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菅田将暉 feat.あいみょんの『キスだけで』と、男と女

愛の自由を囁いてくれた、ふたりの歌声

性別の枠がない人に惹かれる。もしくは、自分の本来有した性別と逆の性別が抱く魅力を、香水のように纏っている人。
夜中にぐっと距離が近くなり、かぐわしさが増すような匂いだ。
私はそれを、めいっぱい深呼吸して嗅ぎたくなる瞬間がある。

性別/性的指向についてはジェンダー/セクシュアリティという言葉で広く浸透し、現代人の意識は昔よりもずっと大きくなっていることと思う。それでもやっぱりまだ、決定に苦しみ悩む人は多い。必ずしも決定しなければいけない、という一応の認識はあるにせよ、この苦しみを抱く人たちの、心の内側の膜がはがれ落ちるような痛みは当事者でなければなかなか理解されにくいだろう。
実は私も、その一人であったりする。自分の好きになる人間は性別に限らず不定形だし、自分自身の性別も、身体の凹凸で決定されない、したくない部分があったりする。

たまに自分のこの不確かさを、憎んだり卑しんだりしてしまいたくなる時がある。恋の定義が広ければ、人は自由になれるというわけではない。むしろ広いからこそ、荒野の中で一輪の花を探し求めるかのごとく、あてもなくさ迷い、困惑する。心が突然、宙ぶらりんになる。そういう時、フックのように何か、自分を引っかけられる頼りになりそうなものがあれば良いと思っていた。

最近、そんな曲に出会った。菅田将暉があいみょんと共に歌う『キスだけで』という曲だ。
この曲には主にふたつの特徴がある。
ひとつは、歌詞に男女が登場する中で「女」のパートを菅田将暉が歌い、「男」のパートをあいみょんが歌っていること。そして「キスだけでいけそうなの」という言葉を始めとした、あまりにストレートで、だけど奥深いところに湿度を感じられる絶妙な歌詞だ。
先に挙げた特徴については、曲のイントロから菅田将暉が歌いだす瞬間、

「私今日は女だから」

と自分の性別をはっきりと口にする歌詞ですぐに気付く。そしてどこかしら、菅田将暉の声もトーンが高く、丸みを帯びている。まるで女性のありとあらゆる場所に散らばった曲線のように、声も弓なりのカーヴが掛かってバラードなメロディを歌い上げる。

対してあいみょんは菅田将暉の歌声に呼応するかのように、彼女本来のハスキーな歌声、それをブーストしたかのような男の喉ぼとけから出される特有の掠れに似た声で切なく歌う。

「お前今日は女だから」

菅田将暉の「女の性」に、「お前」というぶっきらぼうな呼び方で応えるあいみょん。そこから続く歌詞は、少しばかり性急で、だけど優しくしてあげたいという不器用さも垣間見える。まるで本当に、いつもはギターを弾いている指先の向こう側に美しい曲線、女の曲線が待ち構えているかのような幻想を抱くほど、その歌は切でリアルだ。

小さな部屋で縮こまり、世界が収縮してしまったことを憂うようなふたりの歌声は、対話形式で音楽を形づくっていく。音楽でもあり、ひとつの夜、という感じだ。おそらくこのふたりは、今しがた繋がり合おうと思ったのだろう。だけど今日はそういう激しさを抜きにして、夜のしじまに身体を浸して、自分たちがたった数度のキスで満足してしまいそうなやるせなさを歌い上げよう、と思い立つ。

私は菅田将暉がこんなにも「女」であること、そしてあいみょんがこんなにも「男」であることに驚いた。私が普段目にするふたりの姿はどちら共、自分たちが「そのままでいることにより深まる」魅力をステージで煌めかせている。纏う空気の中に、ひとりの人間としての魅力が溶けているのが見える。
それなのにこの曲のふたりは、本来の姿とまったく違う香水を振りかけて、まったく違う人間としてそこに存在している。菅田将暉はきれっぱしの鋭いあの美しい瞳を持て余しながら「女」になり、あいみょんはギターを抱えながらロングヘアをリズムと共に緩慢に揺らし「男」になっている。

ふたりの魅力が、まるでアカとアオを重ねたあとの色みたいで、それでいてコントラストがこの曲の中で最高密度に達している。
ムラサキだ。彼らが纏っている色、あるいは香水の匂い。とても甘やかで、だけどちょっと辛い。

自分たちの身体と心が不定形にさ迷っていて、不安だから縋りたい、求めたい。
それでも、キスだけで満たされてしまう。

最高の愛だ、と私は思った。そんな風に誰かを愛せたら、私だって満足してしまう。もうこれっきり、恋なんてしなくたって生きていけるとすら思ってしまう。
それほどに『キスだけで』は私の理想だった。菅田将暉とあいみょん、というビジュアルでもミュージック・シーンでも、菅田将暉に至っては俳優という面でも十二分にその魅力が分かるのに、それに輪をかけて新たな魅力を知ってしまったことに、ただ唖然としてしまう自分がそこにいた。

人は何にだってなれる、決められた姿でいる必要はない。そして自分が選び取った形で、恋をしたり愛を知ってもいいのだ、と、今この曲がリリースされることに歓びを感じた。
同時に、彼らがこの曲で披露してみせてくれた「性別の枠にとらわれない、自分の表出」に、拍手を贈りたい。また、本来の自分とは異なった姿――自分を変えることは、想像以上に勇気がいることだ――で、真夜中に聴くのが似合うラブソングを歌い上げてくれたことに、ただ純粋な愛を示したい。

彼らのことが、もっと好きになった。もちろん、男としても女としても、そしてなにものでもない、定義の出来ないところからでも。

ふたりが発したムラサキの匂いを、めいっぱい吸い込む。
いつか、こんな恋をしてみたいなあと思う。その時の私は、どんな声でラブソングを歌うのだろう。

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