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アラフォーロックリスナーの苦悩を木っ端微塵にした18歳

ビリー・アイリッシュのちょいださダンスに『萌えておく』という延命術

『もしかしたら私はロックから【卒業】しつつあるのかもしれない』

 自覚はしていた。
 結婚して上京してから生活に追われ、手持ち以外の音楽を新たに発掘する気力が徐々に失せていき、周りのライブ仲間達も、結婚したから・子供ができたから・仕事が忙しいから、といった理由でどんどんロックから【卒業】していった。
 本屋に行ってROやJAPANの表紙に知らない人が載っていて、それはそれで構わなくなった。試しに若手アーティストの音を聞いてみても、どうも引っかからない。これはアーティスト側の問題ではない気がする。
『私の感性が鈍磨している』
 恐ろしい話だが、きっとそうに違いないと思わされた。
 新しい音楽を追う気力がなくなり、ピンと来るアーティストも減ったことで、私は若い頃のように自分からオン・ゴーイングのバンドをディグって云々、といった余力がほとんどなくなりつつあった。

『走るのを辞めた』

 そんな風に思っていた。

   ◇  

 少し前から、YouTubeで動画が始まる直前のCMに、ある女の子が頻繁に登場するようになった。

『私も自分の見た夢を表現に使ったりするよ』

 私の記憶が正しければ、こういったニュアンスのことを言っていたはずだ。
 顔ははっきりとは見えず、英語のアクセントからしてアメリカ人ないしアメリカ育ち、何より目を引いたのは彼女の髪型で、根元がライトグリーン、それ以外はジェットブラックだった。
「ビリー・アイリッシュ」
 はて、この子は何者だろうか。
 表現というからには何らかのアーティストなのだろう。ふむ。
 
 ところで、私には今、全力で推したい男がいる。 
 ジェームズ・コーデンというイギリス人のマルチタレント(と書いていいのだろうか)である。
 彼がCBSという放送局でホストを務める番組「The Late Late Show」には様々なおバカ企画があり、登場する超大物ゲストもよくもまあそれに乗るなぁと感心するほどだ。
 私はYouTubeで彼のショーを毎日見て、そのたびに大爆笑していた。

「The Late Late Show」の中でも特に人気なのが、カープール・カラオケというコーナーだ。
 ジェームズ・コーデンが運転する車に毎回ゲストシンガーが乗り込み、カーステレオから流れる音楽にのせてジェームズとアーティスト本人が熱唱、時にはハモり、時には踊る、楽しい企画だ。
 ゲストは毎回豪華すぎて鼻血が止まらない。ポール・マッカートニー、スティーヴィー・ワンダーなどの大御所から、クリスティーナ・アギレラ、エド・シーラン、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、フー・ファイターズ等々、もう何でもありすぎてこっちがギャラの心配をしたくなる。
 そしてそんな大物歌手群の中に、私は例の女の子を発見する。サムネイルしか見なかったが、なるほど、この企画に出るということは彼女はシンガーだということだ。しかも、相当な実力者として。
 しかし正式な音源を聞く前にネタ動画を見るのは失礼だと思い、軽く調べてみた。
 兄と共にホームスクールで育ったこと、ベッドルームで作曲していること、SoundCloudに14歳の時にアップした曲が大ブレイクしたこと。
 
 若干音源も聞けたので、好印象だった私は思い切ってアルバムを買ってみた。

 音数は極めて少ない。アンビエント系と言って差し支えない部分もあるが、ゴリゴリのベースがどの曲も主張が激しく不穏で、だがその不穏さなどどこ吹く風で歌うビリーちゃんの歌声は高く、ハーモニーが美しい。
 どこかけだるげに歌っているのに、確実に聞き手に刺さる声だ。
『ドスの利いたウィスパーボイス』という語義矛盾した形容詞の使用をどうか許して欲しい。だって聞いたら分かるでしょ、これ囁きじゃないもの、絶対裏があるでしょこの声。少なくともそう思わせるだけの『何か』は確実にあるでしょ。

……ちゅ、中毒性高ぇ。

 数時間後、気づけば私は近所のコンビニに走り、iTunesカードを買って二枚目のアルバムも購入していた。

 特に「bad guy」のサビの『Duh!』にはヤラレた。
 日本語では一言では訳せないけど、「当たり前じゃん」とか「今更何言ってんの?」といったニュアンスのこの「ダー!」、その前にビリーちゃんは『I’m the bad guy』、と言っているのだ。ちょっと意味深じゃないですか。嗚呼もうこのセンス、愛。

 すっかりビリーちゃんのファンになってしまった私は、YouTubeでどんどん彼女のインタビューを見るようになった。
 曲名や歌詞からして、俗に言う『病みかわいい系』な子かな、なんて構えていたけれど、めっちゃフツーの17歳だった。音源の囁き声が詐欺に思えるくらい大爆笑するし、Fワード使いまくるし、ファニーだし、嗚呼もう超かわいい。

 そしてもちろん、先述したジェームズ・コーデンのカラオケ企画も見た。
 しかしここで私はビリーちゃんがビリーちゃんである所以、いわば彼女のオリジナリティに通じる何かを垣間見ることになる。
 中盤で、ジェームズ・コーデンがビリーちゃんにウクレレをプレゼントするシーンがあって、「何か弾いてみてよ」というジェームズに対し、ビリーちゃんは快諾して、ビートルズの「I Will」を奏で始める。
 彼女が歌い出した瞬間、私は思わず「え?」と硬直した。
 メロディは間違いなく「I Will」だった。ジョン・レノンが歌う通りの音階だった。
 でも、違ったのだ。
 まるでビリー・アイリッシュの新曲のように、聞こえた。
 あの年にして、自分の歌い方、歌唱法を、既に獲得している。そうとしか思えなかった。

 他にも、レディング・フェスの50分のフル・パフォーマンスも見たが、客が歌いすぎていてなんかもうおまえらの愛でビリーちゃんの声が聞こえない。
 特筆すべきは、彼女がいつもだぼだぼの服を着ている理由ではなく(いや、これも重要だが)、微妙にダサいそのダンスである。
 音に合わせてぴょんぴょん飛んだり、ケンケンでくるくる回ったり、『スタイリッシュ』からは程遠い、だけど自分の音楽を全身で楽しんでいるちょいださダンス。微笑ましい。嗚呼。

   ◇

 やっぱり私は、ロックから、音楽から、【卒業】はできない。
 自分でも分かっていた。
 確かに気力も余力も、若い頃に比べたら全然ない。だから走るのを辞めた。
 だって走るのは、走り続けるのは疲れる。それに今の私には自分の生活がある。 

 だがビリー・アイリッシュは、そんなのガン無視で私の心にするりと侵入し、ちょいださダンスを踊り始めた。最近じゃグラミー賞五つを振り回してヘドバンしている勢いだ。
 んなもん惚れるに決まってる。

 でも私は本当に安堵したのだ。
 三十路半ばの自分が、もっと若い世代の音楽を聞いて、純粋にそれをいいな、と思えた事実に。
 自分の感性が鈍磨したとまで思い詰めていたのに、ビリーちゃんの音楽はそんなアラフォーのくだらない懊悩を一掃した上でそれを魅力的と思わせるほど高らかに鳴り響かせた。
「bury a friend」で、ビリーちゃんは自分自身の中にいる悪い存在を『friend』と呼び埋葬しようとする。それはまさに私自身が彼女の音楽を聞いて達成できたことだ。まあ、歌詞ではその後呼び起こしてしまうけど。

 今後彼女がどういったキャリアを歩んでいくのかはまったく分からない。何しろ彼女は若い。
 でも、変わって欲しくないな、と思う自由奔放な部分はある。音楽性とは無縁なところで。
 そしていつか何らかの機会で私は彼女にお礼を言うだろう。
『貴方の音楽のおかげで新しい音楽も悪くないと思えたんだよ』
 するとビリー・アイリッシュは何食わぬ顔でこう答えるのだ。

『Duh!』
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