彼女のことをもっと知りたい
ずっと真夜中でいいのに。は僕の心を掴んで離さない
2020年8月17日
8
2018年6月4日、YouTubeで公開されたあるMVを観て、僕は衝撃を受けた。
驚くことにこのアーティストは、まだCDをリリースしていないどころか、曲を発表するのもこの時公開されたMVが初めてだったのだ。
「秒針を噛む」というタイトルが付けられたこの曲に込められていたのは、透き通った伸びのある歌声、隅々まで洗練されたような曲の展開、比喩を重ねることで様々な解釈をすることができる深い歌詞。
僕は、音楽理論など全くわからない素人なのに、この人たちが生み出している音楽はとんでもないものだと直感した。
そのアーティストの名前は「ずっと真夜中でいいのに。」。
一見すると曲名なのか、アルバム名なのかわからないようなこのアーティストに、僕の心はがっちり掴まれてしまった。
ずっと真夜中でいいのに。は、通称「ずとまよ」と呼ばれている音楽ユニット。
まず僕が惹かれたのは、そのミステリアスさ。
作詞作曲を担当するボーカルが「ACAね」という名前の女性だということ以外、全て謎に包まれているのだ。
音楽的なバックグラウンド
ずとまよを始めることになったきっかけ
それに、彼女の顔すらわからない。
(ライブ映像も存在するが、彼女のところだけ照明が暗かったりカメラのピントがボケたりして全く顔が映らないようになっている)
そんなミステリアスさが、もっと彼女の音楽を、彼女自身を知りたいと思わせてくれた。
そして、今年の8月5日にリリースされた新作「朗らかな皮膚とて不服」で、ずとまよの音楽はさらに勢いを増してきたように感じた。
例えば、収録されている「お勉強しといてよ」。
この曲は疾走感のあるリズムで展開されるのだが、あらゆる場面でそれぞれの楽器がやりすぎなくらい主張している。
それなのに、曲を聴き終わった頃には「なんかすごい心地の良い曲がスーッと通っていった」と感じるくらい、爽快感に満ちている曲になっているのだ。
この爽快感はどこからきているのだろうか。
理由を知りたくて何度も聴き込んでみところ、ひとつ思ったことがある。
この曲で感じる心地よさの源泉は、ACAねのボーカルなんじゃないだろうか。
この曲は前述したとおり、それぞれの楽器がやりすぎなくらい主張している。
ジェットコースターのように展開する曲の中でも埋もれるどころか圧倒的な存在感を放っているのが、ACAねのボーカルだったのだ。
いわばACAねのボーカルは、自由奔放に動き回る楽器隊たちをつかず離れずの距離で繋げる接着剤のようなものとも言えるかもしれない。
そんな魅力を持つボーカルに、僕は惹かれていたのだ。
ちなみに、ずとまよは、ライブパフォーマンスでもやりすぎなくらい世界観を作り出している。
今年の8月6日には、配信ライブが開催されたのだが、このライブも圧巻だった。
有料での配信ライブだったため詳しい内容を書くのは控えるが、テレビや扇風機などの家電を楽器にして、曲そのものとライブパフォーマンスにあっと驚く彩りを加えていた。
曲だけでなく、映像に映る全てのものが「ずっと真夜中でいいのに。はこういう存在だ」と決定付けるようなライブだった。
今まで自分が勝手に抱いていた「ポップミュージックとはこういうものだ」というイメージを、いとも簡単にぶち壊してくる、ずとまよ。
これから彼女は、どういう音楽をこの世界に投下してくれるのだろうか。
本当に楽しみでしょうがない。
驚くことにこのアーティストは、まだCDをリリースしていないどころか、曲を発表するのもこの時公開されたMVが初めてだったのだ。
「秒針を噛む」というタイトルが付けられたこの曲に込められていたのは、透き通った伸びのある歌声、隅々まで洗練されたような曲の展開、比喩を重ねることで様々な解釈をすることができる深い歌詞。
僕は、音楽理論など全くわからない素人なのに、この人たちが生み出している音楽はとんでもないものだと直感した。
そのアーティストの名前は「ずっと真夜中でいいのに。」。
一見すると曲名なのか、アルバム名なのかわからないようなこのアーティストに、僕の心はがっちり掴まれてしまった。
ずっと真夜中でいいのに。は、通称「ずとまよ」と呼ばれている音楽ユニット。
まず僕が惹かれたのは、そのミステリアスさ。
作詞作曲を担当するボーカルが「ACAね」という名前の女性だということ以外、全て謎に包まれているのだ。
音楽的なバックグラウンド
ずとまよを始めることになったきっかけ
それに、彼女の顔すらわからない。
(ライブ映像も存在するが、彼女のところだけ照明が暗かったりカメラのピントがボケたりして全く顔が映らないようになっている)
そんなミステリアスさが、もっと彼女の音楽を、彼女自身を知りたいと思わせてくれた。
そして、今年の8月5日にリリースされた新作「朗らかな皮膚とて不服」で、ずとまよの音楽はさらに勢いを増してきたように感じた。
例えば、収録されている「お勉強しといてよ」。
この曲は疾走感のあるリズムで展開されるのだが、あらゆる場面でそれぞれの楽器がやりすぎなくらい主張している。
それなのに、曲を聴き終わった頃には「なんかすごい心地の良い曲がスーッと通っていった」と感じるくらい、爽快感に満ちている曲になっているのだ。
この爽快感はどこからきているのだろうか。
理由を知りたくて何度も聴き込んでみところ、ひとつ思ったことがある。
この曲で感じる心地よさの源泉は、ACAねのボーカルなんじゃないだろうか。
この曲は前述したとおり、それぞれの楽器がやりすぎなくらい主張している。
ジェットコースターのように展開する曲の中でも埋もれるどころか圧倒的な存在感を放っているのが、ACAねのボーカルだったのだ。
いわばACAねのボーカルは、自由奔放に動き回る楽器隊たちをつかず離れずの距離で繋げる接着剤のようなものとも言えるかもしれない。
そんな魅力を持つボーカルに、僕は惹かれていたのだ。
ちなみに、ずとまよは、ライブパフォーマンスでもやりすぎなくらい世界観を作り出している。
今年の8月6日には、配信ライブが開催されたのだが、このライブも圧巻だった。
有料での配信ライブだったため詳しい内容を書くのは控えるが、テレビや扇風機などの家電を楽器にして、曲そのものとライブパフォーマンスにあっと驚く彩りを加えていた。
曲だけでなく、映像に映る全てのものが「ずっと真夜中でいいのに。はこういう存在だ」と決定付けるようなライブだった。
今まで自分が勝手に抱いていた「ポップミュージックとはこういうものだ」というイメージを、いとも簡単にぶち壊してくる、ずとまよ。
これから彼女は、どういう音楽をこの世界に投下してくれるのだろうか。
本当に楽しみでしょうがない。
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