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それ、すなわちROCK

NUMBER GIRL再結成によせて

 2019年の2月に突然、17年もの沈黙を破り再結成を果たしたナンバーガールという名のバンドがいるわけだが、もちろん僕はそのバンドを生で見たことなんてなかったし、彼らの音楽だってまともに聴いたこともなかった。ただロックにうるさいジジイや周りの音楽フリークスがやたらとその再結成を騒ぎ立てている、そういう印象だった。第一印象としては最悪なものだったと思う。そういうフリークスが騒ぎ立てるような音楽は往々にして僕に退屈や苛立ちをもたらすのだ。
 
 RISING SUN ROCK FESTIVAL 1999、細い銀縁メガネを掛けた冴えないおっさんがサムネイルの動画。意味の分からないMCをするおっさん。なぜか沸き立つオーディエンス。おっさんは最後にこう言った。

 「そう……それがたとえば透明少女」

 泥臭い音楽なんて流行んねえのだ、そもそもの話。みんな漂白され真っ白できれいな音楽が大好きで、部屋の中でなぜか死にそうになりながら頭を振って発狂しそうになっているのなんて僕くらいのもんなんだ。音楽ってのはそういうもんで、みんな一秒後には一秒前の音楽なんて忘れて、また替えの利くインスタントな音楽ばっかり聴いて、それで満足している。何度も何度も何度も同じ曲をループさせて涙流しているバカなんて、僕くらいなもんなんだ。

 鉄を切るような鋭いギターの音が響いて、振り回すようなベース、地響きのようなドラム。そうして銀縁メガネのおっさんは冴えない顔をそのままに、レッドのテレキャスターをギャンギャン弾き倒し、歌詞なんてほとんど聞き取れない歌を歌う。

 意味が分からなかった。

 ハンマーで殴られた人間は、その痛みと、後頭部から流れる血を認識して、初めて自分は殴られたと認識するのだ。僕は今殴られたのだ。四人の人間に、音楽で殴られたのだ。しかし僕はまだその痛みを上手く形にできていない、血を認識していない。僕の中にはただ混乱と焦りと動悸だけが残される。

 今のは一体なんだったのだろう。四分弱の映像の中に、一体なにが詰め込まれていたのだろう。

 僕はその戸惑いを抱えたまま、またその動画を再生した。何度も何度も再生した。相変わらず聴き取れない歌詞、泥臭いロックの形、鳴り響く金属音のギター。
 
 何回聴いたときだったろう。何回目なんて忘れた。十回かもしれないし二十回かもしれない。百回かもしれない。もしかしたら、一回目ですでに気づいてしまっていたのかもしれない。

 僕はつまり、そのときに気がついたのだ。そういうことだ。その気づきが一体何物なのかなんて誰にも分からない。僕にも分からない。神様にだって分からない。そういう形の意味不明な何物だ。しかし僕はその何物に気がついたのだ。そうだ! つまりこれこそ、音楽なのだ! と、僕はそのとき思ったのだ。鋼のギターと轟音と、冴えないメガネと透明少女と、そういったものがグルグルと渦巻いて身体の中を駆け巡って、それこそ天啓みたいなもんで、僕はその特別に気がついてしまったのだろう。
 
2020年は2月22日、僕は仙台にいた。ナンバーガール逆噴射バンドツアー仙台PIT公演。僕は運よくそのチケットを手に入れられたのだ。

 ステージ最前線よりやや後ろ、やや右。僕みたいな人間どもに囲まれて、TelevisionのMarquee Moonが鳴り、彼ら四人がステージに現れ、早速その轟音を僕らに投げかけてきた。

 一瞬で沸くフロア。人間どもとおしくらまんじゅうをしながら、僕もその轟音の中で必死に手を上げ、叫び、歌い、汗を掻き、顔を歪ませた。

 不思議なものだ。僕は一人で画面の前で、彼らの音楽を聴いていたはずなのに、泥臭い音楽なんて流行らないし、リアルの友人にナンバーガールなんて名前を出しても首を傾げられるのに、今この瞬間は、僕みたいに画面の前にかじりついて『何物』に取り憑かれて必死にチケットを取ってバカみたいに雄叫びを上げて汗を掻いてなにかを必死で掴もうとする人間ばかりだった。殺されるかとも思った。ナンバーガールに、周りの人間どもに、殺されてしまうかと思った。それくらいの熱狂がフロアには満ちていた。アンコール、二度目の透明少女を演奏して、公演は終わった。二時間なんてあっという間だった。

 体力なんて尽き果てた僕は、「速やかにご退場願います」と言う係員の指示を聞けるはずもなかった。立てないのだ。足腰がガクガクして、立ったら最後ふらついて身体のどこかしらを強打してしまうだろう。僕はフロアの段差に腰を掛けて必死に息を整えていた。どれだけ落ち着こうとして落ち着きやしなかったし、立てもしなかった。

 僕の隣にも一人、腰を掛けて息を整えている男の人がいた。話をしなかったけれど、彼だってつまりは、僕みたいなもんなんだろう。このフロアには僕がたくさんいたのだ。そうして、このフロアには隣の彼がたくさんいたのだ。そういうことなのだろう。彼も殺されそうになったのだろう。僕みたいに、音楽に殺されそうになったのだ。それはなんて最高な体験だろう!

 ロックにうるさいジジイよ、音楽フリークスよ、すまなかった。お前たちが言いたいことは、こういうことだったんだな。

 帰りの電車の中で放心状態だった汗まみれの僕を見て、周りに乗客を一体なにを思ったのだろう。だがどう思われようともどうでもよかった。僕は『何物』の確かな形に触れられたのだから。

 世の中にはたくさんの音楽がある。そうして音楽に優劣などない。漂白された真っ白できれいな音楽、なんてことを言ったが、それだって誰かの特別には変わりない。僕にとってこの泥臭いロックが特別だったように、その人にとってはそういったきれいな音楽が特別なのだ。だからどちらが優れている、どちらが劣っている、なんて議論は、音楽においては不毛以外のなんでもないし、ナンセンスと言う他はない。

 音楽なんてものは流行りに乗っかって、それが廃れたらまた新しい音楽に乗っかる。接待でカラオケに行ったときに、流行りの曲を歌った人間がいた。けれどそいつは二度とその曲を歌わなかった。その次にカラオケに行ったときには、そいつはまたそのとき流行りの曲を歌ったのだ。周りの人間と一緒に歌ったのだ。流行りの曲だから、誰でも歌えるのだ。もちろん僕だって歌えるから、一緒に歌う。心の中では、こんなつまらない曲、歌いなくないな、なんて思いながら。そう思ってしまう僕は本当の意味で音楽好きを名乗れるのだろうか、なんてことをウジウジと考えながら。

 カラオケで、ナンバーガールは歌わない。そもそもカラオケで歌えるような曲じゃないし、歌ったところで白ける。ナンバーガールはそういうバンドなのだ。だから僕は、僕の好みでありながら、けれど周りにもある程度『認められる』ような、そういう曲を歌う。そういう曲のレパートリーばかりが増えていく。
 
 カラオケの帰り道、僕はイアフォンを耳に当てて、透明少女を再生する。泥臭いロック、ギターの轟音、そしてやっぱり、聞き取れない歌詞。それが僕の脳内を包んでくれる。

 まあ、それでいいのだ。それで十分だ。

 ナンバーガール、再結成おめでとう。17年間も待ち続けたファンではないし、再結成してからまともに聴き始めてハマったようなファンだけど、それでもおめでとう。きっとお前たちが再結成したという事実は、この世界にとっても、多くの人間にとっても、意味のあることだったのだと思う。僕はあの日の仙台での出来事を思い出すたびに、そう感じる。
  
 泥臭い音楽なんて流行んねえのだ、そもそもの話。そう悪態をつきながらこんな駄文を書いている。流行んねえ泥臭い音楽で、僕みたいに後頭部を殴られたお前に向けて。

 
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