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傷ついた心を光に変えてきた米津玄師への想い

彼とファン一人一人との心の繋がり

アルバム「STRAY SHEEP」が発売されてもう2ヵ月経ったが、驚くほど毎日新鮮に、繰り返し聴いている。

聴くたびに心を掴まれ、好きは増えるばかり…

魂のこもった歌声、優しい歌声…
美しいメロディ…
曲によってテイストの違ういろいろな音の重なり…
聴き入る。全く飽きることがない。
そして深い歌詞、詩的な表現…反芻するように聴いている。
 
米津玄師の曲は、今までの曲もそうだが、本当に歌詞が深い。
心にささる歌詞、考えさせられる歌詞、切なさや痛みを含んだ歌詞、そして文学的な表現…
言葉一つ一つを噛み締めながら聴く。

歌詞の意味をいろいろと想像する。
難解な言葉は調べ、彼のインタビュー記事などを読んだりもする。
曲を何回も聴く。
この言葉はどこからやってきたのだろうか、と考える。
こういう詞が書けるということはどういう経験をしてきたのか…
どういうふうに生きてきたのだろうか…
どういう考えかたを持っているのか…
彼自身のことにもいろいろ考えを巡らせる。

そうやって彼自身に近づいていく。
彼のことを知るほど、もっと知りたくなる。

これほど自身のことに思いを巡らせるアーティストは初めてだ。

曲の本当の意図や想いはすべてはわからないけれど、
深い歌詞だからこそ、みんなそれぞれの解釈で曲を聴くのだろう。
それぞれの想いや近づきかたで、彼の意図や想いを受け取る。

一人と一人の関係ができていく。
米津玄師とファン一人一人との繋がり。

彼がライブで言っていた、
「俺とみんなは友達にはなれない。でもだからこそ、友達以上の関係を作ることができる。もっと俺に歩み寄ってほしい。」
という言葉。

歩み寄って、自分の解釈で曲を理解し、それぞれの心の関係を築いていくのだと思う。
  
もうずっと前から米津玄師を知りファンでいる人は、もちろん彼のいろんな曲や考えを知り、一緒に歩んできたのだと思う。
ちょっと羨ましい。
 
私は2年前に米津玄師の音楽を聴き始めたのだが、その時点ではもちろんそれまでの彼をあまり知らない。
でもそこから、今までの曲を探して聴き、今までに彼が話した言葉を探して読み始めた。
たぶんそういう人は多いのではないかと思う。

彼の音楽に奥深さ、切なさ、痛みを感じ取って、この音や歌詞がどうやって生まれてきたのかを知りたくなる。
今までの曲も聴きたくなり、考えかたを知りたくなり、彼自身を知りたくなる。
掘り返さずには、いられないのだ。

瞬く間に米津玄師の世界観に落ちていく。

最初に夢中になったのは「BOOTLEG」の曲だったが、ハチ時代の曲も含め、今までのいろんな曲を聴き、MVも見た。
とんでもないくらいリピートした。
この2年間、ほぼ米津玄師の曲しか聴いていない気がする。
あらゆる記事を読みあさり、ブログも読んだ。
とにかく彼を知りたいのだ。
彼が辿ってきた道を知りたい。
そうやって彼の音楽を、彼自身を知り、彼に近づいていく。

彼の音楽の才能は計り知れず…美しいメロディや重なる音に圧倒的に心を掴まれる。
心にささる深い歌詞、文学の薫りのする歌詞、日本語の美しさを再確認させてくれる歌詞に魅了される。
知識の多さ、語彙力、感覚の細かさ、気付けなかった視点に驚き、その考えの深さに感動する…。
そして歌声が、本当に心地いい。
こんなに声が好きなアーティストには出会ったことがない。
翳りのある優しい歌声だ。ら行の発音も癖になる。
その歌声によってさらに曲の魅力が増すように思う。

インタビューやラジオでは自分の気持ちをさらけ出してまっすぐに伝えてくれる。
丁寧に言葉を選んで話す様子や、誠実な受け答えに、とても人としての深みを感じる。
人への愛、誠意、優しさ、謙虚さ…
それでいて自然体、垣間見えるお茶目。
彼を知るほど、そんな人柄にも惹き付けられる。
何よりも、人や音楽に誠実に向き合う姿勢やひたむきさ、音楽を作るうえでの熱意を感じ、胸が熱くなる。

この歳にしてやっと心から全部好きになれる音楽に出会えた気がする。
彼を知ることで、彼への想いはどんどん強くなる。

年代によって感覚、感情は違うだろうが、米津玄師への想いは、年代は関係ない気がする。
  
米津玄師の歌詞の根っこにあるのは、痛み、だと思う。
生きづらい、わかりあえない、など、人間が生きていくうえでの痛みだ。

彼の曲には切ない歌詞があちこちにある。


“生きられないなって トイレの鏡の前で泣いてた”
“きっと夢は叶うなんて嘘を 初めから信じちゃいなかった”
(『Neighbourhood』より)

“痛みも孤独も全て お前になんかやるもんか もったいなくて笑けた帰り道 学芸会でもあるまいに”
(『ララバイさよなら』より)

“美しさを追い求め 友さえも罵れば 這い回る修羅の道 代わりに何を得ただろう”
(『飛燕』より)
 
歌詞が彼の経験とどれだけリンクしているのかは知り得ないが、
生きていく中での苦しさを経験した人でないと書けないのではないかと思うような言葉だ。
 
“自分のことを愛せぬまま 何も選べないまま 逃げ出すことさえできない 君をいつも見ていた”
“僕らは初めましてじゃない 同じものを持って 遠く繋がってる”
(『ホープランド』より)

“絶望や諦観がどれほどの痛みを生むのか 他の誰かにわからない あなただけが正しさを持っている”
“あなたが思うほどあなたは悪くない ”
“失くしたものにしか目を向けてないけど 誰かがくれたもの数えたことある?”
(『WOODEN DOLL』より)
 
見つめる目が優しい。
そして、寄り添ってくれる。
言葉を届けてくれる。
どれだけの人がその言葉に救われたことだろう…

彼の気持ちを想う。
心に痛みを持ちながら、それでも前を向き、自分の信じる音楽を作り続けてきたのだと思う。
切ない……。
と同時に、本当にすごい人だなあ…と感じる。
彼にも寄り添いたい気持ちでいっぱいになる。

幸せになってほしい、とにかく応援したい、笑顔を見るだけで幸せ、という想い。

いろんなことを敏感に感じとり、深く考えすぎて苦しんでないだろうか…、何かの行動に対して、無理してないだろうか…、と心配になったりもする。

彼の心情が強く表れているのではないかと思える曲を聴くと、
例えば『Moonlight』など…
彼の心に想いを巡らせる。

寄り添って、彼に何をしてあげられるわけではないのだけれど、そういう想いなのだ。
  
彼は今回のアルバム制作後のインタビューで、
石を研磨してカットして(=傷をつけて)美しく光が反射するように形を整えていってその過程で生まれるのが宝石、という話をしていて、そこから自分の音楽について語っている。

「自分はなんでこういう人間になったのか、自分はなぜ音楽を作ろうと思って、今の自分が生まれたのか、自分の言葉とか自分の音使いというのは一体どこからやってくるのか(中略)それはいろいろ傷ついてきたからなんじゃないかなっていう。」
「いろんな傷が自分の体につくことでいびつになっていって。たまたまそのいびつな形が光を反射した時に、ほんとに偶発的にそれが美しい形であって、たまたま人が喜ぶポップソングとしての適性がある光の反射の仕方だったんじゃないかなあ、と」
(ROCKIN’ON JAPAN 2020年9月号より)
 
傷がつくことによって、美しく反射する光を放てる…

彼は感覚が細かいがゆえに傷つきやすく、また自分のことだけでなく、周りのいろんなことにも傷ついてきたのではないだろうか…
たくさんの傷によって、いろんな方向に反射する光が生まれ、その光がいろんな人の心に届く音楽となって輝いてきたのかもしれない。
とくに、自分と同じような傷を持つ人への光は強く輝き、深く心に届いているように感じる。
 
今回のアルバム「STRAY SHEEP」でも、その光はさらに多くの迷える羊たちに広く届き、生きる糧になっているように思う。
心を保つのに必要な音楽や言葉が詰まっている。
心の影までもを映し出す光となって私たちを包み込む。
閉塞感や罪悪感の中で戸惑い、迷う私たちに寄り添ってくれる。
 
“光を受け止めて 跳ね返り輝くクリスタル 君がつけた傷も 輝きのその一つ”
“あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう 追い風に翻り わたしはまだ生きてゆける”
(『カムパネルラ』より)

魂が込められた歌声、そして、想いが全身から溢れるかのように歌う姿に心を持っていかれ、動けなくなる。
曲の世界観に引き込まれ、彼の心情に心を馳せる。
 
“誰かが待っている 僕らの物語を”
“君の持つ寂しさが 遥かな時を超え 誰かを救うその日を 待っているよ ずっと”
(『迷える羊』より)

祈りのような想いとともに、
私たちの「今」は大切な時間であり、意味のあるもの…そう言ってくれている気がする。
 
“いいよ あなたとなら いいよ もしも最後に何もなくても”
(『カナリヤ』より)

いろんなことが変わっていく中で、自分自身も周りも肯定しながら一緒に生きていこうと、メッセージをくれる。
そして、美しいメロディ…
こんなに美しいメロディは今まで聞いたことがない気がする。

愛を受け取る。
心が落ち着いていくのを感じる。
 
『ひまわり』…。
荒れた波のような、熱を感じる歌声に、胸が熱くなる。
想いの強さが伝わる。
この曲には、昨年亡くなった親友への想いが込められているのだろうか…聴くほどにそんな思いが湧いてくる。
曲に込められた本当の意味はわからないが…私にはそう感じられた。
彼の心に寄り添いたい…そんな想いとともに聴いている。
今回音楽文を書きたいと思うきっかけとなった曲だ。
  
自分自身の傷を音楽という光に変えてきた米津玄師…

心に痛みを置きながら、人や音楽に真摯に向き合い、ひたすら前を向いてきた…そういう彼を知ったファンの彼への想いというのは、本当に強いものがあるのではないかと思う。
揺るがない想い、もう彼の船から降りることはないだろうと思う気持ち…
寄り添いたい気持ち…

愛を持って誠実に音楽を作り届けてくれる米津玄師と、それを受け取り彼に歩み寄って彼を想う人との、確かな繋がりがそこにはあると思う。

離れていても寄り添いあえる、人と人との愛にあふれた関係…そんな関係のように思える。

それこそが、彼の言う「友達以上の関係」なのかもしれない。

そしてその繋がりによって、彼の音楽はよりいっそう心に届くようになるのだと思う。

音楽は単なる趣味とかではない。
深く心に届いた彼の音楽は、もう生活の中に、日常の気持ちの中に入り込んでいるように思う。
常に彼の音楽が心にある。
なくては心が成り立たない、という気さえする。
  
未曾有の出来事の中で、深く潜って音沙汰のない彼をみんなひたすら待っていた。
アルバムを提げて浮上してくれた。
嬉しかった。

自分の道は不要不急なんじゃないか…
いろんなことを考え迷った彼の心を想う。
音楽家としての立ち位置や意味を考えながら、彼自身もまた迷える羊だったようだ。

「自分の舵取りは人には譲らない」
という彼の言葉には、覚悟というか決意を感じた。

米津玄師という船はより強固になった気がする。

また彼への想いは強くなった。
 
世の中の状況も、彼を取り巻く環境も、これからまたいろいろ変わっていくのだろうが、
どんな今になろうと、それを映し出す音楽を作り出してくれるのではないだろうか。

彼の音楽も進化し、変わっていくのだろう。
次はどんな音楽を届けてくれるだろう…
その変化が楽しみでもある。

でも、彼の音楽に対する誠実さ、考え抜いた丁寧な曲作り、人間への深い愛、傷ついた人への眼差し…そういう彼自身の魂は変わらないのだと思う。
彼を想う人との繋がりも変わることはないと思う。

これからも米津玄師の生み出す美しい音楽が聴きたい。

でもあまり背負いすぎず、作りたい音楽を作ってほしい、とも思う。
 
彼が音楽を続ける限り、彼の音楽を聴き、応援していくと思う。
というより、そうせずには、いられないと思う。

彼の音楽をこれからもずっと、大切に聴いていきたい。
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