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明日に向かって便所サンダルを放り投げる

King Gnuの生き様に一晩で惚れちまった話

あーもうやめだやめ!難しいこと書くのも言うのもやめ!!!!!
もうやんなってしまった。早退したい。炭水化物食べたい。昨日のミュージックステーションで、『Teenager Forever』を歌ったKing Gnuを見てしまったんだもの。
なんでこんなにくそまじめに生きてるんだろう?たまにはっちゃけるけど、そんなの可愛いもんだよ。本当に言いたいことやりたいことを、私はエネルギーに任せて爆発させながら生きてられてるんだろうか?この新曲を聴いてまたいっちょまえにガチガチな懐疑心を抱いてしまったわけだけど、そんなことを真顔で問うている時間すらも惜しい。
私はとにかく明日に向かって、とりあえず便所サンダルで疾走したくて、そして盛大にずっこけたくて仕方ないのだ。

King Gnuのバラードが好きだった。友達にすすめられて聴いた『白日』。聴いてすぐ、あ、このバラードはただものじゃないなと思った。身体に独特の揺れが生まれた。私がこの世に生を受けてから、こんな風に身体が揺れたことがない、という感じの未知の揺れだ。身体の中に音楽がある感覚。どうしても冬の駅のホームにひとり佇んで聴きたいという衝動が抑えきれなかった。本当にしょうもないよな人間って、と通算何百回目の同類への諦めをカウントしながら、諦めを親鳥みたいに温めた時に出来た気泡みたいなエネルギーを持て余してみたかった。
バラードなのに悲しくない。むしろ悲しいより虚しい。

“あなたの存在を そっと包みこむように 僕が傷口になるよ”

と『The hole』では歌ってくれているけど、絆創膏に似たこの歌、そもそも私をしんみりと虚しくさせてるのはKing Gnuの歌と井口さんの哀愁漂うハスキーボイスだろう!おい!絆創膏まで貼ってくれるんかい!とよく分からないツッコミまでしてしまう。
でも、虚しさって、全然嫌いになれない。虚しさは生きている証。生きているから感じる特別な感情、って感じがするから、私は好きだ。だから私はKing Gnuのバラードが好きなのだ。

『Teenager Forever』を聴いた時の最初の感想。忙しない歌だな~。私の好きなKing Gnuとはちょっと違うかな、だった。疾走する音のノリについていけず、筋肉もりもりの体操部に笛を吹かれて一緒にランニングしてるような感じがした。ちょ、ちょっと待って。私、バリバリ文化系なんで。そんな速く走れないっす。あと、色々計算しちゃうんすよ。どこで力を抜けば楽に走れるかとか、折り返し地点で一回呼吸を整えなきゃとか。

私の生き方はずっとこうだ。何かについて何でも死ぬほど考える。するとどうなるかっていうと、死ぬほど疲れる。心を病む。自分がしっかりしてないから明日も不安だし、周りにも迷惑かけるし。
いつしか自分を追い詰めるプロになっていた。誰かが虚しさや諦めについて歌っているのを聴くと安心するのは、私が言いたかったことや思っていることを、歌という形で昇華して伝えようとしてくれてるから。私が必死こいて「つらい!!!しんどい!!!」なんて言わなくても、そんな曲を聴いてるだけで省エネになり、その上救われる。なんて素晴らしいんだろう、諦めソング。1回休もう、もっかい休もう、ああ、もうここまで来たのか、がんばったな。疲れたからもう一休み……いつの間にか自分を追い詰めるプロは、力尽きてのんびり生きるプロに転向しつつあった。自分が疲れないように、傷つかないように、感情を揺さぶられないよう、平行線に近いフラットで心を保ちながら。

そんな時、King GnuのVo.である井口 理がMステで、1月だというのにタンクトップにハーパン、便所サンダルで登場したのだ。なんでも新曲のPVで着た衣装をそのまま着てきたのだという。ああ、あのアップテンポな曲か。だからこんな陽エネルギー全開の服なんか着てるのね……しかもハーパン、中学生の頃の体操着なんかい。ふふっと笑いながら、まあとりあえず生歌唱を聴いてみるかと披露を待つ。

「それでは、King Gnuさんで『Teenager Forever』です。どうぞ」

そこから始まった演奏。
曲が中盤にさしかかると、暴れて痙攣する井口氏。足からすっぽ抜けた便所サンダルがステージに置いてきぼりになる。構わず叫び、歌い続ける。

“他の誰かになんて なれやしないよ
そんなのわかってるんだ”

うわわわわわ。待って待って。追いていかないで。ついていきたいの。頑張りたいの、私、あなたたちについていきたい。かっこいい。終わらないで。歌って、ずっと。

諦めてない。彼らは何も、諦めてなんかない。自分が自分であることをこんなにも必死に表明している。タンクトップがきらめく。便所サンダルとは思えない。これは陸上アスリートが何年間も共に走ってきた相棒じゃないか?
脳汁がほとばしる頭の中で走馬灯のように思った。怒涛の感情疾走に焦りながらも、ちゃんと箇条書きする。

・人生一度きりなんだ
・人生楽しんだもん勝ちだよ
・周りの目なんか気にするな
・自由に生きた人間が優勝に決まってる
・便所サンダル脱ぎ捨てて、裸足になってみたい
・人間って美しいな

そう、私は暴れまくる井口氏を見て、美しいと思ったのだ。信じられないと思うけど、あの瞬間、何よりもきれいに見えた。もがいてるのが無様なんて言わせない。そもそもあれはもがきじゃない。ダンスだ。悦びのダンスなんだ。「他の誰かになんてなれやしない」自分が諦観と虚無を舌で絡め取って丸呑みした後にする感情のダンスだ。

便所サンダルを思いっきり放り投げて歌う人生、というハイパーニュータイプの人生ないしは人間を目の当たりにしてしまって、諦めソングへの感じ方が180度越えて1回転し、余力でかなりずれた位置で止まった。諦めソング、バラードじゃなくても良いのだ説。こんな風に全身全霊で歌ったっていいし、そういう感情をネガティブな方向に持って行かなくちゃいけないなんてルールはどこにもない。King Gnuのパフォーマンスは、私にそのことを教えてくれた。
一生懸命何かをする人間はこうも美しく尊くて、涙が出てきてしまう。かっこよかった、便所サンダルだけど。便所サンダルがあんなに輝いて見えたのは初めての体験だった。井口さん効果で便所サンダル、今頃飛ぶように売れ行きを伸ばしてるんじゃなかろうか。

それからすぐにYoutubeに飛び、PVもじっくり見た。もらったお金を使い切るという映像内の企画で結構まじめにお金の使い道を考えてちゃんと親孝行しているメンバーもいるのが、余計にPVを作品として奥深くしていた。人には人の人生とお金の使い道があるんだ。ドラマティックな人生像が垣間見える映像作品が元来好きなので、フィルムで撮ったようなざらつきもあいまって良い作品だなあと思った。

ティーンエイジャーフォーエヴァー。そうか、10代。この曲は永遠に10代なんだ。10代なんて諦めてもそれで落ち込んだりしてなかったなぁと思い出した。そういう気持ちって、映画でも音楽でも大切に描かれる。だって大切だもの。分かる。私も永遠にバカやって、たまに筋肉痛起こして寝込んだりして、それでも笑って生きてたい。

自分の人生、イズ、オンリーワン。何者かと言われれば何者でもないんだけど、そういう瞬間がもしかしたら一番かけがえがなくて、忘れられない。私は私だから、それはどうしようもない。
だからどんなにバカやってもいいよ、世界のすみっこなんだし、自由にやろう。
そして便所サンダルは勢いあまり、あさっての方向に吹っ飛んでいく。
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