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音楽の巨人

ロジャー・ウォーターズの終わりなき旅

悲しみと怒りの先には何があるのか?

人は孤独だ。生まれてから亡くなるまで。
だが、一人では成長していくことができない。
誰かに守られ、教えられ、導かれないと成長することはできない。

元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズは、幼い頃、第二次大戦で父親を失った。彼は母親に守られ、教えられて育ったが、父親に導かれることはなかった。
彼は、父親を奪った戦争を憎み、今も世界で発生している争いや分断に対して、強い怒りと悲しみを感じている。

1943年に生まれ、今年で77歳を迎えるイギリス人のロジャー・ウォーターズは、今なお怒りと悲しみの音楽を発信している。
2017年には最新アルバム『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』(これは私たちが本当に望んでいる人生ですか?)をリリースし、その後、2017年春から2018年冬の一年半をかけて、北米、オーストラリア、ニュージーランド、欧州、ロシア、南米、中南米を巡って、全156回、230万人の観客を動員するワールド・ツアー「US+THEM Tour」を行った。
単純に平均すると、3日~4日に一回の割合でコンサートを行い、その合間には各国を移動していることになる。70歳を超えても、音楽に対する情熱は衰えていない。

ピンク・フロイドの頃から、ずっと私はウォーターズの動向に注目していた。
中でも、1979年に発表された『ザ・ウォール』は衝撃的な内容だった。

『ザ・ウォール』は、幼くして戦争で父親を失った男の孤独な人生を描いている。それはウォーターズの人生そのものであり、彼は自らの人生を音楽で表現しながら、自らの生き方を探っているように思える。
そして、彼の生き方の中に、ずっと纏わりついているのは、おそらく父親の存在である。
「父親を知らない自分は、どう生きるべきか。父親が生きていたら、自分は父親から何を学んだのか」
ウォーターズのそんな思いが伝わってくる。

だが、それらの疑問に明確な答えはない。

2015年に発表された『ロジャー・ウォーターズ ザ・ウォール』は、ウォーターズが亡き父親を追い求める旅の物語のように思える。
その映像作品は、『ザ・ウォール』のコンサート映像と共に、父親が戦死したイタリアのアンツィオにウォーターズが旅する場面を描いている。
『ザ・ウォール』の音楽物語、すなわち、戦争で父親を失った男の孤独な人生がステージで進行していくと共に、ウォーターズがイタリアのアンツィオに車を走らせていくシーンが並行して流れていく。

やがて、彼はアンツィオに辿り着く。そこは、ひっそりとした海辺の街。波の音だけが響いている。かつては銃声が鳴り響き、殺伐とした戦地だったとは思えない静かな場所。

そこで、彼は何を感じたのだろう

亡くなる間際の父親の姿が見えたのかもしれない。父親が最期に口にした言葉が聴こえたのかもしれない。
「世界は怒りと悲しみに満ち溢れている。でも、それだけでは、何も変わらないのだよ」と。

今から四年前のことになる。
アメリカ大統領選挙を一ヶ月後に控えた2016年10月。
ウォーターズはメキシコで大規模なコンサートを行った。
演奏した曲の中に『Pigs (Three Different Ones)』という曲があった。
この曲は1977年に発表されたアルバム『アニマルズ』に収録されており、権力者や支配者を痛烈に批判している曲である。

この時、ウォーターズは権力者の象徴として、ステージ後方の巨大スクリーンにトランプ氏の映像を流した。
「メキシコとの間に壁を作る!」と公約していたトランプ氏への皮肉と批判、そして怒りを込めたのだろう。

それから、二年後。
「US+THEM Tour」では、難民となった中東の女性をモチーフに悲痛な物語を描きつつ、彼は怒りと悲しみの先にあるものを見据えようとしている。

コンサートの最後、ウォーターズはこんな言葉を観客に語り掛けている。
「必要なのは、ここにある愛が世界中にひろがることだ。方法さえ見つかるのであれば、我々は共感し、共に行動することができる」

ウォーターズは世界を愛している。だからこそ、世界で起こっている争いや分断に対して、深い怒りと悲しみを持っている。

私がウォーターズに深く共感するのは、四年前の経験があったからだ。
2016年夏、私はフランスのパリにいた。パリは半年前の2015年冬に世界同時多発テロが起きた場所だ。街の雰囲気は張り詰めていた。
エッフェル塔のパブリック・ビューイングで、サッカーの試合を観戦していた時のことだった。突然、少し離れた場所に煙が立ち込めるのが見えた。
「逃げろ!」
観客が一斉に走り出す。会場はパニックになった。
「こんなところで死ぬのは嫌だ!」
必死に逃げた。

後からわかったことだが、煙の正体は爆竹だった。
でも、もしあれが、爆弾や発砲の煙だったとしたら、今はもう私は存在していなかったのかもしれない。
そういうことが、世界の何処かで起こっている。

私が、ウォーターズの言葉を忘れることはないだろう。
「必要なのは、ここにある愛が世界中にひろがることだ」

だが、今の世界は、もっと厳しいものに思えてならない。
新型コロナの脅威が、日常を苦しめている。
立ち向かう日々が、これからも続いていく。
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