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僕の知らない AORの世界

ボズ・スキャッグス『スロー・ダンサー』のダンディズム

僕が意識的に音楽を聴き始めたのは1978年、小学5年生の頃だった。故に、最も多感な時期に聴き込んだ音楽のほとんどは80年代の音楽ということになる。成人になってからは50年代のモダン・ジャズや60年代のUS・UKロックに傾倒していたため、70年代は洋楽・邦楽共にポッカリと中抜けした空洞のようになっていた。

最新の音楽に接することや、旬のアーティストを追いかけることはどの世代にとっても共通の喜びであるけれど、日々更新される音楽は当然ながら玉石混合で評価は定まっておらず、その中から真の「玉」をセレクトするのは意外と難しい。新たな才能、新感覚などともてはやされているものが5年後も生存している確率は極めて低いであろうし、商品のごとく消費され使い捨てられてゆく音楽を目の当たりにしているとやるせない気持ちにもなってくる。しかしながら、そういったものに同調して付き合うほど僕はお人好しではない。音楽に費やせる時間には限りがあるのだ。

そんな思いがますます強まる昨今、僕が最も熱心に漁っているのが今までなんとなく放置してきた70年代の音楽なのである。最新の音楽も当然興味深いのだけれど、それよりもむしろ、雨風にさらされ、時代の荒波に揉まれ、なお生き残っている音源を漁る方が「玉」に出会える確率は格段に高まる。そもそも、音楽の良し悪しに古いも新しいもなく、自分にとって未知なる音源は全て最新作であり、興味の度合いになんら違いはない。異なるのは「玉」の含有率だけである。

ということで、「玉」の宝庫と言われている70年代の音楽を漁る最中で僕が最も新鮮に感じられたジャンルが アダルト・オリエンテッド・ロック、いわゆるAORと呼ばれているものだった。20代の頃、ビートルズ、ローリング・ストーンズ、フー、キンクス、ビーチ・ボーイズ、ドアーズといった60年代の王道ロック・バンドや、エコー&ザ・バニーメン、U2、トーキング・ヘッズ、XTC、ユーリズミックス、シンプル・マインズといった80年代のニュー・ウェイヴを愛聴していた僕にとって AORは興味の対象外、なんの刺激も無い軟弱な音楽という認識だった。それが今最も心に響く音楽の一つになりつつあるのは、僕が文字通りアダルトな人間になったからなのだろうか・・・

いや、おそらく、AORと分類されている音楽のクオリティが元々非常に高かったという、あまりにも単純明快な理由だと思われる。事実 、 AOR再評価の波は世界的な規模で高まりを見せ、2010年代において最も重要なトレンドの一つだったといっても過言ではない。その波はAORの強い影響下にある日本のジャパニーズ・シティポップにまで及んでおり、逆輸入のような形で欧米のミュージシャンや音楽マニアの間で重宝され、その遺伝子を受け継いだSuchmosやcero、トム・ミッシュといった新世代の優れたミュージシャンも現れ、それぞれに良質な作品を世に送り出している。

さて、70年代はまさに AORの全盛期。ネッド・ドヒニー、マイケル・フランクス、ニック・デカロ、ルパート・ホルムス、マーク・ジョーダン、ジム・メッシーナ、ボビー・コールドウェルなどなど、それまで全く接点のなかった未知なるアーティストたちの豊潤でコクのある音に僕は心底酔いしれ、新たな音楽遺産を手に入れた喜びに大いに浸っていた。そして、その中でも特別に深い愛着を覚えたのが、AORの代名詞的な存在であるボズ・スキャッグスだった。

これほどメジャーなアーティスト、いや、メジャーだからこそ聴く機会が無かったボズの魅力は僕の想像を遥かに超えるものだった。なんて奥深い表現力を持ったシンガーなのかと、もろに感銘を受けてしまったのである。 AORの名盤として名高い『シルク・ディグリーズ』や『ミドル・マン』も勿論素晴らしいのだけれど、最も僕の心に響いたのは、ボズが AORの帝王として名を轟かす前夜に当たる『スロー・ダンサー』というアルバムだった。ここでのボズの歌声には他のアルバムとは明らかに異なる、まるで魔法がかかったかのようなのびやかさと艶やかさに満ちている。

スティーヴ・ミラー・バンドを脱退し、名ギタリスト、デュアン・オールマンと組んだデビュー・ソロ・アルバムは非常に渋い名演であるが当時はほとんど注目されず、その後レコード会社を移籍し秀作を作り続けるも全くヒットに恵まれず、5枚目に当たる名盤『スロー・ダンサー』も一般的にはあまり知られていない。ボズほどの華やかで知名度のあるミュージシャンがこれほど長い不遇時代を経験していたという事実は意外だった。だからこそ一層『スロー・ダンサー』の音楽的価値をここに記さないわけにはいかないという気にさせる。

ボズが余裕の笑みを浮かべながら歌い上げるオープニング・ナンバー「つのる想い」の素晴らしさは言葉にならない。聴くたびに音楽を享受する喜びに満たされてゆく。続くタイトル・ナンバー「スロー・ダンサー」は、ボズの最も美しく優雅なバラードの一つであり、これを超えるバラードが果たして世界に何曲存在しているのか、情報で溢れかえる現代においても探し当てるのは容易ではないだろう。

他にも、007の主題歌のようにハードボイルドでエレガントな「エンジェル・レディ」、セクシーでファンキーなボズ・グルーヴを味わえる「ヘラクレス」、多幸感に満ち溢れた人生賛歌「愛の始まり」、ソウルフルなコブシが無尽蔵に回りまくる「アイ・ゴット・ユア・ナンバー」、哀切が夜風に乗って頬をくすぐる「愛の過ち」・・・ブラスとストリングスが惜しみなく投入されたゴージャスかつ奥行きのあるアレンジをバックに、ボズがビロードのような艶やかな美声を余裕しゃくしゃくに披露してくれる。こんな贅沢なワンマン・ショーを自宅にいながらに堪能できる幸福、思わずレコードを発明した偉人と固い握手を交わしたい気分に駆られる。

このアルバムの特別感はやはりボズの歌唱法によるところが大きい。次作の『シルク・ディグリーズ』以降顕著となる裏声使いが『スロー・ダンサー』では一切行われていないのである。正直、ボズに裏声の必要性はほとんど感じられない。元々ボズの表声には天性の魅力が備わっている。無用な技巧を使わずストレートに歌ってこそ、一段と輝きを増すシンガーだと思う。

AORは音のハーモニーや響きにとことんこだわって作られた音楽である。そういった類のものはデジタル配信やCDよりもアナログ・レコードの方がより豊かに、より味わい深く耳に響くように思われる。今まで全く縁のなかった AORという名の楽園を発見し、中古レコードを漁る楽しみがますます増え、楽しくて仕方がない今日この頃である。

(曲のタイトルはアナログ・レコードの日本語表記によります)
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