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でたらめかもしれない未来を信じて

パノラマパナマタウンとTHE YELLOW MONKEYの「SO YOUNG」

私にも若いころがあった。

自分でも信じられないけど、それは本当にあったのだ。「39歳で過去を振り返るなんて早すぎるでしょう」と諭してくれる人もいるかもしれない。でも、このところ心身ともに、すっかり老け込んでしまったように感じられる。

それでも自分が少年期・青春期に、何を思い、何を信じようとしていたか、それは今でも少しは思い出せるし、「確証の伴わない未来を信じる」というのが、どのような感覚だったのかも、何となくは覚えている。

そしてこのところ注目しているパノラマパナマタウンというアーティストと、青春期に愛聴していたTHE YELLOW MONKEYというアーティストが、奇しくも同名の楽曲を生み出していることに気付き、その歌詞が心のなかで交錯し、あらためて青春が蘇るような、短いのかもしれない未来が照らし出されるような、不思議な感懐をおぼえている。

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パノラマパナマタウンは歌う。

<<でたらめも 信じ抜いてみりゃ それが答えだろう>>

イントロの軽やかなコードストローク、ハイフレットをなぞるベースライン、カウントにかけ声、そういったものが思わせるのは「青春」に他ならない。そんな楽曲の最後に置かれたリリックが、上記のものなのである。

「でたらめ」を信じることに意味はあるのだろうか。それは私が、まさに青春期にいだいた疑問であり、不躾にも大人に対して投げかけてしまった問いであった。

大学1年生の初夏。ある一般教養科目の講義で「人間の未来には希望がある」と熱弁する教授に対して、蒼かった私は「先生は、本当にそう思っていらっしゃるんですか」と問いかけてみたのだ。「これだけの社会問題が積みあがっているのに、それでもなお先生は、未来を信じるんですか?」

私には教授の語ることが「でたらめ」、あるいは「きやすめ」に思えてならなかったのだ。幼い自分の目にさえ、日本を取り巻く状況は絶望的なものに映るし、まして「世界」にまで視野を広げてみたら、それこそ無数の問題が見つかるだろう、そんなことを思った。それから20年という歳月が過ぎた今、この惑星はコロナ禍という難問に直面している。

未来を信じることは、20年前にも難しかったし、いまも難しいし、それは恐らく、ずっと変わらないのではないだろうか、そんなことを未だに私は考えている。

それでも、その教授は苦笑しながらも、こんなことを答えてくれた。

「あのね、信じてみないと始まらないんだよ。うまくいくぞ、大丈夫だぞと思わなければ、可能性さえ生まれないんだ」

私は半信半疑だった。それでも<<何か起きるような気がしてる>>、そんな予感が、ほんの少しは強まった。たしかにそうかもな、悲観的になるのは容易いことだけど、いくらでも不安材料が見つかる世界だけど、信じなければ可能性さえ生まれないのかもしれないな。

そして「世界」のことを憂える若き日の私は、ごく個人的なレベルの未来も、何とかして信じようと努めていた。どちらかと言えば、そちらのほうが(個人として辿っている道のほうが)重要に思えたくらいだ。貧困や飢餓、紛争や疫病といった、極めて重大な問題が解決されることより、自分自身のささやかな願いが叶えられることを、身勝手にも期待していたように思う。そんな自分を励ましてくれる誰かの声も、やはり「でたらめ」「きやすめ」に感じられることがあった。

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<<誰がなんて言っても君が好きだよ>>

当時の私は、THE YELLOW MONKEYがそう歌ってくれることに、とても感謝していた。私の胸には、あきらめなければならない恋があり、そろそろ見切りをつけなければならない夢があり、望んでも手に入らないものがあるという諦観があった。それでも、そういった全てを「好き」でいつづけることだけは、誰かに許してほしいと願っていたのではないかと、今にして思う。

私は年の割には「身の丈」を知っていたように思う、大それたことは願っていなかったようにも思う。それでも時に、世界が良くなっていくことを心の底から望みはしたし、その世界の「欠片」である自分の未来が、できれば良くなっていくようにと、そっと祈りもした。

<<わめきちらして未来を探した>>

私は自分に、どれだけの才能・可能性があるのか、それを確かめる勇気をさえ持たなかった。それでいて(教授に諭されたように)願ってみなければ始まらないのだとも、自分に言い聞かせようとしていた。

信じたり、疑ったり。

私はどちらかというと物静かな人間らしいのだけど、心のなかでは(まさに)「わめきちらして」いた。

<<本当の気持ちは誰にも分からない!!>>
そんなパノラマパナマタウンの声に出会うのは、20年も先(つまり、つい最近)のことである。でも私は、あのころ、本当に分からなかったのだ。本当に物ごとが好転していくのか、そして、その可能性を、自分が心から信じているものなのか。

「若い」というのは、もしかすると、そういうことなのかもしれない。分からなかったからこそ、あの時節は尊かった。そして分からないことが、とても苦しかった。

これから先に起こることが、何もかも分かってしまったら、面白いことなんてひとつもない。それに気付けもせず、私は絶望と希望の間を揺れながら、あまりに若い日々を過ごしていた。

<<SO YOUNG!!>>

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19歳、THE YELLOW MONKEYを聴いていた自分。
39歳、パノラマパナマタウンを聴いている自分。

その20年の間に、私は自らの心身をもって、青春に思い描いた(おぼろげにしか思い描けなかった)未来を「検証」することになる。時に私は「やはり信じてもムダだったな」と悲嘆に暮れた。その一方で、青春期には想像することさえできなかった、善きことを味わいもしたのだ。

ある時には、私は隣人に大迷惑をかける始末に負えない人間だったし、またある時には、近しくもない人に愛のようなものを差し出せる、真っ当な人間だった。地球が辛うじて存続してきたように、私という人間も、どうにかこうにか生きてはきた。

<<すべての愛と過ちを道づれに>>

人間に分からないのは、未来のことだけではない。今のことさえ、ハッキリとは分からない。そんなことを、愛や過ちを連れて歩んできた私は、この歳にして思う。結局のところ人間は、自分のしていることが正しいのかを分からないまま、それでも何かを選ばざるをえないから、その時・その時の言動を決めているのではないか。その「何か」を信じることが人間の使命なのだとしたら、私たちは命ある限り「青春」を過ごすことになる。

そんな風に頼りない、それでいて勇気と誇りの欠片をもった人間の集合体が「世界」なのだとしたら、やはり可能性はあるのだろう、私たちの生きる場所が、良くなっていく可能性だけは。

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<<誰にでもある青春>>
<<いつか忘れて記憶の中で死んでしまっても>>

あのころに、青春に願ったことを、私は全て覚えているわけではない。誓ったこと、夢見たこと、友だちと語り合ったこと、そのうちのいくつかは、私というだらしのない人間に20年もの間を引きずられて、ボロボロになってしまった。ことによると、もう取り返しのつかないこともあるのかもしれない、私のなかで「死んでしまった」青春期の願いも、あるのかもしれない。

それでも私は、心のどこかで、<<何か起きるような気がしてる>>。

それは青春から20年も遠ざかった今でも、変わらないことだ。もしかすると人間の抱く希望などというものは、それがどれだけ年を重ねた(それなりに見識を深めた)人間の抱くものであっても、おぼろげなものでしかありえないのかもしれない。

だから私は、叫ぼうと思えば、今でも叫べるのかもしれない。<<SO YOUNG!!>>と。俺はまだ何も知らない若造なのだ、そんな思いを込めて。

***

かつてTHE YELLOW MONKEYに青春を彩られた人たちと、いまパノラマパナマタウンに青春を彩られている人たちが、同じ地球の上に暮らしている。そして「明日のことは分からない」という、言うなれば「トゲのある宝石」を共有しているのだ。もう私は年齢的には、まったく若くはないけど、いま若い誰かがこの駄文を読んでいて、どこか共感できる部分を見つけてくれるなら、とても有り難いと思う。

<<不揃いなままでステップを刻もう>>。

※<<>>内はパノラマパナマタウン「SO YOUNG」、THE YELLOW MONKEY「SO YOUNG」の歌詞より引用
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