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あえて世界よりも自分のことを

井上陽水と中島みゆきが届ける「小さくも切実な悩み」

コロナ感染が広まる前のことだけど、ガールフレンドに「俺の問題は、他人様の成功を素直に祝えないようなところなんだと思う」というようなことを話してみた。「自分が大したことを成し遂げてないからって、人の幸せを妬むなんて最低だよな」と。

彼女は(※プライバシーを守るために発言を要約します)「そんなこと考えなくてもいいよ」と答えてくれた。「みんな自分と、ほんとに身近な人の幸せくらいしか望んでないものだと思うけど。けっこう勝手に生きてるものだと私は思うけど」

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いま医療従事者や、要職につく人は、まさに「他人様の幸せ」のために力を尽くしているはずである。彼ら彼女も実のところは、誰かを妬んだり、祝えなかったりするのかもしれない、そういう日もあるのかもしれない。そんなことを考えながら日々、届けられる悲しいニュースを観るうちに、ふと2つの楽曲が浮かんだ。それは「目の前のこと」が気になって仕方ない、世界のことなんて考えていられない、そんな主人公の姿を描く曲である。

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井上陽水氏は「傘がない」で歌う。

<<都会では自殺する若者が増えている>>
<<テレビでは我が国の将来の問題を>>
<<誰かが深刻な顔をしてしゃべってる>>

何の問題も起きていない時代というのは、恐らくは日本史に(世界史に)なかったのではないだろうか。<<自殺する若者が>>いるのは<<都会>>に限らないことだろうし、<<我が国の将来>>を憂いているのは、いま(2020年)テレビに映し出される識者に限らないだろう。

それでも、井上陽水氏が<<増えている>>と歌う、命を絶つ「多くの人たち」を作り上げるのは、個人である。ひとりの人間である。小さな私的な悩みの集合体が、あるいは「世界」なのではないだろうか。だからこそ、下記のようなセンテンスに、いま僕は惹きつけられる。

<<だけども問題は今日の雨 傘がない>>
<<君の事以外は考えられなくなる>>
<<それはいい事だろう?>>

いま僕が「不特定多数の人」が、どうなっても構わないと思っている、とまでは言わない(そんなことは間違っても言いたくない)。あらためて「業務で接する誰か」を救おうとしている人たちの労を思いもする。それでも胸を熱くさせるのは、自身が泥をかぶるようなことをしてまで、まず自分と身近な人を想おうよと発信してくれた井上陽水氏と、ガールフレンドの存在である。

井上陽水氏が意味する<<傘>>は、文字通りの<<傘>>なのだろうか。<<今日の雨>>に誰かを濡らさないための雨具なのだろうか。そうではなくて、それが何かの暗喩なのだとしたら、楽曲「傘がない」は、世界を案ずるがあまりに身がもたなくなっている人を守るための<<傘>>だと言えるかもしれない。

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中島みゆきさんは「僕たちの将来」で歌う。

<<青の濃すぎるTVの中では>>
<<まことしやかに暑い国の戦争が語られる>>

幸い日本では<<戦争>>は起こっていないけど、紛争に悩まされる国は依然としてあるわけで、そこに追い打ちをかけるように今、パンデミックの不安が広がっているわけである。あまり悲観的なことを言うべきではないのだろうけど、それが「他人ごと」でなくなる可能性がゼロではないと思う。争いの種を消す努力を、ひとりひとりがしていかなければ、比喩的な意味での<<戦争>>は、この日本でも起こりうる。

その「ひとりひとり」の幸せや充足といったものを、中島みゆきさんは願って歌ったのではないだろうか。

<<僕は見知らぬ海の向こうの話よりも>>
<<この切れないステーキに腹を立てる>>

<<切れないステーキ>>は、やはり字義通りの<<ステーキ>>であり、そしてまた暗喩なのではないかと僕は考えるのだ。それは直面する私的な課題であったり、食事を伴にする女性の悩みであったりもするのではないだろうか(これは自力だけで導き出した解釈というわけではなく、そういう類の意見を、いつか知己から聴いたことがある)。

<<僕たちの将来は良くなってゆくだろうか>>

主人公の歌う<<僕たち>>には、どこまでの人が含まれるのか、僕には分からない。それは楽曲に登場する一組の男女だろうか、あるいは<<海の向こう>>に息づく人たち、さらには全ての生命体をも含むのだろうか。そして彼ら彼女を取り巻く状況は<<良くなってゆくだろうか>>。

またしても僕は、不相応なことを考えているのかもしれない。微力な庶民である自分に、世のためにできることなどないはずなのに。それでも楽曲「僕たちの将来」をご紹介し、それを聴くことで誰かの心が軽くなるのなら、この記事を書いた目的は果たされる。

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多くのミュージシャンは、ライブで「みんなありがとう」というようなことを叫ぶ。ひとつひとつの歓声に応えるようなファンサービスをするミュージシャンもいるし(たとえばaikoさん)、会場の空気を作り上げる「ひとりひとり」に届くようなMCを放つミュージシャンもいる(たとえばスピッツの草野氏)。

それでも楽曲のなかに、<<傘がない>>という問題を憂い、<<切れないステーキ>>に怒る、そんな主人公を(あえて)登場させてくれた井上陽水氏と中島みゆきさんの功績は、やはり非常に大きいのではないだろうか。

いま首都圏は晴れている、そして外出を自粛すべき情勢下にある。そして僕は、これから肉を食べようとしているわけではない。だから今のところ<<傘>>も<<ナイフ>>も、僕は必要としない。それでも比喩的な<<雨>>が、大事な人に降りかかっているのを感じるし、比喩的な<<ステーキ>>が目の前にあるようにも感じられる。そういった問題を解決させることすら、つまり身近な人を守ることすら、きっと僕には難しいだろう。そういう微力さに、同じように微力さを嘆く人のために、井上陽水氏や中島みゆきさんの歌が、この世界に流れつづけてくれればいいなと、ごく個人的に願う。

<<君の町に行かなくちゃ>>
それは今、そうそう叶わない願いだ。

<<あたしたち多分 大丈夫よね>>
それは今、簡単に答えられない問いだ。

それでも、この2曲には、難局を乗り切るためのヒントや励ましが、込められているようにも思えてならない。

※<<>>内は井上陽水「傘がない」、中島みゆき「僕たちの将来」の歌詞より引用
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