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多様化していく「女性の」恋歌

松任谷由実、aiko、そして、あいみょん

今さらながら戯曲「ヴェニスの商人」を読んだのだけど、私には男性陣の言動より、むしろヒロイン・ポーシャのそれのほうが印象深かった。そして思った、ウィリアム・シェイクスピアという劇作家は、現代社会が未だ(完全には)果たしていない「女性の真なる社会参画」といったものを、はるか昔に、見事に描き切ったのではないだろうかと。

ここに「ヴェニスの商人」の詳細な感想や、あらすじといったものを書きはしない。ただポーシャが「守られるだけ、恋に焦がれるだけの可憐なヒロイン」ではない、ということは強調しておきたい。とくにフェミニストというわけではないのだけど、いわゆる「夫人の三従」という思想が、私は好きでない。女性ならではの着眼や発想といったものが、この世界には不可欠だと思うし、それは男性に「従って」ばかりいては錆びついてしまうと考えるのだ。

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日本の音楽界で、強い女性(あるいは本来的な女性像)を最初に描いたのが誰だったのか、詳しいことを知りはしない。それでも松任谷由実(ユーミン)さんの楽曲「守ってあげたい」は、ずっと愛聴してきたし、本曲に登場するのは気高い、それでいて慈愛にあふれた、魅力的なヒロインである。

<<守ってあげたい>>
<<あなたを苦しめる全てのことから>>

このようにパワフルな願いが、松任谷由実さんならではの、穏やかで軽やかな声で発せられたことが、本曲を佳作に仕上げたのだと思う。

松任谷由実さんの歌う<<あなた>>に、どこまで多くの人が含まれるのかは知りえない(あるいは松任谷さんは「たったひとりの愛しい人」のために歌ったのかもしれない)。それでも本曲に慰められ、労わられた人は、とても多いのではないだろうか。もっと言うならば、男性に限らないのではないだろうか。

「守ってあげたい」を聴くことで、なにかに包まれているような安堵を得られた人はいるだろうし、恋愛観を覆された人さえもいるのではないかと思う(強くなろうと決意した女性のリスナーがいたのではないかということだ)。

本作はストレートな励まし(あるいは労い)の歌でありながら、同時に文学的、あるいは絵画的な、郷愁を誘うような歌でもある。

<<遠い夏 息をころし トンボを採った>>
<<日暮れまで土手にすわり レンゲを編んだ>>

集中力を高めること、あきらめずに夢を追うこと。それを巧みな比喩表現で、誰の心にもあるような「原風景」を持ち出すことによって促した、松任谷由実さんの試みは「優しい」と形容するのでは足りないような気さえする。

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aikoさんの「ジェット」は、強い恋情を吐露しつつ、それこそが主人公に自信と誇りのようなものをもたらしたことを歌い上げる、痛快な楽曲である。恋をすることで、ある意味では「弱く」なってしまうのは、若い人に限った話ではないと私は思う。恋愛のさなかに、冷静さや自尊心を揺らぐことなく保つことができたなら、もしかするとそれは「恋」ではないのでは、そんなことをさえ思うのだ。

それでも楽曲「ジェット」の主人公、その背筋は伸びている。胸のなかには恥じらいもあるのかもしれない。それでも発信するのは、昂揚感と決意だ。

<<きっと飛べると思うんだ>>
<<横についててくれるなら>>

「ジェット」の一人称は<<僕>>である。だからこれはaikoさんの直情ではないのかもしれないし、もっと言うならば「女性の恋心」を歌った曲ではないのかもしれない。それでもラブソングの大家と言えるはずのaikoさんによって生み出された本曲は、女性と男性、どちらの共感も誘っているのではないだろうか。

<<君と僕の羽は小さい>>
<<だから絶対離れないように>>

「守ってあげたい」のヒロインは、相手の弱さを認め、それを受け入れよう、それこそを慈しもうとしているけど、「ジェット」の主人公は「自分たち」の弱さを、あるがままに受け止めた。誇らしげに掲げさえした、と言ってもいいかと思う。

弱い人、小さな人、頼りない人。

そういう人たちでも、互いに支え合うという気概を持っているならば<<飛べる>>可能性さえある。それを示唆したという意味で、「ジェット」は「恋しい」というナイーヴな心的状況に、心地よい風を吹き込むような佳曲だと言えるだろう。

<<この空 手のひらにつかもう>>

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相手を「守ってあげたい」と願う松任谷由実さん、そして「ジェット」のように伴に飛びたいと願うaikoさん。

このお二方の作品と「似ている」とは言い難い、それでも「恋しくてたまらない」という意味では何ら変わるところはない、そう思わせるのが、あいみょんの「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」である。いつの時代にも、恋は人をして歌を歌わせ、そこに力強さや可憐さ、あるいは怒気といったものを含ませるのだなと、私は本曲を聴きながら思う。

あいみょんの「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」については、もはや「女性ならでは」というような形容表現をつけることすら無粋なのかもしれない。あるいは「恋歌」にカテゴライズすることさえ野暮なのかもしれない。なにかを強く願う時、理性のリミッターが振り切れることがある、それをリスナーに再認識させるような、じつに豪放な歌に感じられる。

<<あなたの両腕を切り落として 私の腰に巻き付ければ>>
<<あなたはもう二度と 他の女を抱けないわ>>

こういう歌詞を紡ぎ出したこと、それを世に向けて放とうと決意したこと。「勇気がある」というような次元の話ではないような気がする。「奇をてらっている」などと批判するには、あいみょんの思い切りは良すぎる。「いい歌だ」などという賛辞では足りないだろう。そして、これほどに強く女性から愛されることは、男にとって「誇らしいこと」とは限らないのではないか。すさまじい作品である。

こうした場で引用するのが躊躇われるのだけど、やはり、この部分の歌詞は引用せざるを得ない。

<<ねえ? どうしてそばに来てくれないの>>
<<死ね。私を好きじゃないのならば>>

プロフェッショナル・アマチュアを問わず、表現者にとって「発信」というのはある意味、人生を賭した行為である。ひとたび作品が世に知れ渡ったら「あの歌詞のことは、もう忘れて下さい」などと言って回ることはできない。あいみょんは、どれほどの強い覚悟をもって<<死ね。>>と歌ったのか。恋というものが、時として「覚悟」を要することである、それを示しさえした「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」は、やはり傑作と称して差し支えないと思う。

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恋をすることで、何を願うようになるかは、人によって違うだろう。松任谷由実さん、aikoさん、そしてあいみょん。お三方の歌に共通するのは「誰かの存在を欲していること」であるけど、その気持ちの表れ方は随分と違う。

かくいう私は、どのような恋を望んでいるだろうか。女性に「守ってもらいたい」のか、一緒に空を飛んでほしいのか、腕を切り落としたくなるほどに愛されたいのか。軽はずみに答えの出せない問題である。

ただ、ハッキリしているのは、私が女性を(一方的に)「守ってあげたい」などと願ったら、それは「思い上がり」だということである。女性は弱く、そして強い。きっと、男もまたそうであるように。

※<<>>内は松任谷由実「守ってあげたい」、aiko「ジェット」、あいみょん「貴方解剖純愛歌 〜死ね〜」の歌詞より引用
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