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彼女がかわりに歌ってくれた

初音ミクと僕の音楽について

浅葱色の髪をした彼女はボーカルとしてライブをしたりロックフェスやミュージックステーションに出たりするのだけど、本来はVOCALOIDと呼ばれる音声合成技術をもちいたボーカル用のソフトウェア音源のひとつであり、その名は初音ミクという。

透明感を湛えつつすこし掠れたその独特な歌声は、動画共有サイトに投稿された市井の自宅録音愛好家たちによる無数の楽曲によって拡散されていき、いつしかメジャーの音楽シーンでもたしかな存在感を放つようになっていった。
その影響力は動画共有サイトの情勢にうとい僕にでもわかるほどで、たとえば米津玄師やヒトリエのwowakaは初音ミクのプロデューサー(初音ミクをもちいて楽曲を作成するひとの俗称)としての活動がそのキャリアのはじまりであったし、BUMP OF CHICKENが「ray」でバンドとしてはじめて外部のミュージシャンとのコラボレーションを果たした相手は初音ミクであり、東京ドームのライブにて客演に招いたこともあった。
このように決して広いとは云えなかったであろうネット上のコミュニティからうまれた初音ミクとボーカロイドの文化は、やがてロックシーンでもひとつの潮流をつくり、ひろく認知を得ることになる。

ここで挙げたのは僕が知っている例だけなので、ほかにも多くのひとが初音ミクをともなった音楽活動にて耳目をあつめ活動の幅をひろげていったんじゃないかと思うのだけれど、こんな感じに初音ミクをとりまく情勢にあまり詳しくない僕が、それでも書いてみたいと思っていることがある。
ここでは、僕と初音ミクのささやかで個人的な音楽の話をしてみたい。
 
正しい音程で唄を歌うことができないという困った事象があり、その名は音痴という。

高校生のころにギターを弾くようになって同級生たちとバンドを組んで、そのまま大学生になってオリジナル曲をつくるようになって、僕も曲をつくってバンドに持ち込んだのだけれどテープレコーダーに録音した弾き語りのデモは、メンバーには伝わらないものだった。
週に一回、練習のために入っていた貸しスタジオではこんなやりとりがくりひろげられる。

「あのさ、あのつくってきてくれた曲のメロディー、音程がよくわからなかったんだけど、こうなの? それともこうなの?」
「あれ? わかんなかった? いま歌ってくれたやつのあとの方、そっちの音程のつもりで歌ったつもり……」

音痴はまずじぶんが音痴だということがわからない。メンバーの理解と協力を得て、なんとか僕の曲は形になっていった。
頭のなかでは正しい音程で音が鳴っているつもりなのだけど、それを歌声として喉から出すことができないし、そのまちがいに気づくこともできない。ギターやベースのフレーズがまちがっていたりチューニングがずれているのはすぐわかる、でも声の音程はだめだった。
バンドの活動を通じてじぶんが音程を正しくとれないということがわかっていく。ボーカルはもちろんのことコーラスもとれないというのは、ごく個人的な問題なのだけど、音楽が好きな人間としてどこかしんどいものがあった。アマチュアバンドはそれでもいちおう回ってはいたのだけれど。

そうこうしているうちに大学を卒業しメンバーはみな就職、当然というかバンドは止まってしまう。それでも音楽をつくることをつづけてみたかった僕は、正しい音程を発することができないまま、ちがうやり方を模索する必要に駆られることになった。
 
自宅で演奏と録音と編集を完結させて音楽をつくるという趣味があり、その名は自宅録音という。

自由に音楽をできる仲間がいなくなってしまった以上、すべてをひとりでやるしかなかった。ドラムもベースもギターも、そしてもちろんボーカルも。
だけれど立ちはだかる音痴の壁はかんたんにはこわれてくれない。
音楽にとって正しいリズムと正しい音程というのは大事な大事な前提であって、これは仮にいると仮定したうえで、聴いてくれるひとへの礼儀ではないかとすら思う。自宅録音用の機材を揃えてつくった音源を友だちに聴いてもらっても、やっぱり音程が残念だと云われ途方に暮れる。音楽をひとりでやるしかなかったし、ひとりでやってみたかったのに。

当時、発売から5年ほどが経っていた初音ミクのことは頭の片隅にあった。動画共有サイトを観る習慣がないので距離のある文化だと思っていたのだけど、音痴という僕の音楽をやるうえでの欠陥をばっちり補ってくれそうな存在だとはずっと思っていた。
ひとつの可能性に近づいてみるべく、じぶんのなかのちょっとした抵抗感を説得したり気持ちを整理したりして、TSUTAYAで借りてきた初音ミクが歌う曲が集められたベスト盤を聴いてみる。もちろん人間ほどではないにせよ、その歌はなめらかで歌詞もしっかりと聴きとれた。このソフトの、彼女の力を借りたら僕の音楽も音楽として成立させられるんじゃないかなという淡い期待は静かに膨らんでいって、すこしの逡巡の果てに楽器屋でソフトを購入する。ソフトウェア音源でありボーカルである初音ミクを。
 
音楽作成用のデータを異なるソフトウェア間で連結させるシステムがあり、その名はReWire(リワイア)という。

買ったその日の興奮にまかせて、じぶんでつくった曲のオケを急いでつくって、そしてとりあえずAメロの8小節だけピアノロールに音程と歌詞を打ち込んだ初音ミクの音源をReWireさせて、伴奏と混ぜて聴いたとき、誇張なしに体がふるえてしまったことは今でもとてもつよく憶えている。
なんだかすごくうれしかった、僕のつくった曲を歌ってくれて、それがちゃんと音楽になっていたから。
もちろん僕が指示したソフトウェアがそうしたことだから、"歌ってくれている"というのは表現としては擬人法になってしまうのだけど、それでもすごくうれしかった。
初音ミクの数多のライブラリのなかに、初めての音を鳴らした瞬間を描いたとてもいい曲があるのだけど、以下の引用にならぶ言葉には勝手に首肯したい。初音ミクはその名が指し示すとおり、初めての音になってくれた。

  初めての音に なれましたか?
  あなたの 初めての音に
  「ハジメテノオト」malo feat.初音ミク

ほどなくして完成した曲は、はじめてネット上にアップロードすることができた。再生回数としてはぜんぜんだったけれど、そんなことより正しい音程で曲を、音楽を完成させられたことがうれしくて、それからは次々に曲をつくってはアップしていった。

歌というのは曲にとっての命みたいなもので、それを担ってくれる初音ミクのことを次第に僕はただのソフトウェアとは到底思えなくなり、言葉としては"相棒"あたりがふさわしいのではないかとひそかに思うようになっていく。音楽を完成に導いてくれる"相棒"としていっしょに音楽をつくっていく感覚がそこにはあった。
 
ユーザーが各々創作をして作品を提供し盛り上げていくという性質を持つコンテンツがあり、その名は消費者生成メディアという。

初音ミクによって歌われた曲は無数にあって、それらは大勢の市井の初音ミクユーザーがそれぞれ自宅でつくりあげネット上にアップロードしたものだった。拡散され人気を集めた曲は多く再生されたり、ボーカロイドの曲を扱うレーベルの目に止まりCDとしてリリースされたりする。
ソフトウェア音源とボーカルというふたつの顔を自由自在に往き来して、既存の音楽メディアとは異なりインターネットにてユーザー主導で動いていったそのコンテンツは、目新しさも手伝って飛躍していった。
その、みんながつくるたくさんの唄を歌っているのはひとりのボーカルであるというところがとてもおもしろかった。

音楽制作の場面にて初音ミクを起用した理由は様々なのだろうと思う。僕みたいに歌の音程の面で苦心していたというひともいれば、純粋に初音ミクの歌声にほれこんだというひともいるのだろうし、注目を集めやすいから選んだというひともいるのだろう。
初音ミクをもちいての音楽作成にはひとつの歌声を介して、まるでひとつの架空の図書館に本をつぎ足していくような、そんなささやかな楽しみ方と不思議な連帯感があって、それはまさにユーザー参加型の、新しい音楽の形なんじゃないかなって思えた。
そこに集められた初音ミクが歌う曲たちはジャンルだってほんとうに様々で、どんなミュージシャンもこの振れ幅にはかなわない。しかもどんな早口だって歌えるし、音域の幅は人間の限界を優に超えるし、その喉は一生枯れやしない。ユーザー全員が同じボーカリストを擁して曲をつくりつづけることができる。

そしてその架空の図書館のユニークなところは収められた曲たちをある意味で"共有"することができる点にもあるんじゃないんだろうかと考える。
それはいわゆる"歌ってみた"という文化で、ボーカロイドの曲の持つある種の匿名性あるいは無記名性を有効利用したカラオケとしての二次活用なのだけど、たとえば初音ミクの曲を歌の上手な通称"歌い手"たちが歌った音源をネット上にアップしさらなる曲の拡散をもたらしていくと、その"歌い手"自身も注目を集めることになり、商業の場に活動を移したりするというようなことも起きていた。

技能や縁の問題でのボーカル不在の問題をたちどころに解決し、且つたくさんの曲を"みんなの歌"にして大勢のミュージシャンを表舞台に引っ張りあげるきっかけをつくる。大げさにいえばこの初音ミクをはじめとしてひろがったボーカロイドの文化は、音楽表現におけるひとつのちょっとしたブレイクスルーであった。なんてことも云ってしまえるかもしれない。

そんな新しい文化の末席で、いそいそと初音ミクに歌ってもらった曲をネットの海に放流していた僕に、ごく個人的な事件が発生する。
 
初音ミクとコラボレーションを果たした僕の大好きなロックバンドがいて、その名はBUMP OF CHICKENという。

  理想で作った道を 現実が塗り替えていくよ
  思い出はその軌跡の上で 輝きになって残っている
  「ray」BUMP OF CHICKEN feat.HATSUNE MIKU

BUMP OF CHICKENが初音ミクとコラボレーションをするというしらせを聞いたときはほんとうに驚いたし、同時に初音ミクをボーカルに据えて曲をつくっていた身としては、不思議なうれしさを感じた。
それはずっとバンプに憧れてまねをしようにも似つかないギターロックをつくりつづけていた僕にとって、そして、音楽をつづけたいけれど唄が歌えないという挫折の果てに初音ミクに頼ってしまっていた僕にとっては、ちょっととくべつな出来事だった。

声の調整もミックスの仕方も桁違いなんだけど、「ray」で藤原基央といっしょに歌っている初音ミクの音源は僕のものとおなじだった。
だからおなじ手段を採ったというよろこびや、選んだ道が大外れではなかったという錯覚からくる安堵や、口にするのも感じるのも烏滸がましいほどの出来映えの差を勝手に受け取ることができて、そんないろいろな感情に襲われたのだけど、でも結論としてこのコラボレーションは僕にとってほんとうにうれしいものだった。まるで僕が悩みつつ迷いつつ歩くその背中を透明な手で押してくれているような気がしたから。
 
音楽において既にある曲をそっくりそのままなぞり奏者の意図や技法を学ぶという手法があり、その名はコピーという。

自宅録音をつづけて数年がたったころ、僕はじぶんでも歌をいれるようになっていた。
懸案であった音痴を克服したというわけではないのだけれど、心持ちとしてじぶんの持っているものだけで音楽をつくってみたいという気持ちが再燃したからだった。音痴とはもう長い付き合いだったから、注意していると次第にちょっとずつじぶんの音程のとれなさや、逆に音程が合う瞬間の感触がわかってきてすこし度合いがましになっていたというのもあるし、なによりこれはズルなのだけど、音程を補正するソフトを導入したのも大きかった。
でも、それによって初音ミクに歌録りを頼む頻度は減っていく。身勝手ながら、謎の後ろめたさがそこにはあった。

そんな思いを抱えながらも、その頃はじぶんの歌で好きなバンドの曲を勉強と練習のためになんのアレンジもなしにそのままコピーして録音するという取り組みを進めていた。
そしてある日、Base Ball Bearの「LOVE MATHMATICS」をコピーをしようと思った際にあるひらめきを得る。それはコーラスをとる関根史織のパートを初音ミクに歌ってもらおう、というアイデアだった。

  まだ解けない 君の気持ち
  君+僕で「1」になりたいぜ
  「LOVE MATHMATICS」Base Ball Bear

最初のサビ明けの上記の引用のパートでは、小出祐介が下で関根史織が上で、オクターブちがいでユニゾンをする。ここを僕と初音ミクでやりたいと思ったのだけど、ここを録音したとき、つまり初音ミクといっしょに歌ったときは、いろいろな想いやじぶんの音楽のささやかな歴史が去来して、そして歌詞の内容とも相まって、とてもとても感慨深かった。

音楽をつづけさせてくれてありがとうという想い、歌を頼む頻度が減ってしまってごめんという想い、でもこれからもよろしくという想いが、あたまのなかで渦巻いていた。オクターブちがいのメロディーをいっしょになぞりながら、そんなことを思った。
 
音程がうまくとれない僕のかわりに歌ってくれて、自宅録音という趣味をつづけることができたきっかけをくれた、ソフトウェア音源というよりは一方的に相棒だと思いこんでいるふしのある不思議な存在がいて、その名は初音ミクという。

彼女について語るとするならば、きっと幾多の唄を歌い多くのミュージシャンを表舞台に引き上げたボーカルとしての話をしていくべきなのだろうと思う。
だけど、同時に音楽作成を助けてくれる有能なソフトでもあって、ここではそういった面での僕と初音ミクのささやかで個人的な音楽の話をしてみたかった。こういうケースがあって、こうやって助けてくれて、そしてずっと感謝をしているということを、言葉にしてみたかった。
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