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2時間12分に描かれたバンドの全て

KANA-BOON THE BEST 発売に寄せて

KANA-BOONが、自身初のベストアルバムをリリースした。

「一曲目から順番に聴いていくと、今まで好きでいてよかったと思える。あぁこのバンドが大好きだ。」

言葉にすれば、自分のボキャブラリーの貧困さに辟易するような拙い感想になってしまう。

聴き終えて思い返す。

去年の6月、このバンドに起こったこと。

11月、このバンドが新体制になったこと。

大好きなバンドが、音楽を奏でることができなくなってしまったら。

何かと良くない知らせが多かった気がする去年、一昨年のバンド業界、だからこそそんなことを考えたことのある人は少なくないのだと思う。

私もその一人だった。

当たり前なんかじゃない、と自分に言い聞かせているつもりだった。

出来るだけライブには行こう、CDを買おう、自分にできる限りの手段で沢山愛そう。

いつが最期になっても後悔のないように。

だけどそれは、どこか他人事だったと実感する。

結局のところ、私の心の中は「まさか」でいっぱいだった。

自分の好きなバンドだっていつどうなるかわからない、と何回も思ってきたはずなのに。

めしださんが音楽活動を休止することを発表してから、何れこんな日が来てしまうだろうと、心の何処かではわかっていた。

音楽活動を続ける中でめしださんが壊れてしまったのなら、KANA-BOONには戻らないということが、彼にとって、そしてメンバーや私たちファンにとっても最善の選択で、むしろ望むべきことなのではないかとまで思えていたつもりだった。

だけど脱退が発表された時に気がついてしまったのだ。

「KANA-BOONが三人になるということ」と、「KANA-BOONが四人ではなくなるということ」は違う、ということに。

めしださんが休止していた間、KANA-BOONは三人になっていた。

でも彼が脱退をするということで、KANA-BOONは四人ではなくなった。

もう二度とめしださんがベースを弾く姿を見ることはできない。

あの笑顔を、ステージ上で見ることは叶わないのだ。

脱退の発表後すぐに、非情にも彼のTwitterのアカウントは消え、ファンクラブのブログも消えていた。

めしださんに憧れてベースを始め、幾度となく彼に救われてきたのに、それは絶対に私だけではないのに、ファンでしかない私たちには今までありがとう、の言葉すら伝えることができない、伝える術がない。

伝えることができたところで、それが自己満足の域を出ることのない行為だということは私も自覚している。

きっとこんなところにその想いをつらつらと書くことも、ただのエゴに他ならないのだろう。

だけどそのくらい私にとって彼の存在は大きすぎた。

そういう気持ちが、めしださんを余計苦しめるのかもしれないとわかっていても。

失いたくなかった。

めしださんを、めしださんがベースを弾いているKANA-BOONを、めしださんに気持ちを伝える術を、その全てを。

そんな中発売されたベストアルバム。

これを超えなければならないのではという思いからセットリストから外したこともあるという「ないものねだり」から始まり、メジャーデビュー曲の「盛者必衰の理、お断り」、「結晶星」の《これから先、後悔もある簡単にいかない時もある けど気にすることはない 君はきっと間違ってない》という歌詞に救われた人が何人いることか。

定番曲となった「フルドライブ」や、武道館での演出が素晴らしかった「スノーグローブ」、そこで初めて披露された「なんでもねだり」、ベースがかっこいい「talking」。

その後に収録されている「スノーエスカー」は、ファンの中で隠れた名曲、再録してほしい、という声が本当に多かった曲。

まさかこんな形で収録されるとは、聴きながら涙ぐんでしまう。

鮪さんがアジカンのごっちさんに褒められて嬉しかった、と言っていた「Wake up」、現在や過去を未来へと繋ぐ、「バトンロード」、そして「彷徨う日々とファンファーレ」。

私はこの曲が大好きだ。

《会いたいだけ 嗚呼、痛いだけ》

明るい曲調にのせて歌われるこの歌詞に、ドキリとさせられた。

それも、ヒヤリに限りなく近い。

あいたいだけ あぁ、いたいだけ。

痛いなぁ。

随分掻い摘んで書いてしまったが、どの曲にも、思い入れが沢山ある。

「ランアンドラン」を中学校の卒業式の前に聴いて過呼吸になるほど泣いてしまったり、「1.2.step to you」が初めてベースで弾いた曲だったり、大切な日の前に聴くのは絶対に「シルエット」と決めていたり。

いつも私の側にはKANA-BOONの音楽があった。

アルバムも終盤、最後の二曲。

先日行われた列伝ツアーの東京公演で、トリを務めたKANA-BOONが、盛り上げて終わらせるつもりはない、と最後に披露した曲。

「眠れぬ森の君のため」。

曲が始まり、会場の雰囲気が変わったような気がした。

良い意味でKANA-BOONに会場全体が呑まれているような、そんな雰囲気。

ファンにとっても、きっとバンドにとっても大切な曲だと、その時再認識した。

そしてこのアルバムの最後を飾るのは新曲、「マーブル」。

今は別れの季節だと思う。

私もこの春高校を卒業した。

私は自分にとって大切な人を、環境が変わっても、大切にし続けることはできるのだろうか。

自分次第であるものであればあるほど、いつ自分が自分を裏切るのか、不安になってしまう。

そしてKANA-BOONのメンバー、そしてファンである私たちも、昨年大きな別れを経験した。

《もう戻らないけど 戻れないけど また笑っていてほしいんだ》

《時が経ったら振り返ってさ あんなこともあったねなんて 笑い合ってみたいね》

《春になったら 君も知らない僕がここに立っているけど 今日明日明後日も10年後だって 僕は僕のままでいるよ》

歌詞の一つ一つが、耳から入って涙になって溢れた。

ありがとう、今まで自分が愛した記憶全てが愛おしくてたまらない、そんな気持ちになった2時間だった。

私の高校生活と共にあった音楽は、高校生の私が信じた彼らの音楽は、何一つ間違っていない。

大好きな曲たちの羅列、「四人」で演奏された曲たちの羅列、その曲たちが作り上げてきた過去と、「三人」が作り上げていく未来。

完璧に描かれていた。一つのアルバムの中に。全てが。

「一曲目から順番に聴いていくと、今まで好きでいて良かったと思える。あぁこのバンドが大好きだ。」

この拙い文章から、少しでも私の心情を汲み取ってもらえるだろうか。

そして考えたのは、脱退したメンバーのこと。

「失うとは何か。」

散々沢山の人を虜にしておきながら表舞台から去った彼を今でもどうしようもなく愛している私たちが、今更彼をどう失おうというのか。

確かにこの先のKANA-BOONの音楽にめしださんが携わることはもうない。

だけど曲が残る。気持ちが、思い出が、記憶が、残る。

何よりメンバー三人が、前を向いて私たちの大好きな音楽を奏で続けてくれている。

失えるものなど何もない。

《いつか僕ら忘れてしまうけど それは正しいことなんだろう》

《きっと季節が巡るたび 歳をとって皺が増えていくたび 朧げになるのだから 痛みを感じる現在を抱いて》

ー マーブル

めしださんがKANA-BOONを抜けたことで私たちが感じる痛みは、彼を、そして彼ら四人を愛していたという何よりの証拠なのだと思う。

痛いけれど、大切な気持ちなのだ。

だけどそれもいつか、忘れてしまう。

寂しいという気持ちを、その痛みを、きっと。

いや、忘れさせてくれるのだ。

今のKANA-BOONが。

この先、三人のKANA-BOONが四人のKANA-BOONを色々な意味で超える時が絶対に来る。

私たちはそれに期待しよう。

四人が築いてきた今までの時間に。

そしてそれを武器に、この先を塗り替えていく三人に。
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