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式日の夫婦

尊い当たり前をACIDMANは唄う

 朝食に出したおみそ汁を、夫がお椀に半分残していた。
 浮かんだ豆腐とキャベツの破片を見つめて「もういらない?」と尋ねると、「だって君もいるでしょ」としれっと言う。どうやら横並びで一緒にご飯を食べていたはずの彼には、私の目の前にある私のお椀は見えていなかったらしい。
 彼はそういう人だ。目先よりもちょっと遠くを見るから視野が広い。一方身の回りの把握は雑なせいか、ほんの少し抜けて見える。もしかしたら私の躰の半分ほどは、彼のおざなり対象になっているのかもしれない。
 私は「それでもいいんだ」とそっと笑う。それが彼なのだ。

 料理中やドライブ、部屋での時間。私が何年も何度もそばで聴いていたのに、夫は彼らに気づかなかった。
 だけど同じステージを見つめたあの日、彼はようやく彼らに気づいた。
 CDJ1920のGALAXY STAGE。銀河の名を冠した舞台で唄うACIDMANを見つめながら、彼は私よりもずっと大粒の涙を流していた。
 彼らの魅力を彼に知ってもらうには、私が意識的に聴かせていた距離は近すぎたのだとその時わかった。そして知ってくれてよかったと思った。
 遠い宇宙に想いを馳せることが好きな彼が、彼らを好きにならないわけがない。

 私が彼らに出会ったのは十四年ほど前になる。地元のレンタルショップで、面になって陳列されたCDの中に彼らはいた。
 『創』『Loop』『equal』『and world』
 ずいぶんと周りから浮いたアルバムだと思うと同時に、タイトルが琴線に触れた。試聴に持っていった四枚のうち一枚をセットし、ヘッドホンを耳に当てる。そしてその瞬間、全部持っていかれた。
 なにせ最初に聴いたのが『world symphony』だ。イントロの圧、音、声、歌詞。それまで知っていた音楽とは一線を画す、なにもかもが異質な存在だった。
 隕石か、彗星か、津波か、地震か。とにかく天変地異のごとく彼らは私を揺らした。鼓膜も心も脳も全部。
 それ以上聴かず全部レジに持っていき、家で歌詞カードを眺めながらじっくりと聴いた。この異質で愛しい存在に飲み込まれたいと願ったからだ。

 愛に溢れているのに、ラブソングとは異なる。
 世界に訴えかけるものがあるのに、強要しない。
 抽象的なのに意味が不明かと言われるとそうでもなく、かといって解説も難しい。
 たとえるなら、大気とか水とか生命とか宇宙とか光とかの、なにか。聴いていると自然と顔を上げ、手を伸ばしたくなるような音。普段意識の外にあって、だけど「あるよ」とか「いるよ」って囁いてくるような声。当たり前にあるものを、すごい奇跡であると改めて気づかせてくれる音楽。
 そういえば、たしか紹介ポップにはこう書かれていた。『壮大』と。誇張表現でもなんでもない。私が店員でもそう書いただろう。
 ゆえに私にとってACIDMANは唯一無二の存在となったが、誰かにすすめるということはうまくできなかった。実際私の周りには彼らを知っている者はほとんどいなかった。

 やがて私は結婚というイベントを迎えた。出会ったその日に「宇宙に行きたい」と目を輝かせて語った、実直な男性だ。私たちは七月に入籍し、十月に結婚式を行った。
 式中のBGMは洋楽で固めたが、退場のときに一曲だけJ-ROCKを流した。『式日』だ。
 それまで彼とは四年近く付き合ったが、音楽に関してはただの一度も「この曲なに?」とか「これ誰?」と興味を示されたことはない。私もそれでいいと思っていた。すすめるのは不得手だし、魅力を紹介し語るのも難しい。

 しかし彼は、彼らに出会う。CDJ1920のGALAXY STAGEの、顔がなんとか見えるくらいの距離で。二年ぶりにACIDMANに会えたことを喜ぶ私が拳を突き上げるその横で、彼は静かに涙を流していた。
 そこで初めて彼は言った。「この人たち、すごいね」
 私のプレゼンがそこから始まった。
「すごいの! 生命とか宇宙とかをテーマに唄っててね、音もいいし歌詞もいいし、なんかこう、ぶわあぁぁっってくるの!」
 彼がぽかんとする。これだから嫌なんだ。紹介なんてうまくできない。だから黙って音源を渡す。だけど『式日』は、「結婚式で流したよ」とちゃんと添えた。そこから彼はどんどん彼らを好きになり、私の中でひとつの楽しみが生まれた。
 これならワンマンライブも一緒に行ける。
 だけど未知のウイルスが、あっさりそれを砕いてしまった。

 数々のライブが中止になった。3.11の配信ライブを二人で見ながら、『灰色の街』ツアーにわずかな望みを賭けた。
 四月が過ぎ、五月になり、当選していた七月のツアーの中止も決定した。わかってはいたけど悲しくて、だけど彼らは私たちを拾い上げてくれた。

 7.11 無観客配信ライブ『THE STREAM』
 私たちはお酒とケーキをテーブルに並べ、どきどきしながら彼らを待っていた。
 この日は私たちが夫婦となった『式日』。結婚記念日だった。

 灰色から始まった映像に色が注がれた瞬間、私たち二人も色めき立った。しかも一発目は『world symphony』。よりによって、私を『ACIDMAN』という壮大な流れに巻き込んでくれたきっかけとなった曲だ。
 何度も感動に声をあげ、握った拳で天を突き、紡がれる言葉に目頭を焼く。この人達を好きになってよかったと心から思う。
 最後の『Rebirth』。曲とともに逆再生が始まる映像を口を開けて見ながら、私はぼんやりと結婚式の日のことを考えていた。
 あの日、白いドレスを纏い花を抱いた私の左薬指には、一直線に並ぶダイヤモンドが輝いていた。
 ふいに『式日』を聴いたら、必ずこの日が蘇る。彼と人生をともに歩もうと覚悟したことを思い出す。つい目先のことばかり考えてしまう私には、立ち止まるきっかけなんていくらあったっていい。そうしたらまた何度でも未来に手を伸ばせる。だから選んだ曲だった。
 巻き戻る映像に乗る新曲を聴きながら、そうしてよかったと思えた。彼らは何度も「始めよう」と、「それだけでいい」と、いつも肯定し、そこにあってくれるんだと思った。
 四度目の式日を越えた私たちは、またひとつ、決意と覚悟を新たにした。

 視野広く物事を見る夫。私は時々それがうまくできなくて、彼が残したお椀に、「なんでそんなことも見えてないの?」と喉元まで出かかったりする。
 だけど違うのだ。一杯だけかもしれないと考えた彼が残してくれたそのお椀の半分は、紛うことなき優しさで、ただそこにあろうとしてくれる尊い当たり前だ。
 見えているものはみんな違う。だから私たちはみんな一人で、だけど決して独りじゃない。

 私はこのすごい奇跡に感謝しながら、今日という日を過ごす。
 私の左薬指には今も、ダイヤモンドが輝いている。
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