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スキマスイッチの221日ぶりのステージで、わたしが見たもの

コロナ禍のフェス体験から学んだ音楽の存在価値

2020年2月26日から2020年10月4日まで。
日数で言うと、221日。
これは、新型コロナウイルス拡大の影響により、スキマスイッチが有観客でライブをできなかった日数だ。

アーティストによっては、ステージから次のステージまでの間に同程度の日数が空く人もいるかもしれない。
しかし、いまのスキマスイッチにとってこの期間はきっと、とてつもなく長く感じられたのではないだろうか。
ここ数年は、年に1度は必ずライブツアーを行い、各地の夏フェスやイベントにもたくさん出演していたふたり。
今年は出演を予定していた夏フェスもすべて中止となり、スキマスイッチのステージを見ることができない夏は何年ぶりだろうと、わたしは少し寂しい気持ちになってしまっていた。

そんな彼らが、221日もの期間を耐えて耐えて耐え忍んで、やっと人前に立つ機会を得ることができたのが、2020年10月4日。
場所は、長野県の白馬村。白馬岩岳マウンテンリゾートで行われた音楽フェス「HAKUBAヤッホー!FESTIVAL 〜白馬ノ音〜」に出演したのだ。

このイベントは、当初5月に開催が予定されていたが、緊急事態宣言が出されていた当時の情勢も鑑みて一度は延期されたもの。
10月に延期されてもいまだに出口は見えぬ状況の中、果たして本当に開催されるのか、わたしは他のイベントの開催状況なども横目に見ながら、直前までハラハラ見守っていた。
そして「確実にこれは開催する」、そう感じられた数日前のタイミングで、わたしは現地に足を運ぶことを決めた。

個人の事情はほどほどに、スキマスイッチが221日ぶりにステージに立ったときのことを、いまのこの時代を後に忘れぬためにも記しておこうと思う。

この日は、Czecho No Republic、コレサワ、GAKU-MC、SURFACE、ISEKI、スキマスイッチの6組のアーティストが出演し、ライブを熱演。
2日間開催されたフェスの2日目、スキマスイッチはこの日の最後の出演という、いわば「大トリ」のポジションだった。
16:40〜という出演時間。夕方までは他のアーティストを楽しもうかな……と思っていたところで驚くべきことが起きた。

3組目のGAKU-MCのステージの中盤を超えたあたり。
GAKU-MCが「この曲は助っ人が欲しいんだよね」といった旨の言葉を発したところで呼び込んだのが、スキマスイッチのふたりだった。
ひさしぶりの人前でのステージがまさかのゲスト出演パートだなんて……!
てっきり自分たちのステージまで姿を見せることはないのだろうと勝手に思い込んでいたので、わたしはとてつもなく驚いた。
しかし、それと同時にひさしぶりに「そうだ、スキマスイッチってこういう人たちだった」と思い出すこともでき、つい笑みが溢れてしまった。

そして演奏されたのは、GAKU-MCとMr.Childrenの桜井和寿によるユニット ウカスカジーの楽曲、「勝利の笑みを 君と」。
スキマスイッチファンなら知っている人も多いと思うが、大橋卓弥は大のミスチルファン、しかもこの楽曲は実際に常田真太郎が音源で鍵盤を弾いている楽曲だ。
つまり、ファンにとってはこのうえなくスペシャルなコラボレーション。
サッカー日本代表の応援ソングでもあり、勝利を得るために高みを目指し続ける人たちを応援し続けた歌は、いま聴くとまた違った形で心の中に響いてきた。

胸にでっかい誇りを掲げていこう
「まだ上に行けるぞ!」そう信じてるよ
高い壁だろうとも どんな相手であっても
飛び越え勝利の笑みを君と
――勝利の笑みを 君と/ウカスカジー

この日の会場は、声出しが禁止されていたので、会場みんなが一丸となって拍手と腕を振る形で「声援」を送っていた。
このフレーズが出てくるサビでは、会場中が頭上に拳をあげる。
ある種「いつも通り」の光景なのだけど、なんだか目に見えない「敵」に一丸となって立ち向かおうと決意しているような、そんなふうに感じられたりもした。

そんな一体感を感じられた楽曲の後に、常田真太郎がステージに残った状態で演奏されたのはGAKU-MCの最新アルバムに収録されている楽曲「サバイブ」。
この曲を披露する前にGAKU-MCは少し涙を浮かべながらも、「今日ここに来れて、ステージに立ててよかった」といった旨の言葉を発していた。
横にいる常田真太郎も、その言葉に無言ながらも大きく頷いていた。
話は前後してしまうが、前の楽曲のときに大橋卓弥は、ステージに登場した瞬間に「お客さんがいるー!!!」と言いながら、満面の笑みを浮かべていた。
そんなステージ上にいる演者たちの姿を見て、そしてGAKU-MCが歌うこのフレーズを聴いて、わたしは「今日、ここでライブが開催できてよかった」と心の底から感じた。

生きることに
ほんのちょっと疲れたなら
遠慮なんかせずここに来ればいい
ほんのちょっとここに来れたなら きっと
不条理なこの世界も素晴らしい
共にサバイブ サバイブ
yeah yeah yeah
――サバイブ/GAKU-MC

奇跡はまだ続いた。
トリ前に出演した、このイベントのプロデューサーでもあるISEKIのステージにも、大橋卓弥が登場したのだ。
自分たちの出番のひとつ前のステージ。本来ならばきっと演奏前にもっとも神経を尖らせるであろうタイミング。
そんなときにも誘いを受ければステージに現れる彼の姿に、優しさとその場を盛り上げたい気持ち、そしてステージに対する愛を感じることができた。

コラボレーションして演奏された曲はキマグレンの「LIFE」。
いわずもがなの名曲だが、やはりこの曲の歌詞もいまだからこそ、違った響き方をしてわたしの心の中に響いてきた。

泣きたくて、笑いたくて、ホントの自分
ガマンして伝わらなくて
言いたい事、言えないけど、ココにいるよ
――LIFE/キマグレン

このフレーズを聴きながら、両手をあげて精一杯の「声援」を送りながら、思わずマスクの下で唇を噛み締めてしまった。
楽しい、でも、いつも通りに楽しめないことは悲しい、そして悔しい。複雑な気持ちだった。

今回のイベントの主目的であったスキマスイッチのステージの話題に触れるまでに、これだけのスペースを要してしまった。
それぐらい、本人たちのステージの前にたくさんのものを受け取ってしまったということでもあると思う。
胸いっぱいになりながらも、ステージ上では転換が始まり、見慣れたマイクスタンドと鍵盤が横に並ぶ。
直近のツアーではフルバンド編成だったスキマスイッチも、この日はベース、パーカッション、ギターとミニマムながらもバンド感ある、ある種新鮮味のある編成だった。
とは言え、この編成はもともとキマグレンのふたりが始めた湘南の海沿いのライブハウス「OTODAMA SEA STUDIO」にスキマスイッチのふたりが登場するときによく見られる編成でもあったので、懐かしさを感じたり、本当にこれからスキマスイッチのステージが始まるんだな……という感慨深さもあったり、とにかく感情が忙しかった。

スタッフによるセッティングを終えたところで、おもむろに出てきたスキマスイッチのふたり。
リハーサルとしてラフに奏でられ始めた曲は「ガラナ」だった。
スキマスイッチは普段、本番で演奏しない曲をリハーサルで披露することが多いので、「つまり……この曲は……本番で、やらない……!?」と少し驚きながらも、ひさしぶりの生音、大好きな歌声と大好きな鍵盤、大好きなバンドサウンド、そして目の前から音が発せられて全身に響いているという紛れもない事実に、身体がびっくりしたのか身動きが取れなくなってしまっていた。
すでにリハーサルの時点でふたりの顔には溢れんばかりの笑顔が光り輝いていた。
そして、夕方になり陽が陰って少しずつ冷え込む山頂の気温と空にかかる雲の様子を気にしながら、観客の体調管理にも気を配る姿に以前と変わらぬ「らしさ」を感じることができた。

一旦舞台袖に捌け、ライブ開始のタイミングでもう一度ステージに戻ってきたスキマスイッチのふたり。
後々のステージ上でのMCで「声を出せないというから」「白馬という土地だから」と今回のラインナップについて言及していたが、この日に演奏されたのは、こんなセットリストだった。

1. 青春
2. 雨待ち風
(安曇野にて)
3. 奏(かなで)
4. Ah Yeah!!
5. 未来花(ミライカ)
6. 全力少年 with ISEKI(アンコール)

ミディアムテンポな「青春」から、221日ぶりの自らのステージの幕を開けたスキマスイッチ。
「ふわり」と伸びやかな大橋卓弥の歌声が響くサビ、特徴的なリズムのところで自らの手と首を振るタイミングを合わせる常田真太郎の動き、ふたりの歌と鍵盤に絡み合っていくこの日のバンドメンバー 種子田健、高橋結子、外園一馬のサウンド。
すべてが「ライブ」だからこそのもので、ステージ上の5人全員の楽しむ気持ちも乗っかったうえで客席にいるわたしたちの耳に音が届いているような、そんなふうに感じられた。

前半にして、この日のステージのハイライトとも言えたのが「雨待ち風」から「奏(かなで)」への流れだ。
「雨待ち風」のジャケット写真は、この日のライブ会場が位置する白馬村で撮影されたもの。
もともと幼少期から長野県、とくに白馬村に縁があったという常田真太郎は、この楽曲を演奏する前に家族との思い出話を語っていた。
ふたりがスキマスイッチというユニットを組む前にも、プライベートで揃ってスキーをしに来たことがあるというこの場所。
楽曲のなかにエッセンスとして白馬の空気が染み込んでいるこの曲が、その土地で演奏されていることの意味合いは、容易に言葉にすることができないほど重みのあるもののように思えた。

しかも、その楽曲から彼らの代表曲とも言える「奏(かなで)」につなげる際に常田真太郎が鍵盤で奏でたのは、「雨待ち風」のシングルにカップリング曲として収録されている「安曇野にて」。
長野県にある地名を冠したこの曲を、言葉で語ることなく差し込んでくる常田真太郎の、「長野県」という土地に対する愛の深さを感じることができた瞬間だった。
そして、その土地でその土地に縁深い楽曲を聴くことこそ、「ライブ」という場の存在意義のひとつであると改めて感じることもできた。

サビで一斉にタオルを投げ、会場一体となって盛り上がれる楽曲「Ah Yeah!!」でひとしきり盛り上がったあと、「いまだからこそ、ふたりでこの曲を演奏したいと思った」と次の曲の紹介をした大橋卓弥。
スキマスイッチのふたりが本編最後に選んだ楽曲は、彼らが胸を張って自信作と言える、と各所で述べている「未来花(ミライカ)」だった。
名前を呼ぶことの大切さ、命の尊さをふたりが飾らぬ等身大の言葉で綴ったこの楽曲。
ふたりだけでの演奏だからこそ、心に率直に浸透していく言葉たち。
優しさと温かさで満ち溢れる演奏が、歌声が、2番のあるフレーズをきっかけに、力強さを持ったものに変化していったのが、わたしにとってはとても印象的だった。

声が届き 声を返す
そんな 何気ない日常 ひとつひとつに愛情の種を撒こう
――未来花(ミライカ)/スキマスイッチ

ここ数年は、ほぼ止まることなくライブのステージに立っていて、いわばステージに立つことが「何気ない日常」の風景のひとつであったとも言えるスキマスイッチのふたり。
実際にMCのなかで「日常が当たり前のものではないと気づかされた。でも今日、このステージに立つことができてよかった」といった言葉を大橋卓弥も述べていたが、2020年、この世にライブというものが消えてしまったおよそ7ヶ月間は、ふたりにとってもいまだかつてない体験をした時期であり、我慢をしてきた時期でもあったのだと、この日発せられた数々の言葉から感じ取ることができた。
そして、今日までふたりが元気でいてくれて、このステージに立っていることも「当たり前」のことではないのだと痛感させられたりもした。

僕らが歩む道の途中 暗闇もあるだろう それでも手を繋ぎ
いつもよりもっと話をしよう 素直な二人のままで
潤んだ瞳に映るのは 未来
――未来花(ミライカ)/スキマスイッチ

力強さを持ったサウンドに変化してから歌われた、2番のサビ。
このフレーズが歌われたあとの間奏で常田真太郎の鍵盤がさらに熱を帯び、その音を背中で受けながらも胸元に両手を当て、天を仰いだあとに客席のほうを向いた大橋卓弥の瞳に光るものが見えた気がしたのは、気のせいだろうか。
ひさしぶりに立った観客を前にしたステージ。声は出せずとも客席と心を通わせることができたこと、彼らの人生にとって大切に違いない「音楽」を奏でることができたこと、それらに対する溢れんばかりの思いを、十分すぎるほどに受け取ることができた時間だった。

気づけば陽も沈み、しっとりとした空気のなかでステージから去ったふたり。
客席からは自然と拍手でアンコールが巻き起こり、しばらくして「アンコールきたね〜!」「きたね!」と言いながらステージに帰ってきたふたりの顔には、笑顔が広がっていた。
「声を出せなくても最後は盛り上がろう」といった言葉とともにISEKIを呼び込み、アンコールに演奏されたのは「全力少年」。
いつもであれば前奏部分でコールアンドレスポンスを繰り広げ、サビは会場一丸となって大合唱するのだが、今回は常田真太郎から出されたアイデアにより、手拍子でやりとりを行うという新しい方法で心を通わせ、大団円を迎えた。

ここまで振り返ったうえで言うのも何だが、冒頭で述べたように、わたしはこのイベントに行くことを正直に言うと前日の夜まで悩み続けていた。
こういった情勢であることも鑑みてであろう。リアルタイムの有料配信も決定していたので、一時はそれでもいいかと思っていた。
しかし、さまざまなきっかけも後押しして、最終的に滞在時間を限りなく最小限に抑える日帰りで、足を運ぶことをわたしは決めた。

「行った後に体調が悪くなったらどうしよう」
「そうなったら、家族にも迷惑がかかる、会社は?仕事は?どうする?」
「もしコロナになったら、ライブのせいにされてしまうのかな。そうしたら自分の好きな人たちにも迷惑がかかってしまうかもしれない」

行く前も、道中でも、そしてライブを観終えた後もずっとこんな気持ちが頭のどこか片隅を渦巻いていた。
正確に言うと、この筆を取っているタイミングでは、まだ11日しか経過していないので、現在進行形で頭の中にこの言葉は存在している。
初期症状が出てから発症までの日数を鑑みると、そろそろ安心しても良いのかもしれない、そう思い始め筆を取ったが、恐らく週末に丸2週間を迎えて、やっと心の底から安心できるのだと思う。

そんな思いをしてまで、ライブを観たいのか。
こう思う人もいるかもしれない。
実際に体験してみた上でどう思うかを、自分の「今の気持ち」を忘れないためにも記しておくが、こんな思いをしながらライブに行く日々は一刻も早く終わってほしい。
しかし、ライブでなければ得られない体験があることも事実で、だからこそこんな状況下でも人はライブを、生の音を求めるのだ。
わたしは自分の身をもって、こう感じた。

いままで当然のように存在していた文化、人が集まって音を奏でる場がほぼ消滅してしまっていた約7ヶ月間、ひとりの音楽リスナーであるわたしにとっても、何をしていたか覚えていないぐらいに空虚な日々だった。
いまですら、この世に、この瞬間に、目の前にいる人々に音楽を届けるライブハウスやホール、アリーナ、ドーム……そういった空間での集まりは制限がかけられ、これまでのように「自由」には楽しめない状況が続いている。
いつウイルスの脅威に晒されるかは誰にもわからず、感染者が出た際にはその場自体が後ろ指を差される存在になってしまう可能性だってある。
悲しいが、事実としてそういったことがこの7ヶ月間で起きてしまっていたことも忘れてはいけないのだろう、きっと。

とは言え、誰かが歩みを進めなければ何も変わらないことも事実だ。
だからこそ、いまなりのやり方で音楽を楽しむ方法を見出してくれた今回のイベントはかけがえのないものであったし、白馬という少し日常空間から離れた緑豊かな土地に足を運べたことは、純粋に音楽を楽しむだけでなく、この7ヶ月間の間に発散できずにいた目に見えないストレスを、ふっと軽いものにしてくれたようにも感じられた。
新たなフェスの初回で、新たな手法での運用を行わなければならず、きっとこのフェスにかかわる皆さんは、見えないところ含め多大なる苦労や努力を重ねてこられたはずだ。
そういった苦難を乗り越えてでもこの場を、ここでしかできない体験を生み出してくれた皆さん、さらにはこの場でしか奏でられない音を奏でてくれた出演アーティストの皆さんにも感謝の気持ちを伝えたいと、おこがましさを自覚しながらも、わたしは強く強く感じている。

そして、ツアーの中断を決意した2020年2月26日から、YouTube・SNSのライブ配信機能を活用して無観客ライブ配信を行ったり、配信ライブ全盛期に突入するよりも前に有料配信ライブを行ったりと、コロナ禍においても歩みを止めず進み続けるスキマスイッチ。
「日常」を取り戻すためのチャレンジとも言える場にふたりが立ち会っていたことも、もはや偶然ではなく必然なのかもしれないとわたしは思ってしまうのだが、自身の置かれた環境下でできることをやり続ける、その姿勢が本当に素敵だと思っている。
そして、後日発表された新たな形式のライブツアー含め、「ライブ」という場をずっと大切にし続けていること、行動することにはさまざまな意見が飛び交うことも覚悟のうえで、ファンの顔をこの目で直接見ること、コミュニケーションをすることを諦めないところに、芯の強さと「これからのスキマスイッチも大丈夫」というメッセージをわたしは勝手ながらも感じ取った。
正直なところを言うと、先行き見えぬ状況の中、「絶対に行くね!」と高らかに宣言するのが難しいのも事実だが、2月28日の無観客ライブ配信の最後に約束した「絶対にまた会おうね!」の約束を果たすために現地に足を運ぶことができたら……それが叶う世の中、「日常」にどんどん近づくことができたらいいなと思っている。

スキマスイッチのふたりが大切にしている場所、そしてこの世の多くのアーティストや音楽を愛する人たちにとってかけがえのない場が、1日も早く戻ってきますように。
わたしはそう願いながら、これからも自分なりのやり方でこの世から音楽が消えないように、動き続けようと思う。
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