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繰り返される諸行は無常、だがOMOIDEは頭の中に残像として

ナンバーガール 二〇一九年八月十八日 日比谷野外音楽堂

あの日から、いまだに夜眠れない日が続いている。眠らずに、ではなく、眠れずに朝が来るのだ

その日、日比谷公園は、夕刻といえども、昼間の暑さを赫(あか)く残したままで、何とも言えない熱気が渦巻いていた。それは単に夏の暑さのせいだったのか、それともそこには熱源となる何かがあったのか、今となっては分からない。I don’t know。こんがらかってるin my brain。しかし、公演切符を持っている者も、持っていない者も、黙々人の群れが、おぼろげながらも明確な目的を持って、日比谷公園内の一角にある、日比谷野外音楽堂を目指していた。マボロシに取りつかれた者たちが、自らを突き飛ばされるためにそこに集まってきたのだ。ただ、誰もがまだ信じられなかった。果たして、ナンバーガールは、あのナンバーガールなのか。十七年前、突如として姿をくらましたナンバーガール。その残像と残響は錆びつき始め、当時を知る者は、記憶探しの旅ばかり。しかしいつしかそれは妄想に変わっていく。もはや都市伝説。

それでも整然と営む冷凍都市の暮らし

 十七時五十分。舞台上にはドラム、ベース、ギター、マイクスタンド、アンプ等が設置されてはいたが、それ以外に目を引く装飾などはなくロックバンドの舞台としては些か殺風景でひんやりとした印象すらあった。一方で、扇型のすり鉢状になっている客席の体感温度は上昇し続け、客席を囲む木々から轟く、彼らの登場を急き立てるかのような蝉の声は、その暑苦しさをさらに増幅させていた。周囲を見渡すと、ある者たちは暑さを知らぬかのように談笑し、またある者たちは緊張した面持ちでビール缶などをあおり、その時を待っていた。私は、自分を落ち着かせるために水を一口含み、軽く目を閉じた。

 薄く目を開けて閉じてまた開く。舞台上は依然として殺風景のままだった

 十八時。四人はふらっと現れた。向井秀徳がマイクに向かって「久しぶり」という言葉をおどけた言い方でリフレインする。すぐさま田渕ひさ子が六本の鋼を振動させ、アヒト・イナザワが鉄の小太鼓をどんちゃん鳴らし、そして中尾憲太郎45才が鎖の四味線を唸らせる。「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、ナンバーガールのコンサートのはじまりはじまり」と言わんばかりに、ついに始まった。活動初期の、それほどテンポの速くない曲でお互いの絡み合いを確かめるように演奏し始めた四人を目の前にして、客席には、興奮と同時に現実をうまく飲み込めないかのような浮遊感が漂っていたように思えた。しかし、一曲目が終わり、歓声と同時に掻き鳴らされた中尾のベースから始まった『鉄風 鋭くなって』で、それまでの脳内浮遊を打ち消すかのように「ああ、これはナンバーガールのライヴなんだ」という実感と興奮が一気に爆発したのだ。都市伝説は本当だった。その瞬間、時空が歪んだ。見事復活を遂げたナンバーガールと十七、八年前の少年少女が真夏の冷凍都会のど真ん中で邂逅したのだ。都市ビル天狗が飛んだ気がした。
 ところで、ナンバーガールの歌詞には、十七歳が多く登場する。解散してから十七年の歳月を経て再結成を果たしたというのは偶然だろうが、必然のようにも思えて仕方がない。

 “現実と残像はくりかえし 気がつくとそこに ポケットに手を突っこんで センチメンタル通りを 練り歩く 17歳の俺がいた”(『OMOIDE IN MY HEAD』)
 
 「ドラムス、アヒト・イナザワ」と向井氏が一言。五曲目で早くも『OMOIDE IN MY HEAD』。あの痛快で高揚感のあるギターリフが轟音で目の前で掻き鳴らされ、私は目頭が熱くなった。「ねむらずに朝が来て ふらつきながら帰る」という歌い出しが、CDの中に残された残響ではなく、目の前に実響として叫ばれたのだ。デビューアルバム『SCHOOL GIRL BYE BYE』の一曲目であり、二〇〇三年札幌でのラストライヴでは、この『OMOIDE IN MY HEAD』から『IGGY POP FANCLUB』で幕を閉じたのだ。ナンバーガールを代表する曲の一つであり、こんな序盤に演奏するのは意外であった。もしかしたら「ドラムス、アヒト・イナザワ」という一言は向井氏のアドリブであり、その勢いで思いかけずに始まったのではないかと今となっては推測している。

 感傷の渦巻きに沈んでいく観客を突き飛ばすように、その後も演奏は続く。祝うこの世の無常節

 いつの間にか夕陽は沈み、ライヴが始まった頃はまだ明るかった空も暗くなってしまっていた。ギター、ベース、ドラムの轟音は夜空をつんざき、時には針のような、また時には鉄塊のような向井氏の唄が響き渡る。まったくペースが落ちない。それどころかますますエスカレートしていく。ライヴが始まる前は無風だった客席には熱風が吹き荒れ、重力が歪んでいるかのようだった。さらに舞台上の四人が客席の熱量に呼応するかのように、いやそれどころかそれを増幅するかのように荒れ狂う。狂う目の男と女。
ついに、『IGGY POP FANCLUB』のイントロのギターリフが、「ジャージャ ジャジャ!」と軽快にそして飄々と響き渡った。

“忘れてた 君の顔のりんかくを一寸 思い出したりしてみた”(『IGGY POP FANCLUB』)

そう高らかに歌い上げる向井氏。確かに、向井氏に関してはソロやZAZEN BOYSでの活躍もあり、舞台上での姿を見る機会もこれまで何度もあった。しかし、ナンバーガール四人組の姿態は、ずいぶん長い間見ることは叶わず半ば忘れていた。
ナンバーガールというバンドのバランス感覚は非常に特異である。もちろん、ギター、ベース、ドラム、ヴォーカルという組み合わせは一般的なロックバンドであるが、組み木のような格子状になっていないのである。レイヤーを感じさせない構成といびつなパワーバランスであるにも関わらず、ノスタルジックな世界観を形成しているのである。と同時に、ノスタルジーに浸っていると引っ掻き傷を付けられるような凶暴性も持ち合わせている。尚且つ、彼ら独特の、錆びついた金属製の何かが夕暮れの風になびいて鳴っているような音圧。『IGGY POP FANCLUB』は、音源を聞く限りは比較的ポップな曲調であるが、ライヴで演奏されると、実はそのような凶暴性が見え隠れする瞬間があるのだと気付かされた。

瞬(まばたき)と瞬(まばたき)の間 広がる曖昧ではっきりした映像

 本編が終了し、一旦舞台袖にはけた四人はアンコールのために舞台に戻ってきた。そして再び「ドラムス、アヒト・イナザワ!」という向井氏の一言から『OMOIDE IN MY HEAD』が演奏された。恍惚の表情を浮かべる向井氏と激しく身体を震わせる中尾氏の対比的な構図が印象的だった。そしてラストは、ナンバーガールが初めてレコーディングしたという『トランポリン・ガール』。最後にこの曲を配置したというのは、ここからまた再始動という向井氏からの所信表明のようなものだったのだろう。ライヴ中のMCで年末から年始にかけての全国ツアーが向井氏から発表された。

“力強く・惑わされもなく ただ立っている あの娘は笑っている”(『TRAMPOLINE GIRL』)

 向井氏の「乾杯」というお馴染みの一言でナンバーガールのライヴは幕を閉じた。田渕氏は頭を下げ、笑いながら手を振って舞台から去って行った。私は、熱気で朦朧とする頭を抱え、震えと痺れが残る足を引き摺り、ふらつきながら帰路についた。夜に空を見上げ、三毛猫座を探したが、そんなものはなかった。
 
 

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