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"正解"と"間違い"の狭間で。

決断の先に見た、SUPER BEAVERの勇姿。

何かを決断する時は、いつだって勇気がいるものだ。昨今のコロナ禍では、特に"決断すること"が必要とされてきたように思う。それは事の大小を問わず、あえて友人や恋人に会わない、検温をしながら働く、出社せずに出来るだけリモートワークをする、大人数での飲み会やパーティーをしない、映画館やライブハウスの営業自粛、飲食店の時短営業など。個人の決断、店の決断、会社の決断、地域の決断、国の決断。新型コロナウイルスの流行に伴い、立場の違う人間による様々な決断が成されてきた。だが、誰かからすれば正解だと思う決断も、他の誰かにとっては間違いだと感じることがあり得る。その解釈の違いは、時折とても微妙で難しい。

私は、この数ヶ月間、自分の為に、家族の為に、周囲の人の為に、出来る限り家の中で生活をしてきた。だが、緊急事態宣言も明け、徐々に緩まっていく世間の風潮に、自分も少しくらいなら外に出て遊んでも良いのではないかという気持ちと、一方で、もし自分が感染して周囲の人にも迷惑をかけてしまったら怖いという気持ちが錯綜するようになった。閉じこもった私の部屋には、未知のウイルスや未来への不安、この閉鎖的な生活へのストレスが捌け口もなく溜まっていった。そんな中、光のように入ってきたのは、私の大好きなバンドであるSUPER BEAVERが、8ヶ月ぶりに有観客でライブを行うというニュースだった。

SUPER BEAVERとの出逢いは3年前に遡る。当時から邦ロックが好きだった私は、インディーズバンドの曲を片っ端から聴く事が毎日の楽しみだった。ある日、ふと見たライブ映像に4人組のバンドが映っていた。ふらふらとステージの中央に現れたボーカルらしき男性が、オーディエンスに対し畳み掛けるように叫んだ。

「レペゼンジャパニーズポップミュージックフロムトーキョージャパン、SUPER BEAVERです。宜しくお願いします。」

この一言を聴いた瞬間、自分の目の前にロックンロールスターが舞い降りたかのような感覚を覚えた。言い換えるなら雷に打たれたような衝撃。どの曲を聴いても、胸を打つ歌詞と耳に残るメロディに鳥肌が立ちっぱなし。ボーカルである渋谷龍太さんは、黒いスキニージーンズを履いた折れてしまいそうに細い足で軽快にステージを動き回り、どんどん会場を盛り上げていく。そして、そんな渋谷さんを取り巻くメンバー3人にも目を移すと、ギターをかき鳴らす柳沢亮太さん、身体全体でリズムを取ってベースを弾く上杉研太さん、前3人を支えるようにどっしりと構えてドラムを叩く藤原"29才"広明さん(当時)の姿があった。4人が一人一人の個性を出しながらもまとまりがあり、ロックバンドとしてSUPER BEAVERは、ただただかっこよかった。一瞬で虜になった。

衝撃を受けた3年前のこの日から、ずっと私はSUPER BEAVERが好きだと公言してきた。いつも必ず胸の中にあるのはSUPER BEAVERの曲だった。

"誰かにとって「たかがそれくらい」の ありふれた歓びでも 嬉しいと思えたら 特別じゃない今日はもうきっと 美しい 美しい日なんだよなあ"
(美しい日/SUPER BEAVER)

SUPER BEAVERの歌詞は、いつでも私を鼓舞してくれた。また、苦しい時や辛いと感じた時は、渋谷さんのMCを聞くと心が救われた。

今年に入り、日常生活や人の行動に対する感じ方は異様なほど変わってしまった。外出すれば暑い季節でも、マスクで顔を隠した人とすれ違う。マスクをせずに咳をする人や立ち話をする人がいつも以上に嫌に感じる。みんな何を楽しみに生きているのかと考える。「密」という言葉があちらこちらで言われるようになり、ニュースでは毎日のように感染者数が発表された。ライブやフェスに行く事が一番の生きがいだった私は、音楽を浴びる事が出来ず空っぽになってしまった自分自身の心に必死で渋谷さんの言葉を入れ、SUPER BEAVERの曲を聴き続けた。

4月。SUPER BEAVERがメジャー再契約を発表。7月には配信ライブも開催した。私は、久しぶりにライブをする4人の姿を見られることが、ただ嬉しかった。だが、画面の中の4人は無観客という不慣れな形や観客を目の前にライブが出来ない悔しさ、行く先の見えない未来に悩んでいるように見えた。その姿を見て、私は自分の胸の奥が狭まるように痛むのを感じた。

8月。《SUPER BEAVER、日比谷野外大音楽堂にて有観客で単独ライブ開催》。そのニュースが流れてきた時、飛び上がるほど嬉しかった。しかし、瞬時に思った。

「行きたい。生でSUPER BEAVERの曲を聴きたい。…でも、行っていいものなのか。」

私が住んでいる所から日比谷に行くには、電車や新幹線を乗り継ぐ事が必要不可欠だ。勿論、徹底した対策をして向かう事もできる。だが、あくまで今はコロナ禍真っ只中。色々な思考が頭の中を駆け巡った。この有観客ライブは同時生配信という形も取られていた為、自宅から観るか実際にライブに行くか選択が出来るようになっていた。自分に問う。行くべきなのか?

悩んだ末に私は、生配信チケットの購入ボタンを押していた。

自分の為、周囲の人の為、今回は行かない事が最善だと思った。だが、ライブの日が来るまでの間、行きたいという気持ちが拭いきれなかったのは事実だった。空っぽの心は、早く生で音楽を浴びたいのだと強く主張してくる。そんな時は、同じくSUPER BEAVERを愛していて、生配信で観る事を選んだ人のコメントを沢山読んだ。日本各地でみんな行きたい気持ちを胸に、配信を観るのだ。そう思うと、どこか心強く感じた。SUPER BEAVERが、「それぞれの場所で楽しくやろう」とTwitterに書いていた事も読み返して、自分の決断に納得する事を繰り返した。

10月3日。ライブ当日。スマホの画面をテレビに映し出し、18時前から待機。夕日の暮れた日比谷野外大音楽堂には、多くの観客が訪れていた。その様子を観た時、私の心は妬むでも悔しがるでもなかった。私もその空間に一緒にいるような気がして、とても嬉しくなったのだ。みんなSUPER BEAVERが大好きだという事を、そこに漂う空気が示しているような気がした。お馴染みのSUPER BEAVERの垂れ幕が掛かったステージに、逸る気持ちを抑えながら、じっと待つ。まるで耳のすぐ横に心臓があるかのようにバクバクと脈を打つ音が聞こえた。

ステージに出てきたSUPER BEAVERは、あまりにも綺麗で、神々しかった。そして、あの日と同じようにロックンロールスターだった。スポットライトを跳ね返す4人の瞳がきらきらと光る。渋谷さんの歌声を聴くうちに、私の目からは涙が溢れた。

あぁ、私、ちゃんと、生きてる。

強く、そう感じた。涙は止まる事なく溢れ続けた。この8ヶ月、思い返せば長い時間。孤独に耐え、絶望を感じた夜をいくつも越えた。生きた心地がせず、私は何の為に生きているのかと考えたこともあった。それでもここまで生きてきた。その想いが、SUPER BEAVERメジャー再契約第一弾シングルの『ハイライト』の歌詞と重なる。

"僕らの人生に 咲き誇り続ける 語り続けたくなる ハイライトを おかげで今がある だから今日も生きている そう言いたくなるような ハイライトを 歓びだけじゃない 悔しさ 哀しさも 怒りも 虚しさも"
(ハイライト/SUPER BEAVER)

嬉しい時も辛い時も、これまで経験してきたどんな瞬間も、私の人生においてのハイライトなのだ。だから今日も生きている。それがどれだけ素晴らしい事か、ライブを観ながら何回も噛み締めた。この時、私の目の前にあったのは冷たいテレビの画面ではなかった。スポットライトに照らされた、SUPER BEAVERの熱いステージだった。

割れんばかりの拍手が何回も会場を包み込む。渋谷さんはMCで、ライブができて嬉しい事や、この8ヶ月間で自分が何者かという事まで考えたという話をしてくれた。その中で、特に私の心に止まった言葉がひとつある。

「自分達がどんな風に活動するのが正解で、何を行動するのが間違いでっていうのもやっぱり分からなかったけど、でも今日やってよかったってまじで思ってる。本当に思ってる。」

この言葉を聞いた時、今回のライブを有観客で行うべきなのか、SUPER BEAVERの4人は考え抜いたのだろうと思った。まだコロナウイルスがある中で、人を集めるべきなのか。全国のファンと自分達にとって一番良いのは、どの選択か。おそらく、考えの末にSUPER BEAVERは有観客という形で、このライブを開催したのだろう。それは、彼らの"決断"だったと思う。勇気も覚悟も必要だったに違いない。だからこそ、SUPER BEAVERは自分達のその決断に、確信を持っているように見えた。

私の頭に、冒頭に書いた一文が浮かんだ。

"何かを決断する時は、いつだって勇気がいるものだ。"

私も立場は違えど、悩んだ。このライブ、行くべきか行かないべきか。どちらが正解で、どちらが間違いなのか。誰にも分からない事が、このご時世には多すぎるように思う。ならば、どうするか。

自分が一番ベストだと思う答えを信じて、覚悟を持って決断するしかない。

自分が後悔しないようにでもいい、大切な人の事を想ってでも良い、過去や未来の自分に胸を張れるようにでもいい、理由は何だって良い。(もちろん、自分の決断で周りの人に迷惑をかけないという事は前提である。)

私は今回、自分にとって今一番ベストだと思う選択をした。それは確かだった。そして、渋谷さんの先の言葉を聞いた時に、自分が信じたこの決断は間違いではなかったのだと心から思えた。これは人それぞれ、行く決断をした人も正解だっただろうし、行かない決断をした人も正解だっただろう。人によっては、どちらかの決断を間違いだと言うかもしれない。だが、日比谷野外大音楽堂に集まった人も、全国で生配信を観ていた人も、みんな間違いではなかったはずだ。みんな勇気ある"決断"をした。

そして、日比谷野外大音楽堂にて有観客でライブを行うと決断し、成功を収めたSUPER BEAVERは本当にかっこよかった。

有観客と無観客、どちらが良くて悪いかなんて一概には言えない。どちらもメリットとデメリットはある。すぐにこの世界が変わる事はあり得ないから、これからも、SUPER BEAVERを含め様々なバンドが無観客ライブも実施するだろう。

ただ、この日比谷野外大音楽堂の夜が特別なものだった事は確かだった。私は、その場にいる事は出来なかったけれど、目の前の〈あなた〉との一対一の対峙を大事にしてきたSUPER BEAVERが、観客の前で楽しそうにオンステージする姿は、確かに私に生きる希望を与えてくれた。

覚悟を持って決断した先にあるのは、いつだって凛々しく勇気ある姿だ。

私は、この日のSUPER BEAVERの勇姿をずっと忘れない。
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