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だから忘れらんねえよは止まらなかった

柴田少年の物語

「ファーストへたれアルバム」、「ファーストへたれシングル」
なんだこれと思うだろう
初期の忘れらんねえよだ
今年のロッキン、2日目のLAKE STAGEトリをやったバンドである

最近知った方は信じられないかもしれないが、初期の忘れらんねえよは「クソバンド」と自虐していた
自分たちで「クソバンド」って名乗るなんて前代未聞かもしれない

でも初期の音源は本当に粗かったのだ
メジャーレーベルから出てるはずなのに粗い
高校から音楽を聞き始めて10年近くたった今でもあんなに粗いメジャーアルバムは他に聞いたことがない
当時から下ネタを絶妙にメロディーに載せることで知られていたが、同時に個性を出そうと意図的に粗くしたのか
僕には今でも理解できない

その後「この高鳴りをなんと呼ぶ」から変化したと思いきや、無人ライブをやったり、童貞詐欺を言い出したり…
このタイミングで僕は初めて彼らを見たのだが「なんだこれ…」というのが正直な感想だった
ロッキン2014、BUZZ STAGE
何故かモニターにEXILEの「Choo Choo TRAIN」を踊らされたのは忘れられないけど

でも翌年、ドラムの酒田が脱退
そこからサポートを入れ始めるが、明らかに忘れは変化していた
ボーカル柴田の中で眠っていたメロディーセンスが開花したのである
ベストアルバムに収録された「別れの歌」からその兆しは生まれ、「俺よ届け」で完全に目覚めた

Zeppでワンマンも出来るようになり、野音も成功
シングルの「いいひとどまり」は最高セールスを記憶して、最高傑作「僕にできることはないかな」の誕生
もう大丈夫だ
そう思った矢先だった

2018年、ベース梅津が脱退発表

昔、柴田はインタビューで「梅津くんが居なくなったとしてもバンドはやめない」と話していた
言霊は実在するのだろうか
現実になるなんて思いもしなかった

3時間超えの梅津卒業ライブ(柴田のブログによればマシータやLEGO BIG MORLのタナカヒロキがサポートするバンドとしてのラストライブでもあったらしい)が終わった帰り、これから忘れはどうなるんだ…
そう考えていた

それから数ヵ月後
ロッキンに忘れらんねえよはいた
でもステージにはサポートとしてヒトリエのイガラシや爆弾ジョニーのタイチが
そこまでして続けるのか!?
最初はそう思っていた
でも年末のCDJで、柴田はこう話した

「俺はクラスの隅っこにいるように人間だった。ヤンキーに「おい、柴田!!」と詰められるような人間。運動も勉強もできない。音楽だけが取り柄だった。これだけは諦めたくなかった。何もできない人間がこんなデカいステージに立てるって証明したかった。」

文武両道、秀才、完璧人間
そんなものはフィクションだけ
現実はそうはいかない
才能がない落ちこぼれは何もできずにうずくまるしかなかったのである

そんな方々の希望になりたい
だから柴田は音楽をやめなかった
何もできない少年にだって出来ることはあると証明したかったから
それを知っていた仲間達は柴田を支えようと決めたのである

「俺たちは流行りの音楽やっていないから売れ線ばかり集めたようなビジネスフェスには呼ばれません。俺たちはスターになりたいんじゃない。ヒーローになりたいんです。」

今年のロッキンで柴田はこう話した
かつてのクソバンドの面影はない
でも、柴田の信念はずっと変わっていない
何も出来ない方の支えになろうとしているのだから

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