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「九十九里浜」を遠く離れて

椎名林檎の「歌舞伎町の女王」は、人生を活写する

音が溢れている。

それが歌舞伎町に踏み込んだ時、最初にいだいた印象だった。その「音」というのは、文字通りの音だけを意味するわけではない。あでやかな光や、いくぶん濁った空気、そこに溶けた緊張感、そういった全てを指す。ここは濁音の街だ。呼吸をする、生きている街だ。そんなことを、18歳の私は思った。

歌舞伎町を歩いてみようと思い立ったのは、大学に合格できて、都心への定期券を手にしたからだった。どこかの店に入ってみるつもりなどは全くないけど(そもそもお金がない)、こうして「上京」を果たしたからには、名前しか知らなかった場所を歩いてみたい、そう思ったのだ。

そして当時の私は、椎名林檎さんの楽曲を聴き始めたばかりであり、「歌舞伎町の女王」の特異さに打ちのめされ、それが、どのような光景を切り取った作品なのかを知りたい、肌身で感じたいと願っていた。

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楽曲「歌舞伎町の女王」の歌詞は、つかみどころがない。メインストーリーとなるのは、そこの「女王」だったという母親、その容姿を受け継いだ少女の生きざまといったことになるかとは思う。ただ作中には、歌舞伎町には何ら関係がないように思われるようなセンテンスも含まれているので、単純明快な「叙事詩」だと解釈するのは無理があるだろう。

<<蝉の声を聞く度に 目に浮かぶ九十九里浜>>

「歌舞伎町」と「九十九里浜」が、どのように繋がるのか。あるいはヒロインの、生まれ育った場所が「九十九里浜」の近辺で、そうした場所から都会へと踏み出したという自分史が、この曲では歌われているのかもしれない。そのあたりは、いくら考えてみても明快な答えが出そうにないので、ひとつの謎として置いておく。

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この曲の白眉は、アレンジなのではないかと思う。より詳しく述べるなら、イントロと歌い出し、その温度の落差なのではないかと、私は思っている。ズシンとドラムの音が響き、地を這うようなベースの音に歪んだギターが重なる。荒々しい・ノイジーな歌が始まることを予感させるイントロだ。それでも椎名林檎さんが放つのは、意外にも飄々とした歌声であり、歌い出しに重なるギターの音は軽やかなものだ。

私が思うのは、「歌舞伎町の女王」のイントロは、どこか遠くから来た人が「その街」を眺める時、そして歩く時にいだく緊張を活写したものであり、椎名林檎さんの歌唱は、「その街」に溶け込んで生きる女性の、言うなれば「諦観」のようなものを表す、そういうようなことである。

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<<十五に成ったあたしを 置いて女王は消えた>>
<<消えて行った女を憎めど夏は今>>

こうしたリリックは、字義通りに解釈するならば、自分を捨てて何処かへと去ってしまった母親への、恨みを表すもののように思える。それでも椎名林檎さんの声は(くり返すように)乾いているのだ。そこにはじっとりとした怨嗟のようなものは溶けていないように思える。

もちろん椎名林檎さんならではの「巻き舌」が用いられる箇所はあり、そうした瞬間にエモーションが放たれるのを感じはする。それでも一曲を聴き終えた時に残るのは、意外にも淡白な、あるいは冷ややかな、まるで己の「負の感情」を鳥瞰するかのような、ヒロインのクールな姿である。

<<一度栄えし者でも必ずや衰えゆく>>
<<同情を欲した時に全てを失うだろう>>

これがヒロインの本音であり、さらには椎名林檎さんが本曲に潜ませた直情なのだとしたら、「歌舞伎町の女王」で歌われたのは、ことによると「盛者必衰の世界だけど、それでも歩いていこう」という、椎名林檎さんの決意だったのではないだろうか。音楽界という、新陳代謝の激しいフィールドで、時として好奇の目にさらされること、そしていつかは零落する運命にあることさえも受け入れながら、椎名林檎さんは堂々と「歩いて」みせたのではないか。歯切れよく鳴り続けるベース音のように。スポットライトのきらめく、言うなれば「歌舞伎町」を。

記念すべきファーストアルバムに、この曲を収めたのは、椎名林檎さんの決意表明、あるいは宣誓だったのではないだろうか。何かを失ってきたけれど、これからも失っていくことになるだろうけど、憐れみを求めることなどはしない、力強く歌っていこう、いつか来る終わりの日に向けて…

というような。

その手の「乾いた決心」は、上京する若者や、少年期・少女期を終えようとする人たちが、程度の差こそあれ宿すものなのではないかと思う。比喩的な意味での「歌舞伎町」に、いつしか誰もが足を踏み入れ、その喧騒に包まれながら、それぞれの諦観に辿りつく。それが「人生」というものの成り立ちなのだとしたら、「歌舞伎町の女王」は奇異な歌であるのと同時に、誰しもの心に流れつづける普遍的な、そう、「自分史の主題歌」でもありえるのではないだろうか。

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2020年度は、すでに後半に入った。コロナ禍がつづいてはいるけど、多くの若者が今、上京の準備を始めている・進めているころなのではないか。彼ら彼女らが、東京という「異郷」に降り立ち、歌舞伎町に代表されるような「ある種、特異な場所」を歩く時、どんな感懐をえるものなのか、私は想像してみるしかない(私自身の一例を十例にしてはいけないだろう)。

それでも恐らくは、多くの人が、やがては「その場所」がもたらす違和感と折り合いをつけ、そこを相対化することになるのではないかとは思う。街に溶け込む、その場所に馴染むということは、自分のなかに広がる、未開の場所を切り拓くことをも意味するのではないか。やがて自分の宿命のようなもの、そして限界値のようなものに気付き、ひととき、悲しみに暮れることもあるかもしれない。それでも、そういった悲しみは、いつかは乾いた諦観に変わるものだと、私は自分史を振り返ってみて思うのだ。

世なれること、大人になることは、悲しいことだとは限らない。「九十九里浜」を物理的に(あるいは心的に)遠く離れたとしても、いつかは風に消えるのが人の命だとしても、限りある日々を歩いていく姿は、それこそ「女王」のようにさえ、誰かの目に映りうるだろう。

椎名林檎さんの楽曲を、ゾクゾクしながら聴いていた若き日の私は、正直に言えば、もう、ここにはいない。私にとっての椎名林檎さんは、はるか遠い場所に生きるスーパースターから、今や「同じ生身の人間」に変わった。

それでも「歌舞伎町の女王」を再生する時、私の前に広がるのは、「初めて訪れる歌舞伎町」なのである。この曲を通して聴くたびに、早回しで頭のなかに、自分史が駆ける。何度でも私は、束の間、18歳に戻れる。そしてもう、若くはないのだと気付き、それでも生きてはいるということに、くすりと笑いたくなるような、言うなれば「乾いた喜び」を感じたりする。

※<<>>内は椎名林檎「歌舞伎町の女王」の歌詞より引用
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