性や思考に委ねた多様な受け取り方ができた本公演は、極めて芸術的で特別なものだったように思う。

いくら考えても上手く言葉にできない。実際に味わってみないと100パーセントの魅力は伝わない気がする。ライブを超えた究極の音楽体験だった。
相当な準備、労力が必要なライブだったと思う。
このライブを作り上げたサカナクションとチームサカナクションのストイックさに頭が上がらない。今までにない素晴らしい経験だった。機会があるのならば絶対に、絶対に体験したい。

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