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言葉で表すことは難しいことじゃない

斉藤和義とaikoの声調

<<嗚呼 唄うことは難しいことじゃない>>

斉藤和義氏の楽曲「歌うたいのバラッド」に含まれる、このフレーズは、私の半生を色々な形で支えてくれた。私は「歌うたい」ではないけれど(むしろ歌が下手くそである)、<<唄うこと>>の部分を、色々な言葉に置き換えて、それが必ずしも<<難しいことじゃない>>のだと自分に言い聞かせてきた。かなり風変りな「楽曲の愛で方」かもしれない。それでも私は、その身勝手に作り出す「替え歌」に励まされて、何とか39年を生きてきた。

なにか困難なことに立ち向かう時、苦手な課題を与えられた時、緊張せざる得ない時、その場面を<<難しいことじゃない>>と感じるべく(極端に言うなら「思い込む」べく)、斉藤和義氏の歌唱をイメージしてきた。好きなアーティスト、あるいは楽曲を絞るというのは、それこそ<<難しいこと>>なのだけど「励まされた」という意味で選ぶなら、私にとっての「恩人」は、斉藤和義氏とaikoさんである。

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いま斉藤和義氏とaikoさんの「声調」について、その魅力を表現してみようと思うのだけど、それは私にとって非常に<<難しいこと>>に感じられる。歌詞についてなら、その良さを形容する表現が(的を射ているかはともかく)いくつか思いつく。熱い、文学的だ、物語のようだ、優しい、切ない、哀しい、そういった多くのイメージを、私はお二人の歌詞に対して持っている(それは斉藤和義氏とaikoさんの「球種の多さ、言語表現の幅」を意味することになるかもしれない)。

それでも声や旋律について、どのように素晴らしいのかと問われたら、しばし私は言葉を失ってしまう。それこそ<<空に浮かんでる言葉をつかんで>>いるような気分になる(あるいは斉藤和義氏は<<浮かんでる言葉を>>容易くつかまえられるのかもしれないけど)。

斉藤和義氏の声は、豪放であり、かつ温かでもあると思う。凄みがあり、かつ繊細であるようにも思える。aikoさんの声はコケティッシュであり、かつ野太くもある。あどけないようでいて、怯まぬ強さを持っているようにも感じられる。

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斉藤和義氏の声調が形容しがたいと、とりわけ強く私に感じさせる楽曲が「攻めていこーぜ!」である。

<<別に大したことじゃない>>
<<好きなことは譲っちゃダメさ>>

そう歌い上げる斉藤和義氏の歌声は、勇ましく果敢なものとして私の胸に届く。それでも斉藤和義氏は「虚勢を張っている」とまで言っては表現が悪いだろうけど、いくぶんの躊躇いをも歌詞に込めており、それを乗り越えるべく(乗り越えようとリスナーに促すべく)声を放ち、だからこそ「可憐さ」のようなものさえも、そこに滲んだのではないかと思うのだ。

<<チビるくらいの武者震いを隠したら>>
<<そりゃね失敗はコワイけど>>

これが斉藤和義氏の直情なのだとしたら、やはり氏は私の<<頼もしい友>>だ。<<ただ疲れてるだけ>>などではない、<<立派な大人>>だ。成熟したアーティストである斉藤和義氏さえ、時として<<不安>>になるのだとしたら、それでも勇気をふりしぼって歌ってくれているのだとしたら、その背中を私は追っていきたいと思う。

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aikoさんの声調についても、簡単に「こんな風に魅力的だ」と表現することはできそうにない。そういったことを特に強く私に思わせるのは、楽曲「天の川」である。この曲はピアノの音に乗って静かに幕を開ける曲であり、歌詞にはセンチメンタルなフレーズが幾つも含まれる。

<<電話してね 今夜も>>
<<この目閉じても必ずあなたが浮かぶよ>>

これほどに無防備に、恋情を歌い上げるaikoさんの声は、静かで柔らかなものに聴こえる。一聴するだけだと、そのように聴こえてくる。それでも私は、本曲が「繊細な女性の心」を歌うだけのものではないと、何度も聴くうちに思い直すようになった。

<<暗くなれば流した涙は>>
<<この空散りばめる砂に只消えるよ>>

なんというポジティブな、そして詩情あふれる着眼なのだろう。夜が訪れることを、ここまで前向きに受け止められるaikoさん(あるいは楽曲の主人公)。その胸にあるのは、誰かに守られたいという願いだけではないのだろう、自分の恋情を受け取ってほしいという欲だけでないのだろう。だからこそ直後に歌われる、このセンテンスに、エナジーが溢れるのではないだろうか(少なくとも私には、この部分の声調がパワフルなものに感じられてならない)。

<<それがうれしい>>

aikoさんが切なさの果てに、<<うれしい>>という感情に辿り着いたのだとしたら、それこそを私は嬉しく思う。自分を鼓舞し、守ってきてくれたアーティストが、いま幸せであることを願うのは、きっと私に限らないだろうと思う。

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素晴らしいものが、どんな風に素晴らしいのか、言葉で(文章で)表すというのは、決して容易なことではないと、あらためて思う。それは楽曲に限らず言えることだと思う、名画を鑑賞する時も、純文学の古典を読む時にも、それこそ「天の川」を見上げる時にも、それに、どれほど心を動かされたかを、他人様に伝えることは容易ではない。

私の学友は(同じ年に文学部を卒業した)、素晴らしいものを見つけられた時、未だに「スゴい」だとか「感動した」だとか、それくらいの言葉しか出てこないと語る。あるいは、それでいいのかもしれない。そして、私のように(たとえばこのような形で)アーティストに感謝を表すことを特に望みはしないようだ。それもまた、ひとつの生きかたなのだと分かっている。

それでも私は斉藤和義氏とaikoさんの楽曲を、今や<<死ぬほど逢いたい人>>のようにさえ感じるし、お二人の楽曲に(その声調に)幾度となく<<胸撃ち抜かれた>>から、何とかして感謝を届けたいと思う。<<頭の中をからっぽにする>>べく努めて、<<ハッピーエンドの映画を今 イメージして>>、できるだけ<<短いから聞いて>>くれるかもしれない、お二人の声調に相応しいであろう表現を選びたい。

<<素敵>>です、斉藤和義氏のお声。
<<綺麗>>です、aikoさんのお声。

※<<>>内は斉藤和義「歌うたいのバラッド」「攻めていこーぜ!」、aiko「天の川」「予告」の歌詞より引用
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