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フジファブリックとAshとR.E.M.が歌う青春の終わり

子どもでも大人でもない夏の終わりの歌たち

2019年の夏が暮れていく。
陽光が眩しいほど降り注ぎ、草花は我こそはとその生命力を誇示し、動物は強すぎる日射しに身を隠しながらも生き生きとした肉体を躍動させる。

そんな輝かしい季節の終わりを告げる曲がある。

フジファブリックの「若者のすべて」。Ash「Walking barefoot」。
そしてR.E.M.の「Nightswimming」。

ひとつは歌詞もサウンドも素晴らしい邦楽ロックの系譜を継ぐ日本のゼロ年代を代表するバンド。
ひとつはアメリカのオルタナ、グランジの影響を受けて90年代のブリット・ポップの潮流の中に割り込んで来た北アイルランドのギター・ロック・バンド。
もうひとつはパンク、ニューウェーヴによって焼け野原になったアメリカのインディ・シーンに普段着でカントリー・ロックやフォーク・ロックを(いい意味で)がむしゃらに鳴らし、やがてアメリカを代表するグループに登り詰めたバンド。

国も人種も、ルーツも違う三者が共通して歌う「夏の終わり」

〈最後の花火に今年もなったな 何年経っても思い出してしまうな〉
フジファブリック/若者のすべて

〈we’ve been walking barefoot
 all summer
 it’ll be sad my friend
 to see it come to an end
 why can’t we just quit〉
〈why can’t we just design
 to live like this all the time〉
〈僕らは夏の間裸足で歩いた  君と別れるのは悲しい なんで簡単に終わりにできないのかな どうしてずっとこのままでいられないんだろう〉 
Ash/walking barefoot

〈Nightswimming deserves a quiet night〉
〈Nightswimming,remembering that night
 September’s coming soon
 I’m pining for the moon〉
〈夜の川を泳ぐのは静かな夜がいい あの夜を思い出しながら もうすぐ9月がやってくる 僕は月に焦がれる〉

シンプルなビートの上に仄かなサイケデリアを漂わせながら志村の「うた」を最大限生かすサウンドのフジファブリック。(余談だが本作収録のアルバムは作品全体においてポップたがひねくれたメロディと微かに香るサイケデリアが漂い、中期ビートルズを思わせる)

ワン・ヒット・ワンダーというありがたくない称号を与えられそうだった十代の若者が起死回生を掛けて世に問うたアルバムのオープナーに相応しい疾走感溢れるギター・ロックのAsh。

前2作で90年代の扉を開け、世界的なバンドになったバンドがその成功とプレッシャーに押し潰されそうになるのを必死に堪えながら産み出したピアノとストリングス(アレンジはジョンジー!)による透き通るような美の結晶のR.E.M.。(本作収録のアルバムは故カート・コベインをして「こんなアルバムを作りたい」と言わしめた)

それぞれの表現で歌う「夏の終わり」。それは輝かしい「青春の終わり」と言い換えてもよい。
無責任で向こう見ずで無自覚で無教養で無鉄砲で無気力でがむしゃらで青臭くさい青春時代、人生における夏の時代。それが今終わろうとしている。
この3曲に共通するのは主人公たちが「いま、この輝かしい瞬間は終わってしまう」と自覚している事、まさに今、子どもから大人になろうとしている事だ。子どもは「いま、この瞬間」が終わる事を自覚しないで過ごす。大人は「いま、この瞬間」が終わると自覚すれば、終わらないようにする、今を記録する、諦めるといった何かしらのアクションをとる。翻って、この3曲の主人公たちは終わる自覚はしているのでもう子どもではない。しかし終わる事に対してのアクションを起こせるほどの大人ではない。そんな宙ぶらりんなまま、ある者はただ話す事に迷ったまま花火を見つめ、ある者はただ裸足で海辺を歩き、ある者はただ裸で川に浮かびながら月を眺めているだけである。
もう子どものように無邪気ではいられないけれど、大人のように割り切れない。そんな青春の終わりを歌う。3曲の溢れんばかりのノスタルジアはこのせいであり、誰しもが人生において経験するほんのわずか、―おそらく今がその時と気付く人はほとんどおらず、後になって自覚するであろうー瞬間を切り取って歌詞とサウンドに投影していることが、名曲たらしめている所以であろう。

2019年の夏も終わる。生憎と私は不惑を過ぎ、仕事に家庭にと夏の終わりをセンチメンタルに感じるにはいささか余裕がない。しかしこの3曲を聞いているわずか5分程度だけは、あの夏の終わりの風景が、匂いが、色合いがそして音が甦る。「いま、この瞬間」は決して永遠ではない、だからこそ大切にして欲しい、と思うのはきっと私が十分に大人になったからであろう。しかし、この3曲を聴けばいつだってあの季節に戻る事ができる。きっとみんな花火が終わった同じ空を見上げているだろう。

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