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終わりのない青春を選んだ先に覚えた季節

『THE YELLOW MONKEY 30th Anniversary Dome Tour』

“私、このバンドの事をちゃんと知らないや…”
そう思ったのが、始まりでした。

私はTHE YELLOW MONKEYが大好きです。
今は寝ても覚めても考えていると言ってもいいくらい、夢中に追いかけている。
バンドの曲は90年代の絶世期から知っていたけれど、当時は小学生。
曲だけが記憶にあって、メンバー4人の事は、“長髪のお兄さん”という、うっすらとしたビジュアルしか覚えていなかった。
知らぬ間に休止をして、知らぬ間に解散をした。

そんな私がTHE YELLOW MONKEYの音楽と再会したのは、2006年。
吉井和哉さんと出会ってから。
ソロアルバム『39108』にどういう訳か惹かれて、吉井さんを辿ってみると、
THE YELLOW MONKEYのボーカリストだったと知り、驚く。
自ずとバンドの曲を聴けばシングル曲のほぼ全て聴いたことがあって、
今は亡き母親の夕飯の支度をするシルエットと共に、ラジオから流れてくる懐かしい楽曲たちが、
私とTHE YELLOW MONKEYの最初の思い出だ。

あっという間に“吉井和哉”の虜になり、ファンになった。
それから10年後、バンドは奇跡の再集結を果たす。
初めて観たLIVEは、2016年5月11日。アリーナツアー初日。
“吉井和哉”ではなく、“LOVIN”として彼に会うのはとても緊張した。会場内の空気がそれを物語っていた。
“90年代の彼らを知らない私が、この場にいていいのか”そんな気持ちでいっぱいだった。
でも、そんな気持ちは一気に吹っ飛び、またあっという間にTHE YELLOW MONKEYのファンになった。

2019年発売のアルバム『9999』も、初めてリアルタイムで買ったアルバムとなり、
プロモーションの多さに改めて、世間がこのバンドの新しいアルバムをどれ程待っていたのかを痛感した。
そして♢♡♤♧マーク、4つのセットリストで構成されたツアー『Grateful Spoonful』にも参戦し、全マーク制覇。
“行ける公演は全て行った”という勢いだ。こんなに参戦したLIVEツアーは、初めてだった。
吉井さんはある曲中で毎回、
「THE YELLOW MONKEY is My Life!!」と叫ぶ。
私も毎回心底そう思って、叫んだ。

ツアーが終わり、バンドは結成30周年を迎えようとしていた。その記念楽曲として、配信シングル『DANDAN』をリリース。
それは明るい曲調なのに、ファンやメンバーの事が想われ綴られた歌詞で、どこか泣きそうになる曲で。
『DANDAN』もすぐ、心に入ってきた。
そして全国のラジオ局が、30周年を祝った特別なプログラムで、過去のインタビュートークを流すようになる。
90年代前半が中心で、4人の少し若く、自信に溢れた声が初々しかった。
しかし、ある局で放送されたインタビューが、私の耳に残った。
1999年春、パンチドランカーツアー終了後の『SO YOUNG』のプロモーション時である。

違う。
声が明らかに違う。
全員が疲れ切っている様子が、目に見えるようだった。
もちろん、113本の前代未聞のツアーだった事、のちに解散へ続く道に繋がった事は知っていた。
けれど、当時の4人の声を聞いて思った。
“私はこのバンドの事を、ちゃんと知らないや…”と。

それから急に、買ったままにしていたTHE YELLOW MONKEYのLIVE DVDを、見始めるようになった。
“12月28日までは無理でも、ドームツアー最終日の4月5日までに過去のLIVEを見て、歴史をちゃんと知ろう”
そう思った。

CSの音楽番組でも、過去のLIVE映像を放送するようになった。
『life Time・SCREEN~追憶の銀幕~』。THE YELLOW MONKEYの初LIVE映像だ。
このLIVEで登場する“マリー”という架空の女性を、吉井さん自らが扮して演じている。
この人物の事もしっかりと見たのは、この時が初めてで。
ふと、“ツアーでやらないかな。。”と思った。

そして2019年12月28日。
THE YELLOW MONKEYは結成30周年を、ナゴヤドームで迎えた。
ナゴヤドームでの公演は本当に素晴らしかった。
ネットでも1曲目だけ配信された。『SECOND CRY』だ。
これを30周年の一発目にもってくるTHE YELLOW MONKEYがかっこいいと思った。
この曲は90年前半、デビューして3枚目のアルバム収録曲。
25年前の楽曲をドームの真ん中で歌うLOVINは、当時コンセプトとしてこれも自らが演じた“ジャガー”だった。

そこから新旧問わず、ぐっちゃぐちゃに構成されたセットリストは、1回きりにするのが惜しいと思った。
また同時に、これ以外のセトリがあと3回も用意されていると思ったら、“無敵さ”すら感じた。
そして本編ラストの1曲で『シルクスカーフに帽子のマダム』が歌われた。
鳥肌が立った。
衣装までは身に付けなくとも、より美しい歌声で“マリー”が、2019年に戻ってきた。
しかも、1曲目の“ジャガー”と共に。

2人は恋人同士で、戦争のために離ればなれになり、お互いを探しているというストーリーが、
『life Time・SCREEN~追憶の銀幕~』とその次のツアー『jaguar hard pain』だった。
その2人がようやく会えたんだと、LIVEを過去から追い始めたばかりの私には、感無量のシナリオだった。
そして他にも、この当時から歌ってきた曲を、今でも歌い魅せてくれるTHE YELLOW MONKEYに改めて、凄さを感じた。

年が明けて数日後。
京セラドーム公演まで、ちょうど1ヶ月となった1月11日。
また新たにまだ見ぬ過去作品が、放送された。
『パンドラ』である。
まさしく私が、歴史をちゃんと知ろうとしたきっかけのツアードキュメント映画だ。
これも映画の存在は知っていたが、なんだか怖くて見る勇気がなかった。しかし、今なら…。

終わる頃には、泣いていた。
聞いた事のある話ばかりがこんなにも溢れていたのに、
いざ映像で当時の様子をメンバーやスタッフの表情を通して見ると、たまらなくなった。
百聞は一見にしかず。こんなにも重く辛い、113本だったのかと。
そして『SO YOUNG』が、今までとは違う気持ちで耳に入って来る。
メンバーの心情に触れた直後に聴くと、涙が止まらなかった。

過去を知って今を見ると、バンドの再集結,LIVEツアー,アルバムリリース。
これらが本当に奇跡なんだと、まさに“メカラウロコ”な気分だった。
映画が終わり、その直後に流れたPV『DANDAN』ですら、とても愛おしい曲に聴こえ直された。

『SO YOUNG』の歌詞。
【終わりのない青春 それを選んで絶望の波にのまれても ひたすら泳いでたどりつけば また何か覚えるだろう】

解散を選んで、1度は絶望の波にのまれても、ひたすら泳いでたどりついた今、彼らは“朱夏”という青春の次の奇跡を覚えた。
(“朱夏”は2019年のあるインタビューで、ドラムのANNIEさんが今のバンドの状態を指した答えだ。)
その季節を行くTHE YELLOW MONKEYが、今1番煌びやかで、凄まじく、かっこいいと思った。
また90年代後半には、まるで今の状況を見据えたような歌詞が、『SO YOUNG』以外にもあって。
その恐ろしささえも美しく感じる。

ドームツアーはあと3本。
4月の東京ドーム公演を終えたら、次のアルバム作りのため、水面下に潜るという。
寂しい思いはあるが、それは次への“蛹”段階。
【また会えるって 約束して】【未来は未来で 大きな口を開けて 笑ってる】から。
それまでに私はまた、過去を遡って最高の状態で、残り3本を迎えるつもりだ。
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