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「平成理想主義の人」が、令和に目醒めるストーリー

ー 森鴎外に見出した、「宮本浩次」ソロ始動の意味 ー

「ちょっと舞台から降りて
 静(しずか)に自分といふものを
 考へて見たい
 背後(うしろ)の 何者かの面目を
 覗いてみたいと
 思ひ思ひしながら、
 舞台監督の鞭を背中に受けて、
 役から役を勤め続けてゐる。
 此処がすなわち生だとは
 考へられない
 背後(うしろ)にある 或る者が
 眞の生ではないかと 思はれる」
               - 森鴎外『妄想』

 宮本が敬愛してやまない森鴎外。鴎外を解せないオレだが、鴎外から影響を受けているという宮本の思考や思想に触れるべく、森鴎外記念館を訪ずれた。その真夏の昼下がり、惹きつけられた一節である。  
 鴎外の言葉と宮本の詞とが脳内を渦巻き、太陽がギラギラ照りつけるなか汗だくになって帰途についた。

 とらえ処のない自分自身。己の正体を付きとめようと自問自答する自分。宮本にとって、己の正体とは何者なのか。鴎外の一節と、照らし合わせた。

 ちょっと舞台から降りて
 静かに自分というものを
 考えてみたい。
 「エレファントカシマシ」の背後の
 何者かの面目を覗いてみたい。
 「エレファントカシマシ」の役を
 勤め続けているものの、
 「エレファントカシマシ」がすなわち
 生だとは、考えられなかった。
 背後にある何者か・・・・
 何者かとて、やはり自分自身ではあるのだ。
 ただそれは、
 少年の頃から歌うことが大好きで
 歌謡曲をも愛していた自分自身であった。
 それこそが、
 眞の生ではないかと思われたのである。

 最愛の人の死にふれ、病に倒れ、これから先の人生を考えた。「エレファントカシマシ」として、30周年の節目を迎えようとしている。その過程で、宮本が眞の生(自分の想い)を自覚し、湧き上がってきたソロ活動への衝動は、逃れられようのない宿命であったのかもしれない。

 舞台に立っている自分
 (バンド:エレファントカシマシ)
     ↑
     ↓
 背後にある何者か
 (ソロ:宮本浩次)

 宮本のソロ活動に対し、オレ自身はなんとも言い難い違和感に囚われていた。ソロ活動に至った経緯や心境をインタビュー記事で目にしても、すんなり受け入れられなかった。しかし、鴎外の一節に出会ったことで、宮本浩次がなぜソロ活動に踏み切ったかに、ようやく合点がいったのである。

          *****

 冒頭の鴎外の一節を借りるなら、舞台に立っている自分も、背後にある何者かも、まさしく宮本浩次、その人自身。エレファントカシマシとしての活動と、宮本の意を決したソロ活動とは、『新生エレファントカシマシ』という車の両輪のようなものである。
 と、オレは結論付けたかったが、どうも、宮本先生が、そうはさせてくれないのである。
 9月19日放送の『SWITCHインタビュー』で、
 ≪拠点は歌、拠点は宮本浩次自身。≫
と、心の内を吐露した宮本。
 宮本よ!驚愕したじゃぁないか。やめてくれ!論理破綻だ。宮本よ!「エレファントカシマシ」が拠点であり主体じゃないのか。
 舞台上の「エレファントカシマシ(バンド)」と、その背後何者かである「宮本浩次(ソロ)」とを、舞台から降りて眺めやっているのは宮本浩次、そして、舞台監督して鞭をふるっているのも宮本浩次その人というわけか。ならば、「エレファントカシマシ(バンド)」と「宮本浩次(ソロ)」は、『エレファントカシマシ』の両輪ではなく、主体『宮本浩次』の両輪というわけだ。
 まったくもって、度肝を抜かれたゼ。新月の晩、オレは呆然としたまま、鳴り響く虫の音にのみ込まれていった。

          *****

 デビュー以来30年、舞台には「エレファントカシマシ」だけが立っていた。人生の節目を迎え自問自答した末に、「宮本浩次」は、ちょっと舞台から降りて舞台上の「エレファントカシマシ」を眺めやった。そして、「エレファントカシマシ」の背後にあった何者かの正体を突き止めると、それもまた「宮本浩次」であった。

 冒頭の鴎外の一節には、次のような続きがある。

「併しその或る者は
 目を醒まさう醒まさうと
 思ひながら、又しては
 うとうとして眠ってしまふ。
 (中略)
 こんな風に舞台で勤めながら
 生涯を終るのかと思ふことがある。」
                - 森鴎外『妄想』

 30周年の節目を迎えるまでに、すでにソロへの萌芽はあった。
「善し悪しを別にして、僕は自分の好きなリズム感みたいなのを持ってますから、僕の歌とリズムだけで成立してしまうんですよ。『だったらソロでもいいんじゃないか』とかって考えてしまって、でもそこまで踏ん切りがつかない自分もいると。」
        -2004年JAPAN・『風』リリース時

「平成理想主義の人いつ目醒める事やら?
 いつまで寝たふりするやら?」
   -アルバム『風』収録・『平成理想主義』
                    (2004年)

「宮本浩次」は、うとうと眠ってなんかいられなかった。「エレファントカシマシ」という役だけで、生涯を終えようとしなかった。
 2004年からというと、ソロ始動まで悠に15年経過している。『風』に至るまでにも、1998年アルバム『愛と夢』のデモテープや、『ガストロンジャー』収録の2000年アルバム『good morning』において、宮本の打ち込みで音源を完結させたときのように、「エレファントカシマシ」の背後にある「宮本浩次」がひょっこりと姿を現したこともあった。(遡れば、エピック期の『生活』から『エレファントカシマシ5』までも、ある種ソロっぽくあったと、後に宮本は述懐している。)

 宮本浩次という男は、昔から何時だって戦っているのだ、自分や自分の歴史とも。ソロ始動に至るまでの長い年月を思えば、宮本の迷いや葛藤は相当のものであったはずだ。

「オレは何なんだ、一体何者なんだ?」
             -『ハロー人生!!』(2003年)

「オレがミツメテるのはバケモノと決まった!!
 オレ、オマエのまわり恐る恐る辿ってまわってまわった。」  
              -『生命賛歌』(2003年)

「結局ひとり芝居の 心の生贄だった
 愛すればこそ俺は強く求めよう 
 今以上の俺を
 ただあるべき場所へ帰れ
 さらば俺に帰ろう」 
              -『心の生贄』(2003年)

「今あるこの自分が俺の全てだなんて思ひたくはなかった」 
      -『すまねえ魂』(2006年)

「いくつもある勝利への道筋なら
 裸の中本当の自分を見つけろ」 
  -『我が祈り』(2012年)

平成に生み出された楽曲の随所に、宮本の迷いや葛藤が滲み出ている。夢や希望を高らかに歌ってヒット曲を生み出しもしたが、宮本の平成は、苦悩と自問自答の連続だったであろう。
 そして、その平成が終わりを告げる頃、長年の自問自答を繰り返した末に「宮本浩次」はしっかりと目を醒まし、「エレファントカシマシ」から己を解き放った。

 そして、令和の幕開け。

「しばられるな! 解き放て、理想像
 胸の奥の宝物
 ぶっ! ぶっ! ぶっとばせ!
 ゆけ! 解き放て! 我が心の新時代」
       -『解き放て、我らが新時代』(2019年)

 「平成理想主義の人」たる宮本が寝たふりをやめ、令和に目醒めるというストーリー展開も、また、乙なものである。宮本は、己の変革と時代の変革とを計っていたのか・・・。甚だ疑問ではある。しかし、平成から令和という時代の変遷期に、ソロ始動した絶妙なタイミングが、舞台監督「宮本浩次」の仕組んだ演出だったとしたら、なんとも粋である。
 ソロ活動は、始め『散歩中』と銘打っていたが、益々固まる決意と自信で『独歩』に転じ、「宮本浩次」は力強く高く「エレファントカシマシ」から羽ばたいた。【歌が大好きな少年の延長】というには有り余る程の存在感を呈し、「エレファントカシマシ」を凌駕しそうだ。軽々と雲を超え、あっという間に天を突き破りそうな勢いである。
         *****

 その「宮本浩次」を内包している「エレファントカシマシ」なのだから、言うまでもなく、スゴイに決まっているのである。
 事実、今宵開催された日比谷野音は、「エレファントカシマシ」が「エレファントカシマシ」たることを証明するかのような、ライブパフォーマンスを炸裂させた。エピック期の激渋の曲をふんだんに盛り込んだうえ、ポニーキャニオン期以降の代表曲をも存分に聴かせてくれ、デビュー以来長年の活動を総括した「此処にエレカシ有り!!!」というべくセットリスト。
 揺るぎのない自信に満ち溢れたバンドサウンド、変わらず美しい4人の佇まいに、涙で目が霞んだ。息遣い、拍子の取り方、呼応するサウンド。宮本の一挙手一投足を見逃さず、宮本の呼吸やリズムに合わせて、自在に如何様にも変化するバンドメンバー。また、パワーで宮本を組み伏せることはせず、伸びやかな宮本の歌声を最大限に活かし、宮本の魅力を彩っていた。
 宮本のソロがどうだこうだなんて理屈は不要。宮本のソロ活動を経た「エレファントカシマシ」は、バンドと宮本ソロの融合でもない、『新生エレファントカシマシ』でもない。
 日比谷野音のステージには、孤高のロックバンド「エレファントカシマシ」だけが君臨していた。
 30年来ずっと第一線を張ってきた舞台役者が、背後に居てようやく目醒めた輩になんか、やすやすと舞台を明け渡すわけがないのだ。舞台には、ソロ「宮本浩次」の出る幕はなかった。
 こいつぁ、ソロ「宮本浩次」が、バンド「エレファントカシマシ」に太刀打ちできる日なんて来やしねぇぞ。おい、宮本。戦う相手に、馬鹿でかいもん選んじまったなぁ。まったく、宮本という男は。

       *****

 ≪拠点は歌、拠点は宮本浩次自身。≫
 拠点は「エレファントカシマシ」に非ず。平成の長きにわたって、繰り返された苦悩や自問自答の道のりを推し量れば、宮本の心に湧き上がってきたソロ活動への衝動は、何者であっても止めることは許されず、尊重すべきなのだ。
 鴎外の言葉と、宮本が吐露した胸の内を幾度となく反芻しながら、宮本のソロ活動に、オレはようやく自分なりの答えを見出した。気付けば、中秋の名月が欠け始めていた。

 さあ、コンサートのたびに宮本が幾度となくオレたちにかけてくれた言葉を、今度は、オレの方から言わせてもらうぜ!
 「宮本、勝ちに行こうぜ!!」
 「宮本、ドーンと行け!!」

  ≪拠点は歌、拠点は宮本浩次自身。≫
 宮本先生ご自身がそう仰るなら、この先どのように道を切り拓き、どのような高みに到達するのか、≪大スター≫になったと先生ご自身が納得されるその日まで、とことん見届けようじゃぁないかと腹を括った次第である。
 
≪ ≫内:Eテレ『SWITCHインタビュー 達人達』
【 】内:NHK総合『SONGS』 
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