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hideの歌った春が来る

それが「約束」ではなかったのだとしても

<<春に会いましょう>>

楽曲のなかで、そんな言葉を発してくれたhideさんが亡くなってから、長い年月が過ぎ、春が近づいている。hideが歌ったのは文字通りの「春」なのだろうか、それとも何かの暗喩なのだろうか。僕たちは何らかの形で、またhideに会うことができるのだろうか。

(本記事で取り上げる楽曲はhide with Spread Beaverによるものです)

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高校2年生の時にエレキギターを買い、その後、ベーシストに転向した僕が、人前で弾けるくらいの技量と胆力を得られたのは、大学生になってからのことだった。だから高校時代、文化祭で演奏することはなかったし、正直に言うならば、舞台に上がるコピーバンドの選んだミュージシャンのなかに「個人的に好む人たち」はいなかった。嫉妬と無関心という、あまり良くない感情を抱いて、その夜を迎えた。

それでも僕が、その文化祭に参加してライブを聴いたのは、トリで登場することになっていたバンドのフロントマンが(今なお親しくしている)親友だったからだ。彼らのセットリストには、失礼ながら興味がなかった。親友の歌は素晴らしかったけど、演奏は感動を誘いはしなかった(ギタリストは凄腕だったけどリズムセクションがハッキリと言うならば稚拙だった)。それでも彼らが「ever free」を奏ではじめた時、会場の熱が一気に高まったのは覚えている。そして僕も、それを機会に、hideの楽曲を聴いてみようと思うことになる。

Mr.Childrenやスピッツといったアーティストを好む僕にとって、ハードロックやヘヴィメタルに分類されるであろうhide(あるいはX JAPAN)という存在は縁遠いものだった。それでも「ever free」を何度も聴いてみると、その旋律には人を高揚させるものがあると認めざるを得なかった。僕が好きなのは親友の声調であり、hideの声に魅了されたわけではない。潔いギターサウンドに心を奪われたのだ。1番を歌い終わったあとに転調するのだけど、そこで聴き手の心は昂ぶる(少なくとも僕はそうだ)。

hideは歌う。

<<愛って いくらでしょう>>
<<夢って 食べれるの>>

僕が本来的に好むのは、巧みな比喩で様々な感情を活写するMr.Childrenや、文学的とさえ称していいはずのスピッツの歌詞である。それでもhideのギターサウンドには、衒いのない言葉がピッタリと合うと感じる。<< free >>を切望する歌でありながら、どことなくユーモラスであるようにも感じさせる歌詞がつけられているからこそ、そしてhideの歌声に剽軽さのようなものが滲んでいるからこそ「ever free」という曲は佳曲に仕上がったのだと考えている。

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そのhideが遺した楽曲群を聴いていた僕は「HURRY GO ROUND」の歌詞に触れた時、たまらなく悲しくなった。いつhideが、どんなタイミングで、この曲を書いてレコーディングしたのかは分からない。それでも僕にとっては、その声調やメッセージから、何かを手渡されたような気持ちになった。hideの歌声が、あっけらかんとしているからこそ、楽曲に哀愁のようなものが漂っているのではないか。そう僕は感じた。

<<目に映る景色は 音も無く過ぎ去る>>
<<悲しい訳じゃなく でも 嬉しくもない>>

これは単純に、季節が移ろうことに対する思いをつづったものなのだろうか。それとも、もっと重く深刻なメッセージが隠されているのだろうか。ひょっとするとhideは「輪廻」のようなものを歌おうとしたのか。当人が現世にいない今、それを僕たちに知る術はないかもしれない。僕たちはもうhideに会うことはできない、その新曲を待ち望むことはできない。

いま僕に望めるのは、hideという存在に気づかせてくれた親友に、今こそ「HURRY GO ROUND」を歌ってもらうことくらいかもしれない。恐らくは彼は、快く引き受けてくれると思う。「HURRY GO ROUND」に込められた、ユーモラスとは形容しがたいメッセージは、親友の声で歌われることによって、僕の心を(あらためて)揺さぶるように予想される。だから僕は、春が来るころに、彼と会えればいいなと考えている。

あの時、文化祭の壇上で「ever free」を奏でたバンドマンは、今もhideの不在を悲しんでいるのだろうか。そして今も、ギターやベースを弾いているのだろうか、ドラムをたたいているのだろうか。あのころは分かり合えなかった僕たちは、もう会う機会はないとしても「春」を待つ気持ちを共有することはできているのではないかと思う。僕はhideに会いたい、彼らは恐らく、もっとhideに会いたい。あの夜、会場を熱くしていた、ひとりひとり体温を持った同窓生は、今でもhideのことを覚えているだろうか。今でも<< free >>を希求しているだろうか。春が近づいてくると、そういうようなことを僕は考えてしまうのだ。

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私人としてのhideが、どんなことを願って生き、そして何ゆえに亡くなってしまったのか、詳しいことは知らない。それでも僕は、たとえ「HURRY GO ROUND」で歌われたことが直情ではなかったのだとしても、それを「約束」だと思っている。春が来るたびにhideのことを思い出す。そして「HURRY GO ROUND」を聴きたいような、聴くと切なくなることを恐れるような、複雑な心境になる。

個人的には夢は食べられないと思っているし、愛に値札はついていないと考えている(そう考えなければ生きていけない)。僕はある程度、自由であるし、完全な自由は獲得していない。「ever free」であることは、どの同窓生にも果たせないだろうと思われる。だからこそ今、hideが「自由であるって難しいよね」というような歌を届けてくれたら、どんなに有り難いかと考えてしまう。それが叶わない望みであることは分かりながらも。

hideが遺した楽曲のことを考えると、この世界には(人生には)望めば叶うかもしれないことがあるのと同時に、望んでも叶わないこともあることを再認識させられる。今から僕が望んでみるのは、叶うか叶わないか、かなり際どいことだと思う。どうかhideを愛した人たちが、ほんの少しでも<< free> >に近づいていけますように、悲しい記憶にとらわれずに、できれば楽しく生きていけますように。

<<春に会いましょう>>。

※《》内はhide「ever free」「HURRY GO ROUND」の歌詞より引用
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