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2019年11月28日、私は彼らの「曲間」で眠りについた

ロック系遊園地型魔法使い軍団ことUNISON SQUARE GARDEN

   私は、曲間で寝ていた。
  
2019年11月28日(木)、神戸国際会館こくさいホール。
  
前の席には大学生くらいのカップルがいて、女の子は終始ノリノリで大興奮状態だったがその横にいた男の子は終始棒立ちだった。「連れ」という立場で来たのだろう。ライブにおいてよくある話だ。
  
ところで、寝ていたという表現には若干の語弊がある。私は気を失っていたのかもしれないし、酔いしれていたのかもしれない。とにかくライブ中に曲間で眠りにつきかけていたのは初めてだった。まぶたを閉じろと脳が指示を飛ばし、まぶたが勝手におりてくる。私は素直にそれに応じた。こんな感覚は初めてだった。曲間で強制的に目を閉じさせられる。なんだ、これは。
  
今まで見てきたライブは「曲間をいかにしてスムーズに繋ぐか」が重要視されていたような気がする。アーティストはできるだけ素早く水を飲み、できるだけ素早く楽器を準備し、静けさが続かぬようできるだけ素早く最短距離で次の曲に入ろうとする。それが私の知っていた「曲間」だった。
  
彼らの曲間の取り方は独特だった。2,3曲を曲間ゼロで繋ぎぶっ続けで演奏したかと思えば、突然ものすごく曲間を取る。演奏が終わり照明が落ちると、まるでそこが自分の部屋であるかのようにゆっくりとペットボトルのフタを開け水を優雅にすすりはじめる者。餌を待つ小型犬のようにうつむきながらスタンドマイクの周りを小さくウロウロする者。2本のドラムスティックをこすり合わせては色んな角度から眺めている者。全員が、自分の部屋でくつろいでいるかのような思い思いの過ごし方をしている。これは曲間なのだろうか。間違いなく曲間なのだけど、これはもはや曲間ではない。彼らはこの曲間と呼ぶには長すぎる曲間を「あえて」用意しているのではないかと思えた。だからこんなにも余裕しゃくしゃくと、堂々と、曲間の時間を過ごしているのではないかと思えた。言うならば、この曲間はセットリストの中で「曲間」という1曲として位置づけられている。そう感じた。彼らは自分たちの音楽にこの「曲間」が必要不可欠だとおそらく知っている。彼らがあえて用意したかもしれないこの曲間を私は「スーパー魔法使いタイム」と名付けたい。
  
途中、ボーカル/ギターの斎藤がそんな「スーパー魔法使いタイム」の最中に全て知ったような顔をしながらこのようなことを言った。
  
「なんだかみんなすごく静かだけど・・・大丈夫?この街、すごくオシャレで落ち着いた街だから・・・みんな品性があるのかな?」
   
・・・
 
・・・
 
・・・それ、全員寝とるからやーーー!!!
  
とアンサーを叫びたい。確かにこの街はどこかおしゃれで気品高く、このホールも文化的でエレガントな雰囲気を漂わせていて、人々の品性も十分にあるのかもしれない。だが、今はあなた方の音楽が最高に気持ち良すぎて全員寝ているから静かなのだ。今、ここにいる全員寝ている。間違いなく起きているが、間違いなく寝ているのだ。ここで言う「寝る」は睡眠という意味のsleepではなく催眠という意味のhypnosisだ。なんだろう、この感覚は。確実にここではないどこかで味わったことがある。どこだ。一体どこで私はこの感覚を味わったんだ。
  
そうだ、夢の国だ。
  
一歩足を踏み込めばそこは夢の国。夢と魔法が全てを支配する冒険の国。そこは間違いなく日本であり、Tokyoと冠していながら間違いなく千葉県であり、支払っているお金は日本の円のはずなのだけど、全てが異空間であり異世界であり魔法により自分の全てが夢に支配され現実とは違う世界に飛び立っているかのような感覚に陥るあの場所に似ている。
  
そもそも、ユニゾンの音楽は「遊園地のアトラクション」のようだと思っている。彼らのライブは例えるなら、一度足を踏み入れた途端突然ジェットコースターに乗せられ振り回され、降りたらすぐ別のジェットコースターに乗せられまた振り回され、降りたらすぐフリーフォールで真下に落とされ、次はなんだと身構えていると突然2時間待たされ、待たされた後また突然ジェットコースターで振り回され、急流すべりで突き落とされ、バイキングで揺られ、また突然2時間待たされ、次はなんの絶叫系がくるのかと思っていると突然メリーゴーラウンドに乗せられ、次はコーヒーカップに乗せられああこれでやっとゆっくりできると安心したのも束の間コーヒーカップは突然ものすごい速度で回転し始め、完全に目が回った後間髪入れずまたジェットコースターに乗せられ降りた瞬間急流すべりで落とされ、ずぶ濡れのまままた2時間待たされ、次は何が来るんだ・・・と震えているとお化け屋敷に案内され、そこでTシャツで顔を覆いドラムを叩き鳴らす海坊主に出会い完全に度肝を抜かれたところでまたジェットコースターに乗せられ振り回され降ろされてすぐエレクトリカルなパレードがチャンチャラチャンチャンと軽快に始まりその電飾に見惚れて幸せな気持ちに浸っていると突然遊園地が閉園し場内から追い出され魔法から解き放たれる。勝手に乗せて勝手に降ろして勝手に待たせて勝手に解き放つ。まことに勝手で自由きままな遊園地のようだ。でも恐ろしいことにこの一見めちゃくちゃで自由奔放に見える一連の流れは全てアルバム構築学の教授兼セットリスト構築学の教授を自称するベース田淵の緻密で繊細な計算の上に成り立っている完璧に理路整然と組み立てられた流れである。だからこんなにも最高の夢を見させられて、夢見心地のまま余韻を引きずり曲間でぐっすり眠ることができる。だからアトラクションの間の2時間の待ち時間も全く苦にならない。むしろこの待ち時間で脳を休めないと彼らのロック系遊園地は乗り切れない。私は寝ます。おやすみなさい。
    
ここで目が覚めたので突然問いたい。ロックとは一体何だろうか。私の中では「自分がやりたいことをする」のがロックだと思っている。逆を言えば「みんなが求めていることをする」のがポップだと思っている。ロックは主語が自分で、ポップは主語が他人というニュアンスで捉えている。イメージとしては、ロックは磁石のS極とN極が互いに吸い寄せられビタッとくっつくようなもので、ポップは磁石で広範囲を探り多くの砂鉄を集めているようなものだと思っている。そして、S極とN極の両方がないと磁石ではないように、あくまで主語が「自分」でしかなく誰も呼び寄せてはいないはずのロックに「他人」が吸い寄せられたその時初めて、ロックはロックと呼ぶべき果てしなく底知れない力を放ち、リスナーのみならず社会や世界という大きなものを動かすことができるのではないかと考えている。
  
その点、ユニゾンはどこまでも「ロックバンド」だった。キャッチーで疾走感あふれるメロディの曲が多く一見ポップバンドに見えがちだが、彼らの実情はどこまでもロックだ。例えるならそれは薄皮のあんぱんのようで、これでもかという大量のロックあんこを、またこれでもかと極限まで薄いポップ生地で包んで焼き上げられている。一見ポップに見えるが、一口かじればそこには無限のロックが広がっている。僕たちポップです、さあさあお食べなさいと近づいてきて、いざ一口かじると最後、残念!実はロックでした!と暴露され自動的にロック系遊園地に放り込まれ振り回される。観客を煽ることなどない。曲中、観客に呼びかけることもない。誰にも媚びず、誰の機嫌もとらない。MCは極端に少なく、ただ、彼らは彼らのやりたいことをし続けるのみ。ボーカル/ギターは直立不動で体幹を微動だにさせずギターをかき鳴らし3本の舌をフル回転させながら音速でメロディに言葉を紡ぎ続け、ベースは右へ左へ前へ後ろへホールのステージでは確実に足りない行動範囲を見せつつもスポットライトが当たるその瞬間にはしっかりと指定された立ち位置に立っていてそれは当たり前のことであるはずなのになんだかそれがまたロックの中にある彼なりの真っ当すぎる秩序を垣間見るようでグッときたし、ドラムは少し目を離している隙にTシャツを被り海坊主と化していて海坊主のままで見る者全ての血を沸騰させるようなプレイをこれでもかと見せつけてきてそのプレイに感動した私は齢28にして「ドラマーになりたい」と本能的に思ってしまいその日帰宅する電車の中でネット通販を漁りおもちゃのような数千円の電子ドラムを購入した。2階席から見下ろす3人の立ち位置はまるで三角形のようで、その3つの頂点から立ち昇る力と力と力が空中で混ざり合い完全に磁場を形成していた。3人がそれぞれ独立した上で混ざり合うことにより形成される、圧倒的な力をもった磁場。そしてそのS極にビタッと吸い寄せられる観客の私達ことN極。煽られなくても、呼びかけられなくても、音楽だけで勝手に身体と心が彼らに吸い寄せられる。そう、これこそがロックだ。「余計なものは入れない」どこかの食パンのキャッチフレーズのような、そんな純度の高いロックを体感した。
  
「今まで本当にB面の曲しかしてないでしょ?今日、連れで来た人がかわいそうだよ。全部知らない曲なんだもん。アニメの主題歌もしないし。でも、ここからも全部誰も知らない曲をします。」
  
と、中盤のMCで斎藤は言葉少なにハッキリと言い切った。自分たちの曲を「誰も知らない曲」だと言い切る清々しさ。でも、そう言い切れる裏にあるのは絶対的な自信なのだろう。自分達の力を誰よりも自分自身で信じていないと、そんなことは口にできない。そしてラストのMCでこう言い放った。
  
「本当に全部B面の曲をしました。でも、それでも、ここまでできるのが俺達UNISON SQUARE GARDENです。」
  
そう、今回のセトリは全てB面、いわゆるカップリング曲。全て完璧に走り抜けた後で放たれるその言葉に、痺れた。シングル曲やアルバム曲は一切抜きのカップリング曲のみでここまで完成されたライブをやってのけるアーティストを、ここまで強力な磁場を形成するアーティストを、私は知らない。
  
ライブも終盤に差し掛かる。序盤は棒立ちだった前の席の男の子が両手を天に高く突き上げ体全体を揺らしている様子がふと視界の片隅に入ってきた。ああ、もしかしてこの男の子も序盤は彼らのロックに圧倒されて寝ていただけなのかもしれないなと思った。「全部知らない曲をされて連れの人がかわいそう」なんて言っていたのは「全部B面の曲だけど、何も知らない連れの人ですら全員俺達のロックで魔法をかけられますんで」という圧倒的な自信があったからなのだろう。その圧倒的な自信の下で解き放たれるユニゾンのロックが、ロック系遊園地型魔法使い軍団UNISON SQUARE GARDENが、ずるい。
  
私がこのままドラマーになってしまったら、それは全部全部全部、ユニゾンのせいだ。
  
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