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POP SAURUSが花を咲かせた意味

POP SAURUS 2001との再会で気づいたMr.Childrenの宣戦布告

昨年の12月、ずっと欲しかったVHSデッキをようやく手に入れた。なぜこんなにもVHSデッキが欲しかったかいうと、それは、Mr.Childrenの昔のライブ映像が観たかったからだ。

今に至るまでにVHSからDVD化されているものもあるが、VHSでしか観れない映像もあった。せめて、DVD化されたものだけでも買えばいいじゃん!と突っ込まれそうだが、私はなぜか買わなかった。金銭的な理由もあったかもしれないが、どうしても、当時何回も何回も観たあのVHSで観たかったのかもしれない。

そして、ついにそのライブVHSと再会できる日がやって来た。

私の部屋のロフトにあるミスチルグッズが納められている部屋(通称“ミスチル部屋”と呼んでいる)から過去のライブVHSやビデオクリップ、ドキュメンタリーVHSを引っ張りだし、テレビの前に並べた。

発売の古い順からVHSデッキに入れ、最初まで巻き戻し、再生ボタンを押す。この巻き戻しボタンを押すというのもどこか懐かしくてついニヤけてしまう。

かなりの年月が経っているので、まずちゃんと再生されるのかが不安だったが、思いの外綺麗に観ることができた。『ALIVE』というビデオクリップ集から始まり、『Q』まで一通り観た。

そして、VHSの中でも最も観たかったのが、『Mr.Children concert tour pop saurus 2001』だった。

当時の私は大学生。バイトを掛け持ちし、そのバイト代で出来る限りスタジアムライブに足を運んだ。新しいミスチルファンの友達ができたり、最後は沖縄に初めて遠征した思い出のライブである。

断片的にはSNSでこのライブ映像を観たことはあったが、通して観るのは十何年ぶりだろうか。

再生するとすぐにPOP SAURUSのツアー名が表示され、『優しい歌』のオルゴールが流れる。骨だけになった恐竜がひまわり畑をゆっくりと歩き、何か人類の歴史を遡るような映像も流れている。
ステージセットは恐竜の骨や頭をあしらったもの。オープニング映像の記憶は全くなかったが、次の瞬間、一気に記憶が蘇った。

ブルーのシャツを身にまとった桜井さんがアコギを持ち、颯爽とステージに登場してきた。
そして、何も言わずにギターを弾きはじめ、ある曲のフレーズを歌い出す。

『やがてすべてが散り行く運命であっても~!!!』

そうそう!そうだ!この始まり!

『花』のワンフレーズだけ歌って、次の曲にいくという、当時としてはとても斬新な始まりだなと感じたことを思い出す。

このツアーが始まるにあたって、ベストアルバム通称『肉』と『骨』が発売された。そして、ライブのセットリストもこのベストアルバムのように、初期の頃からの名曲がこれでもかと演奏された。

デビューアルバム『Everything』の初々しい甘酸っぱい曲から、『深海』『DISCOVERY』『Q』の重厚感があるメッセージ性の強い楽曲の数々まで、Mr.Childrenの歴史を振り返るようなセットリストだった。本編の盛り上がりがピークに達した頃、『Hallelujah』という曲が演奏され、その曲の最後に会場にいる全員で『ハ、ハレ、ハーレ、ハレールー、ハレ、ハレールー』と大合唱をした。

そして、この後、今でもこのライブに行った誰もが口を揃えて言うであろうミスチルライブ史上に残る、ものすごいものを観ることとなる。

ついに、その瞬間に再会できる。胸の高鳴りは最高潮になった。

『Hallelujah』の大合唱の中、桜井さんは『負けないように~枯れないように~』と『花』のフレーズを歌い始めた。
かつて2つの曲が重なりあったことがあっただろうか?その2曲の重なりにまず圧倒されたのも束の間、ステージ中央の上部にあった恐竜の頭が徐々に開き、なんと赤い花が咲いたのである。

恐竜の頭が花となる。そんなライブ観たことない!

あの花開いた瞬間の高揚感は、19年経った今でも鮮明に覚えている。
そして、副題が取られた『花』が改めてイントロから演奏され、本編が終了。

アンコールになり、盛り上がりはさらに増し、曲の途中でメンバー紹介が行われた『everybody goes』、一番丸々観客だけで大合唱した『innocent world』、メンバー4人で奏でる『独り言』、そして、一番最後に『とっておきの曲を』と当時の最新曲『優しい歌』が歌われ、このライブは幕を閉じた。

19年ぶりに観終わって、まず思ったこと。ライブ中、ほとんどMCはなく多くを語らずとも、今までの自分達の音楽に向き合い、時には満面の笑みで楽しそうに、時には自分達に言い聞かせるように音楽を奏でる姿がとても印象的だった。それと同時に懐かしさと嬉しさが込み上げ、涙が止まらずものすごい高揚感に包まれた。

そして、ふと思ったことがある。
なぜ敢えて『花』をライブの中で2回歌い、POP SAURUSという名の恐竜は花を咲かせたのだろうか?
そして、最後の『優しい歌』から感じたものすごいエネルギー。あのエネルギーはなんだったのだろうか?

『花』を2回歌った意味、POP SAURUSが『花』を咲かせた意味。『優しい歌』に込められた想い。

この謎を紐解くために、当時のことが書かれている雑誌を19年ぶりに引っ張り出し、当時のインタビューを読んでみた。

2001年に発売されたロッキング・オン・ジャパンのインタビューで、まず『花』をライブの要にすることに対して、『野外だし『深海』のときに一番最初にレコーディングしたのは『花』だし、いいんじゃないか』と桜井さんは語っている。そして、『花』という曲は『当時の桜井さんの気持ちが落ちていく前の最後の曲だった』という。最初に『花』がいいんじゃないかと提案したのはプロデューサーの小林さんのようだ。

『恐竜を滅ぼしたのは花だという。しかし、Mr.Childrenはその花さえも取り入れて、進化していくバンドでありたい』と桜井さんは語っていた。

なるほど~!こんな想い、意味が込められていたのか。当時読んでいたはずの雑誌の内容は全く頭に入っていなかったようだ。

このインタビュー記事を読んだ上で、私は自分なりにこのことについてもう少し考えてみた。

雑誌を読んでいくと『Atomic Heart』で売れてから『Q』までの葛藤や苦悩についても書かれていたが、その当時の私はそのことについて全く知らなかった。まして、Qのツアー中に解散まで考えていたなんて…。
そして、桜井さんがピアノに向かい新たに曲を作ったことで、Mr.Childrenは『まだやれることがある』とバンド復活に向けて前を向くと書いてある。

もしその時、桜井さんがピアノを弾いていなかったらと思うと、ゾッとするエピソードだ。

『花』は桜井さんの気持ちが落ちていく前の最後の曲と書かれていた。

これは個人的な意見だが、この『花』を要にしたライブにするという提案をプロデューサーの小林さんがしたのには、何か意味があったのではないかと思う。

インタビュー記事を読んだあと、改めてライブを観てみると、冒頭で歌われた『花』は当時、悩み、葛藤していた頃の自分達へ向けた『花 ―Memento-Mori―』。
そして、後半で歌われた『花』は新しく生まれ変わった今の、これからの自分達に向けた『花』だったのではないかと感じた。

『花』が2回歌われた意味。
それは、過去と向き合い、そして、これからのMr.Childrenがまた『笑って咲く花』になれるように敢えて2回歌われたのではないかと私は思う。

プロデューサーの小林さんが『花』を提案したのも、Mr.Childrenがもう一度『笑って咲く花になってほしい』という想いも込めたものだったのではないだろうか。

さらにその『花』と同時にPOP SAURUSという名の恐竜は花を咲かせた。あの花はこれまでの苦悩を乗り越えて辿り着いたMr.Childrenの姿そのものであり、『恐竜を滅ぼした花をも取り込んで進化していくバンドでありたい』というこれからのMr.Children熱い想いが込められた象徴なのではないかと感じた。

恐らく、私も含めあの演出を観たライブ会場のファンのほとんどが、『花』という曲の素晴らしさを改めて感じ、魅了され、素敵なGIFTをもらったような温かい気持ちになったに違いない。

そして、最後に歌われた『優しい歌』
ライブに行っていた当初は、わぁ!最後に新曲が聴けるー!嬉しい!とうかれていただけであったが、19年ぶりに観てみると、ものすごいエネルギーを感じた。

『群衆の中に立って 空を見れば 大切な物に気付いて 狂おしくなる 優しい歌 忘れていた 誰かの為に 小さな火をくべるよな 愛する喜びに 満ちあふれた歌』と歌っている。

『誰かの為に 小さな火をくべるよな 愛する喜びに 満ちあふれた歌』を『忘れていた』と言っている。

これは、その忘れていた誰かのための歌、つまり『これからのMr.Childrenは『誰かのためになるような、誰かに喜んでもらえるような歌』を歌っていきたい!届けたい!という決意表明のようなものだったのではないか?

ロッキング・オン・ジャパンのインタビューでも、『優しい歌はMr.Childrenへの宣戦布告』と語られている。やっぱりそうか。どこかあの『優しい歌』にはものすごい気迫とエネルギーを感じていた。
19年経って改めて気づいたMr.Childrenの想い。このVHSを観て雑誌を読見返して良かったと感じた瞬間だった。

私はミュージシャンでもないし、Mr.Childrenでも桜井さんでもない、ただのミスチルファンなので、実際のところはわからない。

でも、恐らく音楽をやっていこうと思う人たちは、音楽が大好きで、歌うことが大好きで、一人でも多くの人に自分達の音楽を聴いてもらいたいという想いを抱くのは当然だろう。

しかし、これは、誰もが当てはまることだと思うが、周りの環境や自分を取り巻くあらゆる状況の変化で、人は最初に抱いた夢や希望、やりたいものへの憧れを忘れてしまったり、見失ったりすることがある。またそれが叶った瞬間、それを継続していくために、何かを失ってしまうこともあるだろう。

90年代、社会現象になるまでヒット曲を出し続けたMr.Children。私のミスチル部屋から出てきたあるツアーの申込書のライブスケジュールは、今では考えられないほどの過密スケジュールだった。それでも、新曲を作り、アルバムを出し、ツアーに出る。一度活動休止をするも、その後も曲を作り、アルバムを出し、ツアーに出ていた。

私が初めてMr.Childrenのライブに行ったのは、中学生の頃、『空[ku:]』というスタジアムライブだった。夏のスタジアムということもあり、ものすごく楽しい夏祭りのような思い出がある。

そして、ありがたいことにそれ以降もライブに行くことができたのだが、そこで『空[ku:]』のときとは違う違和感を中学生ながらに感じたのを覚えている。
もちろん、コンセプトやセットリストによっても雰囲気が変わることはある。でも、何か違うなと思った。

その違和感が何だったのか。それに気づいたのが、POP SAURUS 2001だった。これは個人的な意見だが、regress or progressからQのツアーまでの間、ものすごくMr.Childrenとファンとの距離感を感じていた。

もちろん、Mr.Childrenは精一杯のパフォーマンスをしてくれていたのは確かだ。Mr.Childrenの届けたい音楽は間違いなくそこにあった。しかし、あまりファンとの関わりをもたなかったように感じたことが多々あった。たまに笑っているけど、やってる本人たちは心から音楽を楽しんでいるのかな?と少し心配になり、もっと笑ってほしいなぁと寂しい想いをしたことも覚えている。

ちょうど私が違和感を抱いていた時期、Mr.Childrenがどんな想いで音楽と向き合っていたかは当時の私はまだわからなかった。

でも、ヒットチャートを駆け抜け、モンスターバンドになったMr.Childrenの当時の苦悩や葛藤をずっとあとに知ることになり、なぜ自分がそう感じていたのか納得ができた。

笑わなかったのではない、笑えなかったのだ。

そして、迎えたPOP SAURUS 2001。
いつものようにどんなライブになるのだろうとワクワクドキドキしながら、ライブが始まるのを待っていたことを今でも覚えている。

そして、そこで私たちに向けられたのは、今までのMr.Childrenが抱いていた想いが込められた数々の楽曲。初期の頃の楽曲や苦悩してた頃の楽曲、笑顔溢れるパフォーマンスや会場の大合唱、そして、恐竜が花を咲かせ、『負けないように 枯れないように 笑って咲く 花になろう』と素敵な『花』をプレゼントしてくれた。

ライブの締め括りには『忘れていた 誰かの為に 小さな火をくべるよな 愛する喜びに 満ちあふれた歌』と歌ってくれた。

先程も記したが、この歌詞では一番最後に『忘れていた』といっている。

『忘れていた』ということは、かつてそう想っていたということだろう。

この歌を聴いたとき、やっと自分が望んでいた一方通行ではなく、Mr.Childrenと私たちファンの双方でコミュニケーションが取れたような、私の理想のMr.Children像のようなものを観れたような気がして、嬉しくてたまらなかった。

めまぐるしいヒットチャートの90年代を駆け抜けたMr.ChildrenがこのPOP SAURUS2001で、『負けないように 枯れないように 笑って咲く花になろう』と歌い、『忘れていた 誰かの為に 小さな火をくべるよな 愛する喜びに 満ちあふれた歌』と最後に歌ったこの自分達への宣戦布告は、もしかしたらMr.Childrenの歴史の中で大きなターニングポイントだったのではないかと思えて仕方がない。

それまで忘れていた、誰かのために歌っていきたい、寄り添っていきたいという想い。それをあの時、Mr.Childrenが自分達自身に宣戦布告をしたからこそ、このあとのMr.Childrenは、さらに多く名曲を生み出し、2020年になった今でも多くの人の心に寄り添ってくれる存在になったのではないか。

Mr.Childrenの音楽はみんなで大合唱できる明るい曲調でハッピーな曲もあれば、切ない曲もある。大声でうぉー!と手を掲げ一緒に叫び、みんなが一つになれる曲がある。
胸が苦しくなるくらいのラブソングもあれば、ストレートに歌っているラブソングもある。これでもかと激しく音を奏で、熱く鳴らす曲がある。励ましソングといっても、ストレートに背中を押してくれるときもあれば、辛いときって綺麗事を言われても頑張れないよねと、人の微妙な感情にそっと寄り添ってくれる曲もある。

そして、何よりもすごいのが、昔の曲を今聴いても全く色褪せないことだ。特にライブで演奏される昔の曲は、毎回進化を遂げ、新しい命が吹き込まれたかのように全く違う曲のように聴こえる。私たちの想像をはるかに超えてくるのだ。
これがMr.Childrenのライブの魅力、醍醐味なのだ。これだから、Mr.Childrenのライブはやめられない。

これは個人的な考えだが、人が本当に辛いときは、明るい曲というのを聴くのが辛くなるときがある。

でも、そんなとき、Mr.Childrenは海の底までとことん一緒に沈んでくれる。それで、落ちるところまで落ちると、また這い上がろうと思うようになれる。

さらには、大好きなMr.Childrenの曲すら聴けないときもある。

もう大好きなMr.Childrenの音楽を聴きたいと思うときがまたくるのだろうかと、不安で押し潰されそうになるときがある。

それでも、やはりふとした瞬間に聴いてみたくなる。

これまで作られたたくさんのMr.Childrenの楽曲は、人間が抱く微妙な心情を全て網羅しているのではないかと思うくらいのものすごいバリエーションである。
まるで、今のあなたの気持ちに合った曲はこれ!と処方箋を用意してくれてるようだ!それで、どれだけの人の心が救われただろう。

そして、誰もが予想できなかった2020年の非常事態。

こんな時もやはり私たちの心に寄り添い、助けてくれたのは、Mr.Childrenの音楽だった。

どんな時でもMr.Childrenは私たちの救世主だ!

POP SAURUS 2001と再会したことで、改めて感じたMr.Childrenの偉大さと人間らしさ。

悩み、葛藤し、それを乗り越え、今まで色々なことを経験したMr.Childrenだからこそ、その姿が自分達とどこか重なるところがあり、多くの人から共感を得られるのではないかと思う。

そして、私たちの日常に寄り添ってくれていることが何よりも嬉しい。

19年前の今頃はちょうどこのPOP SAURUS 2001のライブをやっている頃だ。

今回のコロナ禍でライブに行けることの喜び、ありがたみををこんなにも強く思ったことはない。

やっぱりライブは楽しい。
それを教えてくれたのは、紛れもないMr.Childrenだ。

だからこそ、今度Mr.Childrenのライブに行けたときには、今まで以上に一曲一曲を大切に聴きたいと思う。

2年後のデビュー30周年はどんな花を咲かすのだろうか?

きっと会場いっぱいに笑顔溢れる花が咲き誇るだろう。そう心からの願いたい。

その瞬間が訪れることを、今から楽しみで仕方ない。
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