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青春はRUSH BALLと共に

物語は次の章へ

1番好きなアーティストを訊かれるとあまりの多さに迷ってしまう。けれど、1番好きなフェスは?という質問なら即答できる。
地元大阪の夏の風物詩、RUSH BALLだ。

記憶が正しければ、私がRUSH BALLの存在を知ったのは高校1年生の時、2013年のことだったと思う。ちょうどこのイベントは15周年、2日間開催の年だった。あの頃の私は当時の[Champagne]に夢中で、彼らのニュースを追っているうちに地元で開催されるこのフェスの存在を知り、そこで興味を持ったのだ。
事情があってその年(正確にはそれから高校卒業までの3年間)の参加は叶わなかったのだけれど、開催前後にテレビで特番が放送されることを知ってすぐに録画した。民放でライブ映像なんてなかなか観られなかったから、それだけでわくわくした。ライブに行ったことすらまだ数える程しかなかった頃の話だ。

再生ボタンを押すと、画面越しの泉大津には私が知らない世界が広がっていた。
知らないバンドも、名前しか聞いたことのないバンドも、もちろんよく知っているバンドだって、みんなステージの上で輝いている。そして何より観客が本当に楽しそうだった。砂埃が舞う中、ぐちゃぐちゃになって音楽を楽しんでいる観客達が、それに全力で答えるアーティスト達が、格好良くて仕方なかった。生まれ育った大阪という土地にこんな素敵なイベントがあるという事実が無性に誇らしくて、嬉しくて、開催前のアーティスト対談も、終了後のライブ映像も、何度も何度も繰り返し観た。

その瞬間、RUSH BALLは私の憧れのフェスになった。

その頃starrrrrrrで一躍人気バンドになっていた[Champagne]をはじめ、お茶の間でブレイクする直前のいわゆる「ネクストブレイクバンド」ばかり追いかけていた私にとっては、出演アーティストの面々も新鮮だった。
確かその年のメインステージ出演者の中では[Champagne]が1番若手だったのだけれど、Dragon AshやPOLYSICS、ストレイテナー など、あまりテレビで見ることはない、ラジオでパワープッシュされる年代でもない、けれどもその界隈で絶大な人気を誇る彼らのライブに心を持っていかれてしまった。

パーティーというほどの華やかさはない、でもただのフェスとは一味違う。どこか独特な空気感を持って、RUSH BALLは毎年私の夏の終わりにひときわの存在感を放った。その空気感が、そこに刻まれるバンド1つ1つのストーリーが、好きでたまらなかった。

バンドのストーリーといえば、2012年のRUSH BALLでトリのサカナクションを観た川上洋平の実体験がstarrrrrrrを生んだ、という話は今やあまりに有名だけれど、2013年にステージ上で「次は1番最後の時間に会いましょう」と言い放った彼らが翌年本当にトリを務めたり、サブステージ・ATMCの早い時間からATMCのクロージングアクト、翌年のメインステージのオープニングアクトと年々歩みを進めるアーティストがいたりと、RUSH BALLを取り巻く物語には枚挙に暇がない。
そしてただ画面越しに観ることしかできなかった私にさえ、その物語の一員になれた気分にさせてくれるそのアットホーム感も、このフェスならではなんじゃないかと思う。

こうやって気づけば虜になっていたRUSH BALLだけれど、前述したように私は高校3年間、このフェスに参加することができなかった。
ようやく夢の場所に足を踏み入れることが出来たのは3年後、2016年の2日目のことだ。
その頃にはRUSH BALLはかなり姿を変えていて、キュウソネコカミやSHISHAMO、go!go!vanillasなど、3年前にはネクストブレイクバンドだった私たち世代のバンド達が軒並みメインステージを席巻していた。あのときテレビ越しに観た格好いいオトナのバンドはその日にはほとんど居なくて、それは私を少し寂しい気分にさせたけれど、夢みた大好きなフェスには違いなかった。画面越しにしかみたことがなかった会場の泉大津フェニックスは想像していたよりも小さくて、でも想像していたよりも活気に満ち溢れていて、それがなんだか凄く嬉しかった。

翌年からは全日程に足を運んだ。ストレイテナーやBRAHMANといった当時の憧れだったアーティストも沢山観た。どちらも今では各地のライブに足を運んでしまうほど大好きなバンドだ。こうやってRUSH BALLが繋いでくれた出会いだって数えきれない。
もちろん世代のアーティスト達も沢山観た。年々格好良さを増して良い時間帯を任される彼らをみていると、勝手に自分まで嬉しい気持ちになった。

2018年、15周年のときに出会ったRUSH BALLは20周年を迎えた。
その年は初の3日間開催、出演アーティストによって明確にコンセプトの分けられた3日間だったけれど、テーマとして掲げられていた「ストーリーとマインド」が根底に流れる、20年の集大成のようなイベントだった。
1日目は何度もここでトリを飾ったサカナクションが圧巻のステージを魅せてくれた。2日目のトリを務めたDragon Ashのステージには細美武士、TOSHI-LOW、TOTALFATのShunとBuntaといった戦友達が乱入してきて、その絆の強さを見せつけられた。3日目のトリのストレイテナーのステージにはこれまた9mm Parabellum Bulletやthe band apart、ACIDMAN、THE BACK HORNといった豪華なメンバーが揃い、20周年を祝福した。
そう、このタイムテーブルもニクいのだ。これまでRUSH BALLを支えてきたこれらのアーティスト達が、まるでこれまでの自分達の足取りを確かめるかのように、お互いの歴史を讃え合うように、凄まじい熱量と溢れんばかりの愛をもって音楽を奏でる。
これまでにも私の中でのRUSH BALLのハイライトシーンはいくつもあるけれど、Mr.RUSH BALLとも言われるストレイテナー の、3日間の大トリのステージの終演後、みんなで観た花火は一生忘れられないものになった。
今思い出しても泣けてしまうような、RUSH BALLを好きでいて良かったと心から思えたそんな3日間だった。

そして今年、2019年。1日目は前年の流れを継ぐようなアーティスト達が揃い、RUSH BALLファンを盛り上げてくれた。
そして2日目はまた様子を変えて、メインステージにはフレッシュな面々が揃った。RUSH BALLに出会った6年前にはATMCステージで戦っていたネクストブレイクバンド、当時ラジオで何度も何度も聴いた、私達の世代のアーティスト達だ。
大歓声を浴びてステージを駆け巡るこれらのバンドと1日目より明らかに若い観客達を客席後方で眺めながら、わくわくする気持ちと同時にまた少し寂しさがこみ上げてきた。
君と夏フェス、平成ペイン、WanteD! WanteD!。今やフェスの定番ソングとなったこれらの曲はその日最高の盛り上がりをみせ、新しい「RUSH BALLの顔」としてこのフェスの未来を予感させる。
これからは、彼らの時代だ。

トリを飾ったのは [ALEXANDROS]。そう、私にRUSH BALLを知るきっかけを与えてくれたバンドである。6年前と比べれば名前だって変わったし人気も何倍にもなった。私にとっても気づけば夢中で追いかける存在ではなくなってしまったけれど、今年もまた少しばかりの特別感をもってstarrrrrrrを演奏してくれたのが嬉しかった。
その後も誰もが知っている曲を堂々と演奏する彼らを観て、それがあまりに格好良くて涙が出そうになった。

今年のRUSH BALLのテーマは「未来」だそうだ。今の高校生には、これらのアーティスト達はどう映るのだろうか。
あの時の私のようにこの世界に魅了されて、こんな格好いいアーティストがいるんだ!って目を輝かせている人がいたら、それはとても嬉しいことだなと思う。そういった人達がここに訪れて、また新しい音楽に出会って、そうやってこれからも、たとえこのフェスが終わったとしても、このストーリーとマインドはいつまでも語り継がれていくんだろうな。

私は来年、とうとう社会人になる。間違いなく今より忙しくなるだろうし、勤務地だってどこになるかわからない。またこの場所に戻ってきたいけれど、そうできる保証もない。
でも、RUSH BALLで出会った音楽が、誇りが、かけがえのない思い出が、きっとこれからも私の人生を彩ってくれるんだろうなと、そんな確信だけはある。
RUSH BALLはまさに私の「青春」そのものなのだ。

最後に、ラシュボ兄さんこと力竹さんをはじめ、RUSH BALLを作り上げてくださった全ての方々に愛と感謝を込めて。

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