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のあのわ が居ない。

自分たちの音楽はここにあるのだと、叫ぶ。モンスターのように。

そのバンドとの出会いはプロ野球から。

私は野球が好きで、ここ数年はヤクルトスワローズのファンだ。今年はコロナ禍で一度も行けていないが、時々は神宮球場にも観戦に行く。神宮でナイターを見ながら飲むビールより旨いビールなど無いと思っている。

ヤクルトには、昨年引退した大引啓次というとても魅力的な選手がいた。

大引選手は、オリックス、日ハムを経て2015年にヤクルトにやってきた。満を持して迎えた開幕当初は、ちっとも打てなくて、なんだか気の毒なくらい難しい顔をしていた。

でも、見違えるほど併殺が取れるようになった手堅いショートの守備、見ようによってはキザにも思えるほどくっきり明確な所作。それほど大きくない体でたまに(とくに中日戦で)見せるパンチ力とここぞで頼りになるクラッチヒッターっぷり。本音も冗談も全部真剣に考えてそうな言葉たち...。

なんてユニークないい選手なんだろう。

あっというまに、私は大引選手が好きになる。彼が神宮球場で登場曲のDef Tech『Bolero』を響かせながら打席に立つ、それだけでわくわくした。『Bolero』は神宮のナイターに本当によく似合っていたと思う。夜空にどこまでも届くようで、ますますビールが旨くなる。

だから、大引選手の過去の登場曲にも興味がわいた。そこで出会ったのが、のあのわだ。

大引選手はオリックス時代に、のあのわの『もぐらは鳥になる』という曲を登場曲にしていた。その縁で、のあのわは2011年9月27日に当時のほっともっとフィールド神戸でライブパフォーマンスを行っている。

のあのわのことは、CDJなどいくつか行ったフェスで出演者に名前があったなというレベルでしか記憶になかった。ディスコグラフィーもバイオグラフィーも知らなかった。

なぜ大引選手がこの曲を登場曲にしていたのかは、わからないが『もぐらは鳥になる』は素敵な楽曲だ。ファンタジカルでキュートで、ポップな音。なのに童話的な歌詞はどこか残酷な毒を含んでいる。

最新のアルバム「Cry Like a Monster」からさかのぼって、聴ける限りの彼らの曲を聴いた。
と同時に、彼らが、このアルバムを発表した2013年以降、ぱったりと消息を絶っていることを知る。バンドのHPもTwitterやfacebookのアカウントもすべて残っているのに、解散なのか、活動休止なのか。なにもわからない。ただ、表舞台から姿を消したまま。

私には2つの意味で衝撃だった。

アルバム「Cry Like a Monster」の楽曲はどれをとっても凄い。もちろんそれ以前ののあのわも、独特の音楽性を持つ魅力あるバンドだと思う。だが、凄みが違う。

のあのわというバンドの歴史を、シンクロして知ることができなかったので、現在からさかのぼり、想像するほかない。ドラムの脱退、メジャーからインディーズレーベルへの移籍、その他の様々な重い出来事を経て、「Cry Like a Monster」とそれ以前との楽曲には大きな変化が起きたのだろう。

「Cry Like a Monster」は、それまでの音楽性をベースに、もっともっとバンドの生身の痛みと覚悟を持って私に飛び込んでくるものだった。

もし私がバンドマンで、こんなアルバムを世に出せたとしたら、自分たちはとてつもないことをやり遂げたかもしれないと震えが止まらないんじゃないか、そんなことを妄想してしまう。

のあのわというバンドは、唯一無二だ。これからどれだけ大きくなってしまうのだろうと空恐ろしくなる程のものなのに。

それなのに、こんなとんでもないアルバムを残したまま、当の本人たちが、どこにも居ない。
 
アルバム「Cry Like a Monster」のラストの曲は『I AM HERE』

――――

長い道ずっと歩いてきた
荒野の中いつも選び続けた
誰にも知られずに生きてきた鼓動は 星を見つめていた

私がこの目で見てきたもの
そしてこの手で捨ててきたもの
傷だらけの体 汚れた心も
歩いてきたから

遠回りばかりでも 誰かじゃない私の道だった

ゆく先はきっと敗北だろう
ゴールまでずっと遠いだろう
それでも見てみたい景色は輝く
この胸の中に

旅は終わらない
この歌は止まない
最期の日に朝日が昇る
私の上にも
 
『I AM HERE』より

――――

幼い頃、きっと誰もが漠然と抱いていた「何者かになれる」という夢。

いろいろな出会いや経験をして生きてきて、今、大人になり思うのは、私は幼いころ夢に描いていたような「何者」かにはなれないだろうということ。

きっと、最後の最後まで、私は私以外のものにはなれない。

この歌は、それをわかっていてもなお、最期の瞬間まで夢を持ち続けたいと思わせてくれる。自分が選びとり、自分で歩んできた道は、私以外の誰のものでもない。それはとても輝かしいもののはずだから。

生きてきたもの、生きていくことへの、なんて強いエールなんだろう。

ひょっとしたらもう、のあのわは戻ってこないのかもしれない。
でも、のあのわの音楽は止まない、いつまでもここで私を照らしてくれる。

私の旅も終わらない。
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