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東京の空、日比谷の風

エレファントカシマシが日比谷野外大音楽堂に立つ必然

2020年、6月12日。
宮本浩次バースデイコンサートat作業場「宮本、独歩。」ひきがたり
配信でも素晴らしく魅せてくれた彼に、涙が溢れた。
恐らく彼の苦悩や歓喜を悉く知るであろう「作業場」。
大きなホールでもライブハウスでもないあの場所で、宮本浩次はいつものように渾身の歌唱を弾き語りで尽してくれた。歌唱しながらのギターはどれほど難しいだろう。
とりわけ彼のように、ありったけの心をのせて歌う方にとってはどれほどに大変だろう。
沢山の機材が並び、音を生む神聖な場所。幾基ものカメラが彼を追い、首を振る。
彼は限られた空間に在りながら、そういった「限界」など一切感じさせないパフォーマンスを終始、見せてくれた。
伝えたい想いがあるのだと、懸命に歌う。
しっかり受けとめたいと、私はいつものように祈るように見入った。

予定されていたソロツアーの決行が叶わなかったことは、すべての人の大きな悲しみだったろう。とりわけ宮本浩次にとってはソロデビュー後、初のツアーである。
そんな中でも私たちの心情を慮り、何ができるだろうかとスタッフの方々と共に暗中模索してくださったことがうかがえた。

ライブ会場の臨場感とは違う感慨が在った。
それは前述したような背景があり、尚且つ、そんな中に在りながらも伝えつづけることを止めない宮本浩次の確固たる想いに裏打ちされたライブだったからだと思う。

配信というかたちではあったけれど、ライブ会場とは違った、閑にしみ渡るような優しさや、一対一で今のこの世界に向き合っている錯覚や、ともすれば互いに孤独を感じてしまう空間の共有をも体感できた。もはやそれは孤独ではなかったけれど。
それはライブの新しいかたちだった。

私にとってのライブコンサートのお話を、少しさせてください。

生育環境に起因したちょっとした疾患が私にはあります。
それが私に様々の欠落を生み、信じるものをもてない弱さを固持させました。
厭世的になり、社会の中に居場所を見出せず、物理的にも人と距離を置かなければ大変な苦痛を生じました。

それでも働かなければ生活は立ち行かず、治療を続けながら働いていました。
何の為に生きているのか考えてばかりいました。
何年も、本当に、たゆたうように生きていました。
明日の自分がわかりませんでした。
明日、また私はここにいるのか。そんな日々を繰り返していたのです。

彼らの音楽を知ったのは、発症してもう何年も経ってからでした。

――きさまに言うこと何もない
 聞きたいことも何もない
 俺は口もと笑いうかべて きさまを信じるさ―― 「花男」

――頭たたいても でないだろう
 ふり上げられたこぶし 行き場しらず
 ぽつんと一人 部屋の中
 だれも君の事はしらない―― 「自宅にて」

――忘れるだろう
 忘れるだろう
 今日一日のできごとなど
 何をなしても 忘れ行くのみで
 忘れ行くさ 夢のちまたへ

 明日は晴れか
 雨になるだろうか
 明日こそは町へくりだそうか
 明日になればわかるだろう
 明日もたぶん生きてるだろう―― 『「序曲」夢のちまた』

――ああ俺には何か足りないと
 何が足りぬやらこの俺には―― 「偶成」

――歌を誰か知らないか?
 つまらぬときに口ずさむ、
 やさしい歌を知らないか?―― 「遁生」

――心につもった日々の後悔が
 ときとなく平和なおれを襲いくるよ。
 見果てぬ夢のくずが 彼方此方
 町の中ちらばっておれを食っていた。―― 「おれのともだち」

――足りないはずだろ何かがよ 
 隠れて逃げてもつきまとう
 道なき人のつぶやきなのさ―― 「道」

――ああひとり行くお前の姿
 全てのものが祝福するだろう
 今にはばたいてやる
 そりゃ口に軽かろうが
 お前は何處だ―― 「おまえはどこだ」

――解らない叶わない聞こえない届かない 望まない望めない頼りない
 解らない叶わない心はここにもそこにも無い 
 ああ…―― 「東京の空」

――悲しいときには涙なんかこぼれない
 うれしいときには肩怒らせ世を笑うさ
 それでいい時間が止まらないで過ぎるだけで
 それでいい時間が止まらないで過ぎるだけで
 遠くなって近づいて遠くなって過ぎるのさ―― 「涙」

――涙のあとには 笑いがあるはずさ
 誰かが言ってた 本当なんだろう
 いつもの俺を
 笑っちまうんだろう―― 「悲しみの果て」

――毎日何処かで町の空仰ぐ俺がいた
 ああ 何処へ行くのやら
 明日は何があるのやら
 ああ 教えてくれ
 風がささやく気がした―― 「四月の風」

――あたりまえに過ぎ行く毎日に
 恐れるものなど何もなかった
 本当はこれで そう 本当はこのままで
 何もかも素晴らしいのに―― 「風に吹かれて」

――くだらねえとつぶやいて
 醒めたつらして歩く
 いつの日か輝くだろう
 あふれる熱い涙―― 「今宵の月のように」

――嘘つきじゃないさ 時間が過ぎただけさ
 涙こぼれて ただそれだけ―― 「さらば青春」

――誰かの胸の中俺は眠りたいよ
 悲しみも喜びもひとまとめにして
 生き延びて また明日も俺は働くのさ―― 「寝るだけさ」

――やめるわけにゃいかねえ お迎えくるまで
 世の中悪く無いさ たぶん俺が悪いのさ baby yes―― 「生存者は今日も笑う」

――何を探してんだい?
 やっぱカッコ良く死にたい
 結局よ
 バラより研ぎすましてよ―― 「真夏の革命」

――俺の明日はどこだ 俺の生活はここだ
 何度でも立ち上がれよ
 全ての感情を手なずけて―― 「何度でも立ち上がれ」

――昇り来るぶざまな太陽
 一瞬で彩り変える大地に俺は聞いた
 素直であるとは戦わぬことなのか?
 やけにはしゃぎたがるその胸が
 死に抗う人の魂なのか? ――「漂う人の性」

――赤くそまった あの夕陽をあびて オレは育ったこの渋き精神の国で。
 「オレは何なんだ、一体何者なんだ?」
 そうさ オレは一体何者なんだ? ――「ハロー人生‼」

――言い訳するなよ おのれを愛せよ
 鳥が飛ぶように 俺よ生きろ―― 「季節はずれの男」

――感じろ 思え おのれ自身のココロで
 そんなことをオマエに話した――「覚醒(オマエに言った)」

――トモよ あなたは思ったことが無いか?
 「死ぬまでにどこまでたどりつけるだらう?」 ――「生きている証」

――あと百年を生き長らえても
 今のこのオレを抜けられやしまい
 いつか通ったとおりを辿り来た気がする
 「いいのかい?」なんてさ 「いいのかい?」なんてさ ――「風」

――素直に今を生きられりゃあ、どんなに、どんなにいいだらう。
 素直に生きてゆけりゃあ。―― 「なぜだか、俺は祈ってゐた。」

――今宵の月が満ち欠ける、町見下ろす丘に。
 「どの道キミは、ひとりの男、心の花咲かせる、人であれよ」と。
 どの道俺は… ――「シグナル」

――聞こえるだろう? 日々のメロディー
 心向かう場所ならどこまでも行こう
 オレは右から オマエは左から
 そうしていつの日にか落ち合おう―― 「FLYER」

――使いふるし 擦り切れてる 昔なじみの悩み事?
 放っておけよ 新しい太陽が昇り来るぜ―― 「あの風のように」

――どこまでゆけば俺は辿りつけるのだろう?
 ただ光を集めて歩き続ける旅さ
 揺れる心のままで何を言えると言うの?
 ああ試される自分を愛想笑いにまぎらす
 向き合えば切なく 振り返れば眩しく
 ああ生きていくだけで ああ傷つけあうのは何故? ――「絆(きづな)」

――ぶざまなツラで言い訳なんかしたくないのさ 
 やってやろうぜ
 俺の心に火を灯す 熱い思い探す旅路さ―― 「旅」

――鳥が影落とし舞い上がる あこがれてやまぬあの場所まで
 過ぎる日を都会を 今日も俺は行く―― 「明日への記憶」

――わかるかい? わからない? 立ち止まり見てみろよ
 照らすため昇りくる地平をまたぐ太陽
 あんたわかるかい? 俺の気持ち
 例えりゃ一切合切だ。
 両刃で行くぜ 気を付けな 言うなりゃ愛のかたまりさ―― 「ワインディングロード」

彼の生きる日々が、歌を通して私を生かしてくれていました。

同じように苦しみ、同じように泣き、同じように孤独に震える彼もまた、
見出せない答をさがしているようでした。
同じように空を仰ぎ、同じように月を見上げていました。
そして同じように、暗闇を歩いているようでした。

這うような日々でも
死を想えばこその
生きている今日を愛せよ

生きていることの意味。
死ぬ為に生きる意味。
やがて見るこたえの為に 生きているのだと 
うたっていました。

そしてやがて気付いたのです。
私が固執した想いに囚われている間も、
彼は苦悩しながらもずっと自らの光を手放さず、剝き出しになった切っ先のような感性のその一点を見つめ、走り続けていました。

――街中が光が
 俺を追い抜いていく 追い越していく
 心浮き立つとき求めて
 この世を統べているのは心
 行け とりあえず 飛び込め―― 「RAINBOW」

2015年に発表された22枚目のアルバム「RAINBOW」は、
慟哭の中に在りながらも自分を見つめ、生きようともがき
そうして寸分の狂いもなく生み出された名盤です。
(他のアルバムがそうではないということではなく)
私は音楽のことは不勉強で、ロックとは何かも今以てわかっていません。
それでも言わせてもらえるならば
この「RAINBOW]は、宮本浩次の生きる証として、その声も、その音も、
その詩も、その世界観も、すべてがそれでしかあり得ない存在感で貫かれていました。

――あの懐かしき日々よ 鮮やかに輝いた日々よ
 誰か俺のために 呼び返してくれ
 ただ一人俺はここで 心の傷 胸に抱いて
 常に繰り返される嘆きの中

 流れゆけひたすら 流れゆけ時よ
 我が心もはや 楽しき時なからん なからん ――「なからん」

内省し、俯瞰し、己を知り、やがてまた立ち上がる。
生まれかわり、でも棄てずに抱え、また歩き出す。
アルバムの一曲ずつが、その姿を如実に表わしていました。
私はといえば、何年も同じ場所をぐるぐる歩き回っていたのです。
「おまえはどうだ?」
彼の歌が、歌声が、いつもそう訊ねてきました。
「おまえはどうだ?」
私は? 

初めて、私はチケットを申し込みました。真夏に行われる野外フェスです。
屋内と違っていよいよとなれば移動ができます。
いつもいつも焦がれ、しかし別世界のものだと諦めていた場所。
その日は暑さの厳しい一日でした。混み合う電車では緊張し苦痛を感じながら、しかし私はこの上ない自由も感じていたのです。
人混みを往き目的地へ向かう行為が、あんなにも新鮮に感じるなど自分でも思ってもみませんでした。
それはきっと、希望を含んだ時間だったからであり、私は実際、エレファントカシマシの楽曲を聴けるという希望に充ちていました。
電車を乗り継いで、送迎バスに乗り、会場へ。
朝から楽しむ余裕が自分にはないとわかっていたので、着いたのはエレファントカシマシのステージの直前でした。陽が落ち始め、ステージには西陽が射し、ひとつ前のバンドのボーカルの方が目を開けていられないほどでした。
もうすぐエレファントカシマシがそこに立つ。
そして憧れて止まなかったステージを目の当たりにできる。たくさんの人が周囲にいる中で、自分は冷静でいられるだろうかと、私はまだそんな緊張の中にいました。
しかしそんな不安は杞憂で、エレファントカシマシが姿を現した瞬間から、緊張を軽く超越した歓喜が訪れ、たとえようのない高揚と得体のしれない安堵が絶え間なく私を包みました。
今思えば、本当の自由を感じ、本当の希望を感じた得難い瞬間だったのです。
当然のことながら、私のまわりには同じように音楽とエレファントカシマシを大好きな人たちばかりでした。
みんな、その演奏、その歌声に共鳴し、拳をあげていました。
同じ一点をのみ見つめ、心を震わせていました。
こんな場所を、私はどうして知らなかったのだろう。知り得なかったのだろう。

3か月後、私は初めてライブハウスにも行きました。幸運にもZeppワンマンのチケットがとれたのです。
自分がライブハウスに入れるなんて、夢にも思っていなかったことを成し遂げていたのです。すぐそこにエレファントカシマシがいて、スピーカーからの大音響は心臓を打ち、大きなうねりに身を委ね、ずっと頭がしびれる感覚に、記憶が飛んだ部分すらあります。
夢心地で家を出て、夢心地で帰宅したのです。
本当に忘れられない。
一曲一曲の冒頭の一瞬の歓喜。あの日のセットリストは一生の宝物です。

その翌年の初秋。日比谷野外大音楽堂にも参加することができました。
霞が関駅から階段を上り、日比谷公園に入ってすぐ。
もうそこにはライブの空気が充ちていました。
リハーサルの音漏れ、歌声。足元には木の実が散らばり、顔をあげればビルが建ち並ぶ。
宮本浩次の愛する東京の町と空を感じながら聴こえてくる音楽にたゆたい、その時を待ちました。
そうして開演。すぐ目の前に、エレファントカシマシの四人の姿がありました。
こんな場面を、1年前の私は夢にも描けなかった。
一瞬で空間を支配する圧倒的な存在感。
宮本浩次は紛れもなく自身の「道」を歌っていました。
生きてきた「道」と、生きてゆく「道」。
それがどのようなものであっても、真摯に、ただ自分自身で在ろうと闘い続ける。
どんなことがあっても生きることは素晴らしいと、そんな宮本浩次が歌うから説得力を持つ。
まっすぐに前を見据え、そこに立ち歌い尽くす姿は、宮本浩次の生き方そのものでした。
何があっても太陽はまた昇る。だから大丈夫だ。だから、何度でも立ち上がっていけばいい。生きろ。
そう、全身全霊で歌ってくれていました。
伝わらない筈がありません。
あの魂がすり抜けて行かないように、恥じぬように、私も生きたいと思いました。
そして、宮本浩次が何故あんなにも美しい目をしているのかもわかった気がしました。
あのように美しい目を持つ人には、傷ついて欲しくないとも思いました。
そしてそれはメンバーがいちばん強く思ってきたことかも知れません。
石森敏行、冨永義之、高緑成治。
自由に歌い、表現して欲しいとの強い想いで懸命に音を奏でる三人。
宮本浩次が彼らを振り返り、ギターをかき鳴らす場面がありました。
その背中が本当に楽しそうだったのです。
四人で創り出すエレファントカシマシの音楽でした。
音楽を心から愛する人たちが創り出す音楽に空間は充たされてゆきます。
四人でしか出せない、それは圧倒的な音の力でした。
愛してやまないものの、その中で生きるという、とても難しいだろうと思えることをずっと続けてきた四人の姿でした。

――立ち止まったっていいんだぜ
 後ろ向きだっていい なんだっていいんだ 歩いてゆこうぜ―― 
 「友達がいるのさ」ライブversion 

涙が溢れてどうしようもなく、嗚咽が洩れるのを必死でこらえた「友達がいるのさ」。
ライブでの歌唱に初めて出会えたのもこの日でした。

エレファントカシマシの聖地と言われる日比谷野外大音楽堂。
参加したすべての方が、きっとそれぞれの想いを持ち帰り、大切にし、私と同じように何度も何度も取り出してみては力をもらっているのだろうと思います。
この日は人生の中で特別な日となりました。

  ***

言えない想いというものがある。
分かって欲しいというわけではなく、向き合う力を欲するのだ。
すべて本当はわかっている。自分を救いたくて求めるのだ。
言えない想いを歌ってくれる、宮本浩次の歌が、声が。
彼自身がそうであったからこそ、それは救いになる。
また明日を生きようと思う。今を、生きようと思う。

歌は人の心を掬って、抱きしめて、肯定してくれる。
言葉のみに非ず、歌う人の心の深さや生き様、生きてきた道が、聴く者に寄り添ってくれるからだろう。
とりわけライブは、魂の共鳴を生む。
歌と音楽の力が大きなうねりを生み、鬩ぎ合い、触れあって共鳴し、心を震わす。
宮本浩次の歌は、彼そのものであり、それは真摯に生きることと向き合って闘い続けてきたひとの心からの歌であり、だからこそ私たちはあんなにもその歌声を希求するのだろう。

今この時も、ライブでの歌唱とその姿が脳裏に浮かぶ。
素晴らしいライブでのひとつひとつのステージが、私の奥深くで鳴り続けている。
それは望めばいつだって表出し、私に寄り添ってくれる。
どうしようもなく音楽が好きで、本気で生き、本気で伝えようとそこに立つ
宮本浩次というひとのまっすぐな想いがあってこその、かけがえのないライブとなる。 

ステージの上で万感の想いをこめ伝えつづけてくれるアーティストと、共に歌い、共に歓び、響き合い、まるで祈りのように彼らを求める私たち。
呼応しあう魂が途方もない熱量を生み、私たちはその中で共に在る。
それはステージに立つ彼らと、オーディエンスの私たちとの融合が生む奇跡だ。

共に在るという歓び。
ライブの必然性は、そういう普遍的な人の心が生んでいるように思う。

あの場所を、信じてやまない。

幾何かの光を携え、私にも道がひらけた。
少しばかりの生きにくさも道連れに、「すべての感情を手なずけ」ながら大きく歩を進めたい。
今はもう彼のように地下鉄に乗り、町を歩くことを楽しめるようにもなった。
本当の自由と希望を知ったことで、私は自分を少しだけ信じられるようになった気がする。
そうして生きる意味を、そのこたえを、やがて知る為に生きたいと思う。
それは私の中の革命であり、取りも直さず、宮本浩次の歌とエレファントカシマシの音楽が、私に生きろと歌い続けてくれたことから始まったかけがえの無い軌跡だ。
 
今年もまた、東京の、日比谷の空に、彼の歌声が響き渡る。
ステージの向こうに聳えるビル、虫の音や木々の揺らぎ、陽の落ち始めに吹く秋の風、蒼い空に月の光。
すべてが変わらずそこに在るという幸せを、今年もエレファントカシマシの音楽が教えてくれる。
エレファントカシマシがあの場所に立つということの持つ意味は計り知れない。

参加が叶わなくても、配信というかたちでまた違った楽しみ方を提案してくれる。
私たちにとっても特別な野音のステージを誰もが観られる環境を、大変に有難く思う。
 
   *「ロック」について。
――ロックンロールに教わった事は「人と違っても自分らしくあれ!」ってことさ――
 と、斉藤和義が名曲『月光』で歌っていらっしゃいますね。
 言い得て妙だと納得しました。素晴らしい。
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