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茜色の夕日が滲んだとき

奥田民生は歌詞にメッセージを込めない

奥田民生の歌詞が好きだ。

よく知られる奥田民生の姿は飄々としている渋いおじさんと言ったところだろうか。
個性的でどこまでも伸びのある歌声は、誰にも媚びない、何を歌っても「民生っぽく」なるから不思議だ。

元々はユニコーンという人気バンドのボーカルだった。解散してからシンガーソングライターとしてもヒット曲を飛ばし、根強いファンがついている。

その証拠に、奥田民生に憧れて音楽を志したと公言しているミュージシャンは多い。けだるくてかっこいい、まさに邦ロックの先駆者。

奥田民生の歌詞が好きだ、と冒頭に書いたのだが、民生自身はというと「曲を作る上で歌詞を特に重要視していない」と数々のインタビューで述べている。
歌詞はあくまで、音。メロディーにハマる「音」として歌詞を書いているので、そこに言葉の意味やメッセージを込めたりなどはしていないというのだ。(そしてその考え方はおそらく、プロデュースした木村カエラにも継承されている)

確かに民生の歌詞は語呂がいい。上手く言えないのだが、とにかく「ハマって」いる感じがする。現にこんな歌詞もある。

『君とランチをたべよう いっしょにパイを投げよう
君のスカートの模様 部屋のかべ紙にしよう』
/奥田民生「マシマロ」より

本人の語る通り、韻を踏んでいるけれど歌詞の内容にあまり深い意味はなさそうだ。そして民生はその曲を最後にこう締めくくる。

『マシマロは関係ない 本文と関係ない マシマロは関係ない』

……つまり、関係ないのだ。
 

かと思えば、ほんの時々、意味深な歌詞を放り込んでくる。

『君は僕を忘れるから そうすればもうすぐに君に会いに行ける』
/ユニコーン「すばらしい日々」

君は僕を忘れるから、だけでインパクトあるのに、そしたら普通に会いに行けるって無理してる感じがたまらない。
本心はどうなのか?何か隠された思いがあるのでは?と考えを巡らせてしまう歌詞だ。

『あなたがいないと 死ぬほど 寂しいと 言えるまでの 愛じゃないと』
/奥田民生「The STANDARD」

あなたがいないと寂しい、までならばよくあるラブソングだ。
けれど、「そう言えるまでの愛じゃないと」と民生は言っている。
だから私は、この言葉はどう続くのだろう?と考えてしまう。「そう言えるまでの愛じゃないと口に出してはいけない」なのか、「そう言えるまでの愛じゃないと愛とはいえない」なのか。
 

そうやって翻弄され思い悩む私たちオーディエンスのことすらも、民生はあのニヒルな笑みを浮かべて、余裕しゃくしゃくでどこかで見ているのではないかと、そう思ってしまうのだ。
 
 

民生のあの、何を考えているのか分からない飄々とした姿と、天才的な音楽センスに何度でも惚れ直してしまう。新曲が出るたび「一生ついていきます!」とひれ伏してしまう。
どんなバンドを好きになっても、やっぱり私の原点は民生なのだ。

民生は揺るがない。いつもパブリックイメージからブレずに、私の信じてやまない民生がそこにある。

ただ一度、ただ一度だけ、民生に「人間」を見たことがある。

2009年、年末。カウントダウンジャパン。幕張メッセ。
もしここまで指が打ったら、きっと検索予想はこう続く。「フジファブリック 志村正彦」。

ファンの間では有名な話だ。同年のクリスマスイブに、人気バンド・フジファブリックのボーカル志村正彦が急逝した。

志村正彦は奥田民生の音楽に出会って音楽を志した。実際、デビューしてからも二人はステージ上でコラボしている。

そんな可愛がっていた後輩の志村が突然、亡くなった。
亡くなった翌週のライブがこの、カウントダウンジャパンだった。

公式にコメントは無かったものの、二人の関係性を知っているその場にいたファンは、民生がセトリの最後にイントロを掻き鳴らした瞬間どよめいただろう。
民生の歌い始めたその曲は、フジファブリックの代表曲「茜色の夕日」だった。

もちろん、私はその歴史的場面に居合わせることはできなかった。
だから数日のタイムラグを経て、親しい友人が「ねえ、これ見て!民生がフジファ歌ったらしいよ」と神妙な面持ちで言ってきた時、そのおそらく違法であろうブレブレの動画を慌てて覗きこんだ。

音は割れてよく聞こえない。イヤホンを友人と片方ずつ耳につけた。

最初から少しだけ歌声が揺れているような気がした。
私はフジファのファンでもあったので、何度もカラオケで歌ったその曲を、決して口ずさんでしまわないようにぎゅっと唇を噛んだ。

『僕じゃきっとできないな できないな
本音を言うこともできないな できないな
無責任でいいな ラララ
そんなことを思ってしまった (しまった しまった)』
/フジファブリック「茜色の夕日」

瞬間、歌声が詰まる。

泣いていた。民生が。

歌詞に意味などないと語った民生が。

歓声の中、ギターの音だけが鳴り響く。民生は声が出ない。
歓声があがる。がんばれ。喉の奥で叫んだ。

民生は文字どおり声を振り絞るようにして、震えを振り切るように大声を張り上げて、そして歌い切った。

私も泣いていた。志村の早すぎる死。皮肉なことに、それをもってして初めて、民生に「人間」を見た。
神のように崇拝していたあの人も、音楽と友を愛するただの人間だったのだ。
 
 

あれから10年が経とうとしている。
大学生だった私も社会人になり、妻になり、母になった。
それでも変わらず民生を聴いている。
ユニコーンは再結成された。
時はたしかに進んでいる。

先週のテレビ番組で、志村のいないフジファブリックが当時のヒット曲を演奏していた。
彼らにも同じ10年があったのだ。新しいフジファブリックは、もう「新しい」なんて言わせない、魅力的なバンドになっていた。

歌詞を重要視していないと語った民生は、特にそのスタンスを変えないまま私を2019年まで連れてきてくれた。
それでも私たちは翻弄される続けるのだろう。突然放り込まれる民生の歌詞に、「これってどういうことなんだろう?」と答えを探し続けるのだろう。

それでも民生はきっと笑っている。足を組んで煙草をくわえて、「意味なんてないのに」と笑っている。
そんな姿を見て、甘いマシマロを食べるみたいに私はまた惚れ直してしまう。マシマロは、本文と関係ない。

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