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これからのロックの可能性と社会的意義の狭間で

MWAMの音に宿るどうしようもない使命感

音楽文だ。
このサイトをチェックしている方々は、洋・邦問わず間違いなく音楽好き、そしてロック好きな人だと思う。推しのバンドや気になっているアーティストのライブやアルバム評を読むことが楽しみ、ですよね。
最初に断っておくけれど、そういう意味ではこれは「音楽文」ではないし、もしかして掲載されないかもしれない。
といちいち自分に言い訳しながら、それでも尚、今、ここで書いておかなければという強い焦りが何故かわたしにはある。誰からも頼まれちゃいないけど。

という訳で。
秋のツアーも間近なMWAMだが、箱ツアーということもありチケットはほぼ絶望的。おそらく今年はもう狼のライブには行けないし書けないので、今回は狼の裏の顔(‼︎)について考えたい。

月9の主題歌がきっかけ、というように最近になってMWAMの音楽を知った方にはまだ余り知られてないことかもしれないが、あの狼達、とりわけボーカルのトーキョー・タナカには音楽活動をする一方でもう一つの顔がある。
それが、被災地の支援活動。特に東日本が震災に見舞われて以降は色々なバンドやアーティスト、アイドルが各被災地を訪れボランティアに参加したりすることは最近では珍しい光景ではなくなったように思う。なんなら芸能活動の一部というレベルでワイドショーにも取り上げられるくらいに普通のことになった。もちろん災害が起きないことに越したことはないが、わたし達が住んでいるこの国は近年、過去にはなかったような被害をもたらす自然災害が起きている。
MWAMも東日本の地震直後から自分達が何か出来ることはないかとライブハウスや各地の音楽イベントに出演し始めたらしい。
わたしは狼達を知ってまだ日が浅く、そんな活動をしてるバンドマンがいることも全く知らずにいたし、今だから告白すると、職場で募金はしていたけれど東日本は地理的、気持ち的にもやはり自分の中では距離があったのかもしれず余り深く考えようとはしていなかった。

アーティストの社会的支援というと真っ先に思い浮かぶのはU2のボノだ。ライヴ・エイドは当時、様々なアーティストが国を超えた素晴らしい取り組みだったと思うし、批判も確かにあったけれども、『音楽は世界を変え得る可能性がある』ことを実証したと私は受け止めている。
他にも自ら立ち上げたRED基金でアフリカのHIV対策支援活動などをしているボノにはずっと最大の敬意を勝手に持っている。しかし何ごとにおいてもそうだが、有名人が何か行動をする度に賛同意見と同等かそれ以上に批判も出てくるものだ。しかし彼はそんな外野の声には全く興味がないようだ。
同じく有名人で、日本には杉良太郎という俳優がいる。知らない方もいるかもしれないけれど、彼はずっと以前から刑務所の作業所へ慰問活動をしているし、阪神・淡路、中越、東日本、熊本…各地の被災地支援に私財を投じている。少し前に話題になったが「売名行為だと批判されるのではないか」と明らかに意地の悪い質問に対し「(自分がやっているのは)えぇ、売名行為ですよ、皆さんも何億も使っておやりになったらいい」と切り返したセリフ。つよい。

毎日をただ何となく過ごし、日々の雑事やチケット当落に右往左往しているような私のような平民には成功者の心境なんて本当のところはわからない。だから全く見当違いのことを言っているかもしれないのは承知の上だけれど、共通しているのは彼らのような「超」がつくくらいの有名人は、本当に困難に遭った人や社会構造の中でも忘れられそうな弱った人々に支援をする、その意味をきちんと理解して行動しているのではないか。自分が成功した「意味」、有名になった「意義」、その本質的なところを深く深く考えた先に『今生で何を自分がするべきなのか』もし神様がいるとするならば『神は自分に何をさせるつもりでこのような人生を送らせてくれているのか』という謙虚な人生観を獲得してしまったのではないだろうか。
私の想像だが、その領域にまで達してしまった人には信念があるからこそ強いのだと思っている。

そして同じような謙虚さの匂いを私はトーキョー・タナカにも感じるのだ。
彼はTwitterでバンド公式以外に復興支援専用のアカウント(@gaugaufukkou)を持っているのだが、そこには自分や仲間の活動、共有してほしいと思う呟きをツイートしている。日本のどこかで地震や豪雨などのニュースがあれば、海外ツアー中でさえ「大丈夫カ?」とまるで家族のように心配し、「ガンバッペシ」と励ましてくれる。いやぁ、そんなん投稿するだけなんだから簡単じゃん、って思う方もいるだろうし、穿った見方をすれば、Twitterなんだから誰かスタッフがやってるんでしょ?と言われてしまうと私には証明するすべはない。だけど本当に本人がやっていようといまいと、そのたった140字に満たない文字で不安な気持ちから救われる人がいるのなら、全然アリだと思う。(だけどアカウントの中の人?は本物だと私は確信してますが、それが何か?)
さらに、トーキョー・タナカの行動力のすごいところは、つぶやいて呼びかけてハイ終わりではない。実際にツアーやレコーディングの合間を縫って現地に飛び、地元の支援団体と協働し、自らのユンボで土砂の除去までやっているのだ。全ての支援活動を「サポウィズ」と銘打ち公式ファンクラブで直接支援が出来ないファンが気軽に募金が出来るようなサイトを立ち上げ、ライブ会場でも毎回募金箱を設置したり、活動用のグローブや非常用LEDライトといったオリジナルグッズを開発し、その売り上げも支援金としている。当然、経費報告書も毎回自ら作成し公表しており、時にはイベント会場の店舗で肉も焼くのだ、タナカさんは。これはもう立派なひとつの新しいビジネスモデルではないだろうか。もはやバンドマンがやるべきことじゃない、という意見も確かにあるだろう。しかし彼の中では「自分ガ出来ルコトヲ出来ル範囲デ」と全く動じていないように見える。
むしろ、人寄せパンダならぬ「人寄せオオカミ」のごとく各地の復興イベントにも積極的に登場し、小さい子供達と気軽に触れ合っている(時々ギャン泣きもされている)写真を見ると、ファンとしてはMWAMのあの超絶エモすぎるライブとのギャップがたまらなく魅力的なのだ。
昨年4月、熊本の益城町で開催された「GAMADASE KUMAMOTO 2018」という復興フェスには私も行ってきたが、地元の方は無料招待、そして勿論たくさんの賛同アーティストとそのファン。出演者にはホルモンやTOSHI-LOWさんや細美さんなどライブキッズお馴染みのメンツがいる一方で和田アキ子さんや美川さんまで呼んでいるというフェスなんて、今振り返っても貴重過ぎやしませんか?今からでも映像化を強く強く望みたい。

実際にはまだまだトーキョー・タナカの復興支援活動は他にもたくさんありすぎて、全てをここで書ききれないが、ひとつ言えるのは彼の活動は自らの資金力だけでやろうなんてしていないこと。色々な人と人の繋がりを起点にするけれど、可能な限りは地元の人達が自分の地域を復興する主役になるように活動が軌道に乗るための仕掛け作りのお手伝い、というスタンスでいることだ。必要ならば駆けつけて自分のキャラクターで人を呼ぶことも厭わない。詳しくは是非彼のアカウントを覗いて欲しい。びっくりするから!マジで。

そして最も重要なこと。今までロックだー、イェーイっ!って叫んで騒いで時には周囲から眉をひそめられるような若いファン達がボランティアに興味を持ち始めたという声や、私のようにぼんやりとしていて何から始めたらいいかわからなかったけど募金してみようかな、という些細なきっかけをトーキョー・タナカが提示してくれたことは、大きな意味があると思うのだ。
世界を変えてやる!なんて壮大なことを考えている訳ではなくても、自分が行動を起こすことでそれを見た人の行動が少し変わる、またその一人の周囲がちょっとずつ変われば徐々に良い方向に変わっていく。なんて楽観的すぎるだろうか。それでも、ただ何もしないで批判するよりは何かひとつでも行動に移してみることは何倍も尊いと思うのだ。そのことをタナカさんから教えてもらった気がする。

他者の痛みに寄り添う。
言葉では簡単に言えるけれど本当にそんなことは出来るのだろうか。どんなに話を聞いて心から相手のことを想っていても、同情や憐れみと受け止められるかもしれない。ボランティアなんて結局自己満足でしょ、と言う人もいる。確かにそれまでの私だったら「自分に沢山の出来ない言い訳をしながら(!)」参加しようとは思わなかっただろう。口では偉そうに解った風なことを言っておきながらね。
でも。タナカさんの行動や言葉を自分なりに消化して何か出来ることはないかとうっすら考えていた頃、地元のNPOが熊本への支援活動募集をかけていることを偶然知り、案外自然に申し込みをしてしまった自分にちょっと驚いた。(まぁ当日朝の集合場所に着くギリギリまで引き返そうか、とか「体調が悪くて行けない」とかこの歳で仮病を理由にしようかとか、私なんかが行ったところで全然戦力にならないし逆に皆に迷惑をかけてしまうんじゃないか、などとアホみたいに逡巡していたことは内緒でした。笑)
そんな初めて行ったボランティア活動だったが、実際にあの阿蘇の美しい雄大な山々が無残な傷をたくさん負っているのをこの目で見て、誇張ではなく鳥肌が止まらなくなった。報道では何度も見ていたはずだけれど現地に行くと被害の大きさ、圧倒的な自然の力に対して私達人間が後付けで作った道路や建物が段ボールのようにベコベコと剥がれて倒されている光景に衝撃を受けずにはいられなかった。
結局その日はイチゴ農家での活動で苗を植えるという軽作業だったこともあり誰にも迷惑をかけることなく無事に終わった。実際は農家さんにとってはほんのわずかな作業だっただろうけど、途中からは「全くやらないよりはやる方がマシよねー」と思えるようになり不思議と気持ちが楽になっていた。
あれだけ緊張して迷っていた自分は何だったんだろう。そうか、そんな大層に援助をしてやろう、なんて気負わなくてもいいんだ、と自然に感じられたことが嬉しかった。他者の痛みに全然寄り添えなくても、土嚢のひとつ、瓦礫のひとつでも運ぶだけ、募金をするだけでもそれだけで等しく価値があるのだ。
全てを投げ打った自己犠牲では復興支援なんて長く続けられない。だからタナカさんは折に触れ「各々ガ出来ル時ニ出来ル範囲ノコトヲ」と、肩の力を抜いてそれぞれが身の丈に合った支援の仕方を呼びかけ、機会を提供してくれる。最初に無理して短期間だけで取り組むよりは、広く浅くたくさんの人に知ってもらうこと、そして何よりも「忘れないこと」。これが復興支援の鍵になるのだとクレバーな彼は完璧に見通している。

現地に行って自分の目で確かめずにはいられないと言いながらタナカさんは今日もまた支援活動をし、Twitterで呟いているのだろう。
そんなタナカさんとは離れた場所でたぶん私はこれからも時々、気まぐれのように地元でボランティアに参加してみたり募金をするのだろう。
そして勿論これからもMWAMを愛し聴き続けてしまうのだろう。その根底の一部に、トーキョー・タナカという類い稀なボーカリストがバンドマンである以前に、どうしようもなく人間臭くて本質的な謙虚さを持ち続けている限りは。

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