おかえり、ポール。
過小評価されてきた英国のバンド、マンサンのポール・ドレイパーが、ソロアルバムをひっさげて帰ってきた!
2017年8月8日
30
2017年8月は、私にとって特別な月になりそうだ。
だって、あの人がまた、私たちの前に戻って来てくれる。
思えば彼と私、いや、世界中の彼のファンはこの十数年、浜辺の恋人たちのような関係だった。
「待ってよ~!」
「アハハ、捕まえられるものなら捕まえてごらん!」
「んも~!逃げ足速いんだから!」
結局、我々が彼を捕まえるまでは14年の月日を必要としたわけだが。
90年代、ブリットポップ末期に現われたマンサンという、英国・チェスター出身のバンドは、他のバンドとは少し毛色の違う存在であった。
当時としては珍しく?メイクアップを施し、だのに作業用のつなぎをおそろいで着用し、カッコつけてるのかと思えば、素朴な北部訛り、しかし音楽性は複雑で、高度で、恐ろしくバラエティに富んでおり、トドメがソングライターでシンガーであるポール・ドレイパーの素晴らしい歌唱力とその官能的な声。中性的でもあるけれど、男性的。スウェードのブレット・アンダーソンやモリッシーとはまた違うタイプなのだ。激しいギャップのせいか皆に愛されるというタイプではなく、マニアックで愛情の深すぎるファンばかりが彼らについたのだ。
1997年のデビューアルバムで初登場全英一位を飾り、セカンドアルバムではプログレッシブ・ロックに接近し通好みをうならせ、サードでは一転して全編ラブソングでこれまでのファンを戸惑わせ、4枚目の制作中にいろいろあって2003年に解散という、比較的短い活動期間の間にかなり大きなインパクトを音楽業界に残した…と私は思っているのだが、「マンサン?何それ?おいしいの?」と思ってる人、多いんだろうな。当時ですらオージーの友人に「マンサンが好き」と言ったら「やだ!ンーバップ♪のでしょ?!」と言われ、兄弟3人組バンドのハンソンと間違われたことも。
知名度はさておき、我々ファンにとっては唯一無二の存在であり、いわば天上天下唯マンサン独尊(?)であった。だから解散したときの悲しみは異常なほどで、私はその後も彼らの動きを追い続けた。ポールは音楽業界に残ってくれたが、他の3人はそれぞれの道を歩んでいるようだ。だが、ポールに関しては、「ソロアルバムを作ってる」と言ったかと思えば姿を消してみたり、「日本に来る」と言ったかと思えば土壇場で来なかったり、新人バンドなどの面倒を見ているらしき話はちらちらとインターネットではうかがえたものの、何をしているのか、何をしたいのかがさっぱり見えてこない時期を過ごした。まさしく「捕まえられるものなら捕まえてごらん!」という「浜辺の恋人たち」時代。
だけど、ポールは我々から逃げ回っていたのではなく、誰にも見えないところに隠れていただけだったのだ。
2014年、女性アーティスト、キャサリン・アン・デイヴィスによるソロプロジェクトの「ジ・アンカレス(The Anchoress)」の共同プロデューサーとして、再びポールは私たちの目の前に現われた。共作した楽曲や、ボーカルとして参加した曲を聴きながら、「待っていてよかった」と思った。キャサリンの楽曲や歌などの素晴らしさもさることながら、ポールも声が変わっていなかったし、曲調もマンサン時代を彷彿とさせる「ポール節」だった。
それをきっかけに彼はソロアルバムの製作に取りかかる。2016年6月にはソロデビューシングルをリリースし、その後セカンドシングル、そしてもうすぐ発売されるソロアルバム「Spooky Action」、そして9月には全英ツアーと、トントン拍子に進んでいった。我々の目にはそう見える。
さまざまな媒体でのインタビュー記事を読んだが、マンサンの頃からその末期、そしてその後に至るまで、ポールはかなり大変な時期を過ごしたようだ。バンドメンバーによる横領、暴力沙汰、自身の病気(指に悪性腫瘍ができた)などで彼は疲弊しきっていたらしい。
そんな折、ポールはのちにタッグを組むことになるキャサリン・アン・デイヴィスの作品を耳にし、声をかけて共同作業を始め、それがジ・アンカレスのプロジェクトにつながり、そのアルバムはProgressive Music Awardsを受賞するなど、高い評価を得ることとなった。
キャサリンとの作業で自分も自信を取り戻しやる気になったのだろう。非常に喜ばしい事だと思った。
「音楽製作はセラピーのようだった」とポールが最近インタビューで語ったのだが、「最初は憎しみで始まったものが、ハッピーな結果となった。本当に幸せだ」と、バンド時代には考えられなかったようなお言葉である。何が彼をここまで変えたのか?
となると、そのキャサリンさんとはどういうご関係?と勘ぐってしまうが、キャサリンによると「私たちはクスリとセックス抜き(リンジー・)バッキンガム&(スティーヴィー・)ニックス、そしてユーリズミックスの二人のようなものなの」ということらしい。個人的な関係はともかく、ポールをそこまでやる気にさせてくれた彼女の存在はとてつもなく大きく、とてつもなく尊く、とてつもなく妬ましい(笑)。
おそらくバンド時代にもメンバー(特にギターのドミニク・チャド)に対して似たような感覚(いわゆる「化学反応」)を得ていたのではないか、と思う。才能と才能がぶつかり合い、昇華し、新たなものを生み出すその関係。ファンとは決して分かち合うことができない、アーティストならではの感覚。本当に妬ましい。
キャサリン曰く「ポールは気難しいところがあるけど、とにかく素晴らしいアーティスト」とのことだが、本当にそう思う。アーティストが自分の領域を守るためには気難しくならざるを得ないのはわかる。かつて「人生は妥協の連続」と「SIX」という曲で歌ったポールだが、その辺は妥協できないらしい。
先に発売された2枚のシングルはやはりどことなくマンサンの延長線上にあったように思える。これは彼の戦略なのかも知れないが、やはりマンサンのファンにとっつきやすい音で注目させようとしていたのだろう。
だが、アルバムからのファーストシングルになる予定の「Things People Want」がYouTubeで先行配信されていたので、それを聴いた。
「これは46歳になった、等身大のポール・ドレイパーだ」と確信した。
ポールはもう、マンサン時代の自分にしがみついていないのだ。
私は嬉しかった。
ポールが年を取れば、ファンも年を取る。私も50歳目前になった。
ポールとチャドとの化学反応は20代の若者のぶつかり合いだったのに対し、ポールとキャサリンとの化学反応はキャリアのある中年ミュージシャン(40代)と若手ミュージシャン(30歳くらい)のそれで、キャサリンの新しい感覚(彼女は文学博士)にポールが刺激され、キャサリンもポールのこれまでの経験などに学び、互いに切磋琢磨しているのだろう。素晴らしい師弟関係(と言っても比較的対等なイメージ)ですね。
ポールがキャサリンという存在を見つけたことで、彼も新しい自分を見つけ、そして昔の自分にオサラバすることができたのだと思う。
そんなことが、その「Things People Want」一曲から伝わってきたのだ。
高音の切ないボーカル、コロコロと転調するメロディアスな曲調というのはマンサン時代から変わらない特徴ではあるけれど、ゆったりとした曲の構成からはもう生き急ぐ若者の焦りは感じられなかった。
ポールは、46歳にして大人になったのだ。
もともとマンサンというバンドはファンに手厚いことで有名で、ファンレターを出せばサイン入りの写真や、時には直筆の返事をくれていた。
よって、ファンの力というものが非常に強く(笑)、幻の4枚目にポールが手を入れて「クレプタメイニア」として発売された時も、実際ポールがソロアルバムの製作をすることになったのも、署名嘆願やメッセージなど、インターネットを中心としたファンの活動によるものだったそうだ。よって、このアルバム発売に際しても、ポールを応援するファンの動きが世界中で非常に活発になっている。それに「日本に来ようかな~」と彼がどこかで口走ったことで日本のファンも色めき立っている。今度は本当に来てくださいね。
さて、浜辺の恋人、ポールを実際私たちは捕まえることはできたのだろうか?
答えはNO。彼は「Things People Want」で一瞬だけ中年マンサンファンに寄せたふりをして、まだまだ私たちの手の届かないところにいるはずだ。いて欲しいのだ。
どこにいるかは、もうすぐ発売される彼のソロデビューアルバム「Spooky Action」を聴けばわかるはず。
だけど、きっと彼は言い続ける。
Catch me if you can!
だって、あの人がまた、私たちの前に戻って来てくれる。
思えば彼と私、いや、世界中の彼のファンはこの十数年、浜辺の恋人たちのような関係だった。
「待ってよ~!」
「アハハ、捕まえられるものなら捕まえてごらん!」
「んも~!逃げ足速いんだから!」
結局、我々が彼を捕まえるまでは14年の月日を必要としたわけだが。
90年代、ブリットポップ末期に現われたマンサンという、英国・チェスター出身のバンドは、他のバンドとは少し毛色の違う存在であった。
当時としては珍しく?メイクアップを施し、だのに作業用のつなぎをおそろいで着用し、カッコつけてるのかと思えば、素朴な北部訛り、しかし音楽性は複雑で、高度で、恐ろしくバラエティに富んでおり、トドメがソングライターでシンガーであるポール・ドレイパーの素晴らしい歌唱力とその官能的な声。中性的でもあるけれど、男性的。スウェードのブレット・アンダーソンやモリッシーとはまた違うタイプなのだ。激しいギャップのせいか皆に愛されるというタイプではなく、マニアックで愛情の深すぎるファンばかりが彼らについたのだ。
1997年のデビューアルバムで初登場全英一位を飾り、セカンドアルバムではプログレッシブ・ロックに接近し通好みをうならせ、サードでは一転して全編ラブソングでこれまでのファンを戸惑わせ、4枚目の制作中にいろいろあって2003年に解散という、比較的短い活動期間の間にかなり大きなインパクトを音楽業界に残した…と私は思っているのだが、「マンサン?何それ?おいしいの?」と思ってる人、多いんだろうな。当時ですらオージーの友人に「マンサンが好き」と言ったら「やだ!ンーバップ♪のでしょ?!」と言われ、兄弟3人組バンドのハンソンと間違われたことも。
知名度はさておき、我々ファンにとっては唯一無二の存在であり、いわば天上天下唯マンサン独尊(?)であった。だから解散したときの悲しみは異常なほどで、私はその後も彼らの動きを追い続けた。ポールは音楽業界に残ってくれたが、他の3人はそれぞれの道を歩んでいるようだ。だが、ポールに関しては、「ソロアルバムを作ってる」と言ったかと思えば姿を消してみたり、「日本に来る」と言ったかと思えば土壇場で来なかったり、新人バンドなどの面倒を見ているらしき話はちらちらとインターネットではうかがえたものの、何をしているのか、何をしたいのかがさっぱり見えてこない時期を過ごした。まさしく「捕まえられるものなら捕まえてごらん!」という「浜辺の恋人たち」時代。
だけど、ポールは我々から逃げ回っていたのではなく、誰にも見えないところに隠れていただけだったのだ。
2014年、女性アーティスト、キャサリン・アン・デイヴィスによるソロプロジェクトの「ジ・アンカレス(The Anchoress)」の共同プロデューサーとして、再びポールは私たちの目の前に現われた。共作した楽曲や、ボーカルとして参加した曲を聴きながら、「待っていてよかった」と思った。キャサリンの楽曲や歌などの素晴らしさもさることながら、ポールも声が変わっていなかったし、曲調もマンサン時代を彷彿とさせる「ポール節」だった。
それをきっかけに彼はソロアルバムの製作に取りかかる。2016年6月にはソロデビューシングルをリリースし、その後セカンドシングル、そしてもうすぐ発売されるソロアルバム「Spooky Action」、そして9月には全英ツアーと、トントン拍子に進んでいった。我々の目にはそう見える。
さまざまな媒体でのインタビュー記事を読んだが、マンサンの頃からその末期、そしてその後に至るまで、ポールはかなり大変な時期を過ごしたようだ。バンドメンバーによる横領、暴力沙汰、自身の病気(指に悪性腫瘍ができた)などで彼は疲弊しきっていたらしい。
そんな折、ポールはのちにタッグを組むことになるキャサリン・アン・デイヴィスの作品を耳にし、声をかけて共同作業を始め、それがジ・アンカレスのプロジェクトにつながり、そのアルバムはProgressive Music Awardsを受賞するなど、高い評価を得ることとなった。
キャサリンとの作業で自分も自信を取り戻しやる気になったのだろう。非常に喜ばしい事だと思った。
「音楽製作はセラピーのようだった」とポールが最近インタビューで語ったのだが、「最初は憎しみで始まったものが、ハッピーな結果となった。本当に幸せだ」と、バンド時代には考えられなかったようなお言葉である。何が彼をここまで変えたのか?
となると、そのキャサリンさんとはどういうご関係?と勘ぐってしまうが、キャサリンによると「私たちはクスリとセックス抜き(リンジー・)バッキンガム&(スティーヴィー・)ニックス、そしてユーリズミックスの二人のようなものなの」ということらしい。個人的な関係はともかく、ポールをそこまでやる気にさせてくれた彼女の存在はとてつもなく大きく、とてつもなく尊く、とてつもなく妬ましい(笑)。
おそらくバンド時代にもメンバー(特にギターのドミニク・チャド)に対して似たような感覚(いわゆる「化学反応」)を得ていたのではないか、と思う。才能と才能がぶつかり合い、昇華し、新たなものを生み出すその関係。ファンとは決して分かち合うことができない、アーティストならではの感覚。本当に妬ましい。
キャサリン曰く「ポールは気難しいところがあるけど、とにかく素晴らしいアーティスト」とのことだが、本当にそう思う。アーティストが自分の領域を守るためには気難しくならざるを得ないのはわかる。かつて「人生は妥協の連続」と「SIX」という曲で歌ったポールだが、その辺は妥協できないらしい。
先に発売された2枚のシングルはやはりどことなくマンサンの延長線上にあったように思える。これは彼の戦略なのかも知れないが、やはりマンサンのファンにとっつきやすい音で注目させようとしていたのだろう。
だが、アルバムからのファーストシングルになる予定の「Things People Want」がYouTubeで先行配信されていたので、それを聴いた。
「これは46歳になった、等身大のポール・ドレイパーだ」と確信した。
ポールはもう、マンサン時代の自分にしがみついていないのだ。
私は嬉しかった。
ポールが年を取れば、ファンも年を取る。私も50歳目前になった。
ポールとチャドとの化学反応は20代の若者のぶつかり合いだったのに対し、ポールとキャサリンとの化学反応はキャリアのある中年ミュージシャン(40代)と若手ミュージシャン(30歳くらい)のそれで、キャサリンの新しい感覚(彼女は文学博士)にポールが刺激され、キャサリンもポールのこれまでの経験などに学び、互いに切磋琢磨しているのだろう。素晴らしい師弟関係(と言っても比較的対等なイメージ)ですね。
ポールがキャサリンという存在を見つけたことで、彼も新しい自分を見つけ、そして昔の自分にオサラバすることができたのだと思う。
そんなことが、その「Things People Want」一曲から伝わってきたのだ。
高音の切ないボーカル、コロコロと転調するメロディアスな曲調というのはマンサン時代から変わらない特徴ではあるけれど、ゆったりとした曲の構成からはもう生き急ぐ若者の焦りは感じられなかった。
ポールは、46歳にして大人になったのだ。
もともとマンサンというバンドはファンに手厚いことで有名で、ファンレターを出せばサイン入りの写真や、時には直筆の返事をくれていた。
よって、ファンの力というものが非常に強く(笑)、幻の4枚目にポールが手を入れて「クレプタメイニア」として発売された時も、実際ポールがソロアルバムの製作をすることになったのも、署名嘆願やメッセージなど、インターネットを中心としたファンの活動によるものだったそうだ。よって、このアルバム発売に際しても、ポールを応援するファンの動きが世界中で非常に活発になっている。それに「日本に来ようかな~」と彼がどこかで口走ったことで日本のファンも色めき立っている。今度は本当に来てくださいね。
さて、浜辺の恋人、ポールを実際私たちは捕まえることはできたのだろうか?
答えはNO。彼は「Things People Want」で一瞬だけ中年マンサンファンに寄せたふりをして、まだまだ私たちの手の届かないところにいるはずだ。いて欲しいのだ。
どこにいるかは、もうすぐ発売される彼のソロデビューアルバム「Spooky Action」を聴けばわかるはず。
だけど、きっと彼は言い続ける。
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