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胸に、いざ。

Creepy Nutsがくれた言葉と、親友と、私と

私には親友がいる。

彼女に出会ったのは高校1年の春。
今まで聞いたことの無い苗字を名乗った彼女に「珍しい苗字だね」と声をかけた。
「いや人の事言えないよ」と私の名前を指さしながら笑った彼女は、「出会えたのってもしかして奇跡?」と今でも2日に1回は思ってしまうほど、似通った趣味嗜好を持った人だった。

毎朝顔を見るやいなや、お互いの好きなコンテンツについての会話が始まる。

彼女との最近の話題は専らCreepy Nuts。彼女が私に勧めてくれてからというものの、まんまとハマってしまい、歌詞の意味やこのサウンドがハンパない、という会話を繰り広げては盛り上がっている。

彼女とは入り組んだ話も結構する。特に進路の話。何になればいいんだろう、どこに行けばいいんだろうと真剣に悩み、進路に関する相談を何度もしている。

あるとき私は、その話をする流れで自分の将来の夢の話をした。

私には小学校の頃からずっとMVを作りたいという夢がある。誰かの心を動かしたり、もしかしたら誰かの人生を変えたりするかもしれない映像を作る。そんなことがしてみたい。それは今でも変わっていない。

その話をしたとき、彼女は私に「できるよ、絶対やんな」と言った。そのうえ、「私は実際あなたに変えられたところがあるし、そういう力絶対あるよ」と伝えてくれた。あれはきっと本気で思ってくれていた言葉だった。

彼女も私に夢を教えてくれた。

「私はライターになって、何だこの人の文!すごい!と思わせる文を書きたい。誰かに私の文で救われました、って言ってもらいたい。」

という夢だった。
彼女と私は夢まで少し似通っていた。

私はら本気で「できる」と思い、話し終わった瞬間に「絶対できるよ」と伝えた。

彼女は、どうしても勉強が上手くいかなかったとき、人間関係が拗れたとき、自分のことが大嫌いになったとき、誰よりも優しく、そして的確な言葉を与えてくれていた。
時に、私が生きる軸としているあるミュージシャンが紡いだ言葉よりも響く言葉を与えてくれた。
だからこそ本気でできると思った。

そんな彼女に
「あなた本当に背中を押す言葉をかける天才だね」
と言ったような記憶がある。
「そうかも、私天才かもしれない」
と彼女は笑っていた。
冗談ぽく言ってはいたが、あの時の表情はどこか本当にそう思っているような表情だった。

つい先日あった進路相談会。
私は映像を作る学校の説明会は受けたことがあったため、少し違うところも様子を見てみようと、映像と同じくらい大好きなメイクの勉強ができる学校の説明を受けに行った。

彼女はどこの説明を聞きに行くのだろう、とこっそり様子を伺った。
しかし、彼女が選んでいたのは、話していた夢の職業とは全く違う職業に就くことができる学校の説明会だった。

妥協していたのかもしれない。私と同じように、もう聞いたことのある話だったからやめたのかもしれない。少し様子を見ただけかもしれない。もしかしたらそれが本当にやりたい事だったかもしれない。
だけど。
あの時言っていたことは諦めてしまったのだろうかと、1人勝手に悲しくなってしまった。
どうしても、あの時教えてくれた夢を忘れないでほしかった。
本当に、彼女には人を変える力があると思っていたから。

そんな時思い出したのは、彼女が私に教えてくれたアーティスト、Creepy Nutsの「かつて天才だった俺たちへ」だった。

その歌詞の一節
「墓場に入るまで 後一体いくつ可能性の芽を摘んでしまうだろうか?」
が頭に過った。

芽は、自ら摘んでしまう可能性も、誰かに摘まれてしまう可能性も、どちらもある繊細で脆いものだ。
例えば、定期的に行われる職業の適性検査。担任と1対1になる進路相談。親との将来に関する相談。
それらはら時に私たちの芽を乱暴に摘もうとする。
「適正度A 事務職」「適正度E クリエイター」
「就職ったらだいたいこの辺になるよ」
「安定した職に就きなさいね」
「そんな夢持ってる人いっぱいいるよ」

「成功する可能性なんてあるの?」

わかってる。
乱暴だととらえてしまったが、それらが真剣に私たちのことを考えた上で言ったことであることも、それらが事実だということも。
だけど、まだやったことが無いことをあきらめる理由はどこにあるのだろう。

自分を"天才"だと過信することを、どうして悪にするのだろう。

もしかしたら、彼女はそれらに不覚にも芽を摘まれてしまっていたのかもしれない。
だけど、あなたの言葉のおかげでなりたいものを忘れずに、大切な芽を摘まれないように生きることができた私がいることを、何度も何度も救われた私がいることを、そしてこれからそんな人が増えていく可能性を秘めていることを、忘れないで欲しかった。

「何にだってなれたanother way
まだ諦めちゃいない」

歌詞の中では過去形だが、私たちはまだ「何にだってなれる」段階だ。
誰も進まなかった茨の道でも、誰かが通ったのにも関わらず茨の道のままの道でも、私たち"天才"は進むことが出来るんだ。
諦める理由なんてどこにもない。本当に。

もし、まだあなたが少しでも夢を忘れていないのであれば、どうかもう一度改めてこの曲を聞いて欲しい。
そして一緒に、まだ見ぬ高みへ、世間様の洗礼などを浴びながらも都合の悪いことはフルシカトで。
かつて、いや 今も天才である俺たちはどこにでも行けるんだ。

あなたが教えてくれたCreepy Nutsがくれたメッセージと共に、もう一度、将来の夢の話をしよう。

そして、一緒に、私たちが "天才" であることを世界中に知らしめてやろうじゃないか、
いざ行こう、親友よ。
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