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ペイヴメントが誘う洋楽ロックへの回帰

ジャンク伝道師スティーヴン・マルクマスとの出会い

90年代に入ってからの5年間くらい、僕はリアルタイムの洋楽をほとんど聴いていなかった。この時期は、グランジの誕生やブリット・ポップの興隆などによってオルタナティヴと称される多くのアーティストが世に出た、ロック史上とりわけ重要な時代である。しかし、僕がその当時好んで聴いていたのはモダン・ジャズと一部の邦楽だったと思う。

リアルタイムの洋楽を聴かなかった理由はいくつかあった。単なるイメージに過ぎないのだけれど、自分の不幸や苦悩を売り物にしているように感じられたグランジなるジャンルには全く興味が向かなかったし、それ以外といえば、オシャレで洗練されたコンテンポラリー・ミュージックか、マッチョイズム全開のヒップホップといった状況に辟易してしまい、ロクにリサーチもせず市場には自分が聴くべき洋楽は無いと決めつけていたのは確かだったと思う。

そんな僕の洋楽低迷期を打開するきっかけとなったのが、スティーヴン・マルクマス率いるぺイヴメントとの出会いだった。その当時、知人の彼氏が大の洋楽好きだった縁で彼と音楽の話で盛り上がり、「じゃあ、今オススメのバンドを教えてよ」という流れになって貸してもらったCDが、ザ・ラーズの『ザ・ラーズ』、ティーンエイジ・ファンクラブの『グランプリ』、ペイヴメントの『クルーキッド・レイン』の3枚だったのである。

その3枚はどれも予想以上に好感触で、中でもペイヴメントは今までに聴いたことのない非常に斬新なサウンドとして僕の耳に飛び込んできた。いびつでよじれたビート、痙攣を起こしているようなギター・フレーズ、そしてステーヴィ・マルクマスの音程の怪しいヨレヨレのヴォーカル・・・「なんだこれ、CDの回転速度がおかしいのか?」と、思ってしまうくらい奇妙なサウンドに響いたにも関わらず、それがベッタリと耳にこびりつき、いくらこすっても取れないアザのようになってしまっていたのである。

その後、既存のアルバムを全部買い揃え、最新作もリアルタイムで購入したりと、自分にとってペイヴメントは特別な存在になったのだが、残念ながら5枚目のアルバム『テラー・トワイライト』を最後にバンドは解散してしまう。しかも『テラー・トワイライト』は、ペイヴメントの特徴だったギクシャクとしたバンド・アンサンブルがメロウで滑らかなものに変換されており、その後にリリースされるスティーヴンのソロ・アルバム的な雰囲気がすでに表立っていた。

僕はスティーヴンのヴォーカリスト、メロディ・メイカー、アレンジャーとしての鬼才ぶりにヤラれているので、スティーヴン色の濃い最終作の『テラー・トワイライト』とソロ1作目の『スティーヴン・マルクマス』の2枚が一番の愛聴盤と言ってもいい。しかしながら、90年代屈指のギター・バンド、ペイヴメントの特異な存在感を最も強く感じることができるのは、3枚目の『ワーウィー・ゾーウィー』ではないかと思う。

ルーズなリズムとひずんだギター・サウンドが揺らめくファースト『スランティッド・アンド・エンチャンティッド』、ジャンキーなサウンドをポップでキャッチーな包装紙にくるんだセカンド『クルーキッド・レイン』も必聴モノだが、『ワーウィー・ゾーウィー』はデコボコに歪んだペイヴメントの異形性がてんこ盛りになってはみ出している超お得盤だ。

全18曲(ボーナス・トラックを除く)、まさにジャンク・ロックの見本市。冒頭、意表を突く震えるように美しいバラード「ウィ・ダンス」から始まり、2曲目でいきなり180度方向転換、油切れしたロボットがダンスするような「ラトルズ・バイ・ザ・ラッシュ」へという流れにこそ、このアルバムの特徴が顕著に表れている。その後も「ベスト・フレンズ・アーム」、「AT&T」、「フラックス=ラッド」などの確信犯的情緒不安定といった異物があるかと思えば、屈折しながらも限りなくメロウで美しい「ブラック・アウト」、「グランデッド」のような曲が違和感なく同居する。このアルバムには、そういった強烈な躁鬱感が濃い霧のように漂っている。

そんな中でハイライトと言えるのが、ペイヴメント流プログレッシヴ・ブルース・ロックの大作「ハーフ・ア・キャニオン」だろう。レッド・ゾーンを振り切るスティーヴンの狂人めいた絶叫、それを鼓舞するかのようにウネリをあげるギター・プレイの応酬、その音圧に思わず上半身がのけ反る。しかし、そこには普段あまり感じることのない、深淵で芳醇なアメリカのトラディショナルな音楽ルーツさえ見え隠れする。

一般的に、ペイヴメントの音楽性はローファイなどと揶揄されることが多いのだが、稚拙ゆえにそうならざるを得ないものや、意識的にそうしているものとは明らかに違うように僕には響く。計算尽くではあるが狙ってはいない。突き詰めて出来上がったものが結果としてローファイに響くだけの純粋なサウンド。例えるなら、ひねくれ者が不意に創り出してしまう無垢な美しさ。そういった目に見えないアートの作用がペイヴメントには働いている気がする。

星の数ほど存在する90年代オルタナ・バンドの中にあってひときわ特異性を放つペイヴメント。その当時、全くアンテナを立てていなかったにも関わらず、ふとしたきっかけで出会い、戸惑い、衝撃を受け、そのバンド・サウンドが自分にとって特別なものになったという事実は、俗に言う運命の赤い糸だったようにも思えてくる。

(曲のタイトルはCDの解説書によります)
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