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「若者のすべて」と「帰ろう」から与えられたもの

藤井 風が解き明かした志村正彦が残した謎「世界の約束」

志村正彦、フジファブリック「若者のすべて」のファンとして、「若者のすべて」カバーバージョンも欠かさずチェックしている。Bank Band、槇原敬之、柴咲コウ、Uruなど…。歌い手によって楽曲の表情が変わる。誰が歌ってもそれぞれの世界観にしっくり馴染んで、まるでそれぞれのオリジナル曲のように歌いこなされてしまう万能曲なのだが、「若者のすべて」カバーアーティストの中で今一番気になる存在がR&B界の新星、藤井 風である。

藤井 風はデビュー前からYouTube上に数々のカバー曲をアップし続けていた。YouTubeを始めたばかりの頃、自身は歌うことなく、ピアノソロで演奏していて、ピアノが彼の歌声みたいなものだった。不思議なことに音源がピアノだけであっても、ピアノを歌わせて演奏しているからちゃんと歌が聞こえたし、ピアノ弾き語りの時も、例えば椎名林檎や東京事変の楽曲を歌っている時は、ピアノがギターの音色に聞こえる。ピアノがまるでギターに見える。曲に合わせてピアノを自由自在に別の楽器や歌声に変換させるように弾くことのできるピアノの魔術師・藤井 風は洋楽のみならず、J-POP、時には昭和歌謡曲やアニソンなどもジャズアレンジを加えたりして、見た目も遊び心のある表現方法で多岐にわたるジャンルの曲を動画として配信し続けていた。その中の1曲が「若者のすべて」である。

手探りで何かつかもうとしている控えめな感じからスタートして、サビに近付くにつれて歌声は力強さを増し、ピアノは荒っぽく殴るように演奏されている。運命には抗えない、葛藤や苛立ち、もどかしさを感じているような憂いを帯びたその表情は、この名曲を作り上げた志村正彦にどことなく似ている気もした。優しさと荒っぽさ、繊細さと力強さを巧みに使い分けてこの曲を表現した志村正彦と藤井 風両者の、この世を超越しているような眼差しが見つめる視線の先の世界は同じ世界なのではないかと思った。彼らにしか見えない世界があるのではと考えた。その世界がどんな世界なのか、「若者のすべて」を聞いただけの私はまだ想像することもできなかったけれど、彼らの世界に触れてみたいと思った。

今年5月、藤井 風は1stアルバム『HELP EVER HURT NEVER』をリリースした。“常に助け決して傷つけない”という意味を持つこのアルバムを締めくくる11曲目の曲が「帰ろう」である。“この曲を出すまでは死ねん!この曲を出すためにもっと日本語の曲を用意せんと!って思いました”と「帰ろう」についてYouTubeで自身が語る言葉から彼にとって相当思い入れの強い楽曲であることがうかがえる。
なぜかこの楽曲に引き寄せられた私は、「帰ろう」だけを2時間以上繰り返し聞き続けたりする日々を過ごすようになった。これはそう、「若者のすべて」と出会った時も、こんな聞き方をしていた。

夕暮れ時、運転しながらひたすら「帰ろう」を聞いていた。世界は茜色に溶けて、闇に支配される夜を迎えようとする時間帯、夕方5時の鐘の音が鳴り響いた。《5時の鐘》…。〈夕方5時のチャイム〉…。その時、私は気付いた。「帰ろう」には「若者のすべて」と同じ世界がたしかに流れていると。ぼんやりではあったものの、私も彼らにしか見えない世界を、彼らと同じ世界を見られるかもしれないと思い始めた。

これからこの2曲の根底に流れる世界の謎を紐解くために、それぞれの楽曲の歌詞を引用しながら見ていくことにする。なお、分かりやすくするために「若者のすべて」から引用する場合は〈 〉を使い、「帰ろう」から引用する場合は《 》を使うことにする。

まずは最初に気付いた〈夕方5時のチャイム〉と《5時の鐘》について。5時という時間がポイントで先程も少し述べたように1日の間で考えれば昼と夜の過渡期である。つまり昼は万物が活発に活動する“生”の時間であるとすれば、夜は活動が落ち着く睡眠の時間つまり“死”をイメージできる。“死”を知らせる鐘の音は“passing bell(パッシングベル)”と呼ばれ、臨終を意味する。それゆえ2曲の楽曲の中で使用されている夕日が沈む“5時”という時間はあの世へ旅立つ(帰る)時間とも考えられるのである。

「帰ろう」は歌詞全体を眺めると藤井 風の“死生観”が描かれている。だから臨終の鐘はイメージしやすい。一方、「若者のすべて」は「帰ろう」を聞くまでは、単純に夏の終わりを名残惜しむ歌だと思っていた。期待に胸弾む花火が始まるのを待つ間、起点となる時間が〈夕方5時〉なのだろうと。そう捉えるのが普通だけれど、それだけじゃないと気付いた。「若者のすべて」の歌詞に関してはかなり考察したつもりでいたけれど、「帰ろう」と出会ったおかげでまったく別の角度から歌詞を捉えられるようになった。

「若者のすべて」は夏の花火の歌だと思い込んでいたが、夏と花火を深掘りしていけば、“死”がイメージできる。〈真夏のピークが去った〉曲の出だしから季節の終わり、つまり季節の“死”が想像できる。四季を人間の一生で例えるなら、春は生まれたての子ども時代、夏は若者の青春のすべて、秋は大人に熟す時期、冬は老年期と言える。そして夏は1年の中で一番生命力が強い季節、命が輝く季節でもある。四季を1年サイクルで終わりを迎えるひとつの生き物と考えれば、夏の終わりは生命力が衰える時期である。四季にとっての命の終焉とも考えられる。つまり夏は一生の中で短い青春時代であり、その夏のピークが過ぎたということは青春の終わり=死も意図しているのだろうと。若者や花火になぞらえて、志村正彦もまた彼なりの死生観をこの楽曲の中に込めているのではないかと考えた。

よく考えてみれば花火は一瞬で夜空に散る。まるで潔く死ぬように暗闇に散り散りになっていく。《さわやかな風》、《やさしく降る雨》と一緒に《何も持たずに》空へ帰っていく。《一つ一つ 荷物》手放すように花火は火の粉を輝かせてあっと言う間に消えてしまう。そういう花火の描写こそ、まさに「帰ろう」の中でも描かれている“死”を彷彿させる。

「帰ろう」の中に登場する《わたし》=花火で、《あなた》=人間と仮定して考えてみた。
花火が終わった世界を人間は直後だけ惜しむけれど、翌日になれば何事もなかったかのように日常生活に戻って、昨夜の花火のことなんて忘れてしまう。《何一つ 変わらず回る》世界を花火は憎んだり、恨んだりしない。《わたし、わたしが先に 忘れよう》と何も思うことなく、空の彼方へ帰っていく…。
でも人間は完全に花火のことを忘れるわけではない。花火は物質的に何かを残してくれるわけではないけれど、花火を見た記憶は人間の心に鮮明な印象を残す。〈何年経っても思い出してしまうな〉という強烈な思い出を花火は命を散らす最後に与えてくれる。ひとりで見る花火、大切な誰かと一緒に見る花火、「若者のすべて」に描かれたように会えないかもしれない誰かを待つ時間さえ、花火の夜の思い出には含まれて、短い夏の短い一夜を一生の中でもひときわ煌めく記憶として残す手助けをしてくれるのが花火という特別な存在なのである。《全て与えて》帰っていくものがあるとすれば、それはまさに花火だと考えた。

そしてもうひとつ違う視点で捉えれば《わたし》=志村正彦、《あなた》=藤井 風と考えることもできる。志村正彦は夕日に溶けて空に帰ってしまって、今や藤井 風が志村正彦と対面することはできない運命にある。藤井 風は光を求めて、志村正彦という灯をみつけた。志村正彦がひそかに灯していた「若者のすべて」という楽曲と出会って、その楽曲の世界の核心をつくような「帰ろう」という楽曲を制作した。志村正彦のいない世界で。

2曲を聞き比べて私はまるで藤井 風の中に志村正彦の精神が宿っているのではないかと思った。比較すればするほど〈5時のチャイム〉以外にも多数言葉の類似点がみつかった。
「若者のすべて」というタイトルと「帰ろう」のサビで多用される《全て》という言葉、〈世界の約束〉と《わたしのいない世界》、「帰ろう」というタイトルと〈帰りを急ぐよ〉という歌詞、《それが運命だね》と〈「運命」なんて便利なもの〉、〈いまだに街は 落ち着かないような〉と《続く町の喧騒》、《あなたは灯ともして》と〈街灯の明かり〉、〈胸に響いて〉と《鳴り響けど》、〈僕はそっと歩き出して〉と《後目に一人行く》、《あの傷は疼けど》と〈すりむいたまま〉という表現など、偶然とは思えないほど似た言葉や表現が複数みつけられた。

そして両楽曲の中でも印象に残りやすい同じ言葉のくり返し部分も類似している。

〈ないかな ないよな きっとね いないよな〉

〈まいったな まいったな 話すことに迷うな〉

《それじゃ それじゃ またね》

《それじゃ それじゃ まるで》

という部分は言葉の並べ方が似ているだけでなく、テンポよく歌われるリズム感も似ていると言える。曲全体で見た時、「若者のすべて」においてサビの部分と「帰ろう」においてBメロの部分が相似しており、「若者のすべて」のBメロと「帰ろう」のサビは双方とも伸びやかな音が多い点で歌詞だけでなく、楽曲の構造もやや似ていると感じた。

これは藤井 風が意識して「帰ろう」を「若者のすべて」に寄せた結果であるとは思わない。無意識のうちで、死生観を歌おうとしたら、こうなったという偶然みたいな必然が作用したのだろうと私は考える。なぜかと言うと、最初に述べた藤井 風による「若者のすべて」のカバーを聞いた時、彼の歌声、演奏には志村正彦が憑依しているのではないかと思えるほど、志村正彦の精神を感じたから。もしも「若者のすべて」をカバーしていなかったら、「帰ろう」はまったく別物の楽曲になっていたかもしれない。

先に引用した通り、「帰ろう」は藤井 風にとって日本語歌詞の曲を作る原点となったような曲であり、日本語の美しい歌詞を突き詰めたら、日本語歌詞、日本語の詩で他に類を見ないほど卓越している音楽界の詩人・志村正彦の世界に似るのは当然のことかもしれない。
というか藤井 風には「キリがないから」、「調子のっちゃって」など、「帰ろう」や「優しさ」と比較するとユニークな言葉遣いの楽曲もあり、それは志村正彦も然りである。「茜色の夕日」、「若者のすべて」に代表される日本語の美しさ際立つ楽曲が多い一方で、「銀河」、「Surfer King」などやや意味不明な歌詞の楽曲も決して少なくなく、音楽と向き合う姿勢そのものが両者とも似ている結果、「若者のすべて」と「帰ろう」は必然的にひとつの物語として集約できるのではないかと考えた。

そう、この2曲は別物ではないと個人的に考える。「若者のすべて」の主人公は〈僕〉であり、口調も男性的である。「帰ろう」の主人公は〈わたし〉であり、語尾に〈ね〉や〈の〉が使用されることから女性的な歌と捉えられる。つまり「若者のすべて」の別視点、〈僕〉が〈話すことに迷う〉ほど待ち焦がれていたお相手の女性側の歌が「帰ろう」であるとも考えられないだろうか。相聞歌というかアンサーソングとも言える。もっと広義に解釈すれば、「若者のすべて」の物語の続きや謎の答えが「帰ろう」の中で描かれているのである。

〈僕らは変わるかな 同じ空を見上げているよ〉

物語の舞台である〈同じ空〉は「帰ろう」の中にもちゃんと登場している。《わたしのいない世界を 上から眺めていても》の《上》とはまさに〈同じ空〉のことを指すと思う。その空は〈まぶた閉じて浮かべて〉いた場所であり、《幸せ絶えぬ場所》でもある。「若者のすべて」の世界から数年後、大人になった女性側はもしかしたら花火のように儚い命の終わりを迎えたのかもしれない。《少年》だった〈僕〉もいつしか大人になり、《ください ください ばっかで》一方的な思いの押し付けだったり、時には《憎み合い》のケンカもあったかもしれないけれど、女性と死別か別れて、《あぁ今日からどう生きてこう》とひとりきりで新たな道を模索しようとするようなシーンで締めくくられているのである。

「帰ろう」は“死”をテーマとして扱っているけれど、終わりばかりでなく、始まりも感じさせる点で「若者のすべて」の手法と同じと言える。《最初から》と《最後くらい》、《またね》と《別れ》、《生まれるの》と《手放そう》、《忘れない》と《忘れよう》など一見、対義語に見える言葉が繰り返し使用されており、すべて“始まり”と“終わり”を印象づけている。「若者のすべて」においても、〈去った〉、〈最後の〉、〈終わったら〉などと夏の終わりを強調しているものの、〈思い出してしまうな〉、〈浮かべているよ〉、〈また戻って〉、〈とり戻したくなって〉、〈歩き出して〉、〈変わるかな〉など、前向きに新たな始まりをイメージさせる言葉が多用されているのである。両楽曲内では“終わりと始まり”、“別れと出会い”、“死と生”が巧妙に展開されており、志村正彦と藤井 風の“死生観”が似ているからこそ、まるでひとつの物語のような双子みたいな名曲が生まれたのだろうと考えた。

そして「若者のすべて」最大の難問であった志村正彦が残した謎〈世界の約束〉の答えが「帰ろう」の中で的確に解答されていると気付いた。

〈世界の約束を知って それなりになって また戻って〉

このフレーズは考えれば考えれるほど、奥が深くなって、はまってしまって、何度か自己流で解いたつもりになっていたけれど、藤井 風の解答が一番、謎の答えに近いのではないかと思えた。

《ああ 全て与えて帰ろう ああ 何も持たずに帰ろう》

《与えられるものこそ 与えられたもの ありがとう、って胸をはろう》

《帰ろう》という言葉こそ、〈世界の約束〉の答えだと思った。この世とお別れして、空に帰る、誰かがいなくなっても世界は《何一つ 変わらず回る》、別れ際、いさかいはさっさと忘れてあげて何も持たずに、《全て与えて》、帰るべき場所へ“帰る”ことが〈世界の約束〉なのだろうと、藤井 風から御名答を与えられた気がした。

今年の夏、誕生日を迎えた頃、私を取り上げてくれた産婦人科の先生が急逝していたことを秋になってようやく知った。生まれた後も、思春期以降、今年の6月までお世話になり続けていた先生だった。6月に定期検診をしてもらって、検診結果を聞く予約も入れていたのに、先生は体調を崩してあっと言う間に亡くなっていた。たいした感謝の言葉も言えないまま、あの時、いつものように病院を後にした。あの日が先生と会える最後になるなんて考えもしなかった。もしもあの時、お別れになると分かっていたら、おかげさまでもうすぐ38歳になります、37年前、取り上げてくれてありがとうございましたってちゃんと言うことだってできたはずなのに。もっと後悔したのが、先生が亡くなったことさえ知らずに、あまり花火の上がらない夏を自分なりに楽しんでいた時期で、誰かの死なんて考えもせず、自分の生活を満喫していたことがなんだか情けなくなった。先生がいなくても《何一つ 変わらず》世界が回っていることに、なぜか寂しさを覚えた。だからとっくに夏が終わって金木犀が香る頃に先生の死を知った時は、泣けた。別に毎日会っていたわけでもない。年に数回、しかも短時間しかお世話になっていない。それほど近しい人ではないはずなのに、私にとっては特別な人だったと失ってはじめて気がついた。生まれてくる時、親より先にはじめて触れてくれた人だし、誰にも言えない体の悩みを聞いてくれて、何もかもさらけざるを得ない相手だったから、そんな人、この世にひとりしかいなくて、その人がこの世にはもういないという事実が涙を止めてはくれなかった。

私だけではない。産婦人科医という職業柄、何十年にも渡って、たくさんの命と向き合って、たくさんの母子の命を救って、母になる喜びや、病気によるつらさや悲しみを受け止めてくれたのに、隠居してゆっくりする時間さえなく、花火みたいにあっけなく消えてしまった。たくさんの女性に《全て与えて》、《何も持たずに》先生は帰ってしまった。どんなに偉い医者も〈世界の約束〉には逆らえなくて、神様にもなれなくて、〈世界の約束〉に従って、〈同じ空〉に帰ってしまった。

こんな心境で過ごしていたから、なおさら「帰ろう」が心に響いたのかもしれない。「若者のすべて」も新しい角度から聞くことができたのかもしれない。

1年ほど前、私は音楽文で志村正彦のことを“風のような人”と表現していた。藤井 風は志村正彦という風に運ばれる艶のある花の香りのような人だと思った。藤井 風だから風とも思えるけれど、単純に風ではなく、香る風というか、流動的な香りのある音楽を奏でてくれるアーティストだと思う。「若者のすべて」における季節の描写の中で風の流れのようなものを原曲の方でも感じられたが、藤井 風が歌ったことによって、その風に香りがついた気がする。ピアノ弾き語りのせいか、本人の天性の色気のせいかは分からないけれど、繊細かつ荒々しい颯爽とした風みたいなピアノ演奏の中で、艶のある香りも感じられる。

以前、深夜テレビ番組でR&Bを特集していて、“オシャレ、ドラマティック、セクシー”という三大要素が重要だと知った。藤井 風はまさにその要素すべてをごく自然に備えている。「若者のすべて」を藤井 風がカバーしたことにより、楽曲にさらにドラマ性が増したし、「帰ろう」とあわせてオシャレなひとつの物語が完成したと言えるだろう。

まとめると「帰ろう」は「若者のすべて」のオマージュ的作品と捉えられ、志村正彦を心の底からリスペクトするように「若者のすべて」をカバーした藤井 風の中には志村正彦がいて、藤井 風の優しさの中に志村正彦の優しさも根付いている気がする。
両楽曲ともに、一語一語一音一音、丁寧に歌われていて、聞き手の心に彼らの優しさが届けられる。彼らの音楽は生きていく上で必要な何かを私たちに与えてくれる。

《与えられるものこそ 与えられたもの》

藤井 風は志村正彦から「若者のすべて」という楽曲を与えられた。その曲が藤井風の死生観と一致して「帰ろう」という新たな楽曲が生まれた。藤井 風は私たちに「帰ろう」という楽曲を与えてくれた。二人のアーティストから素晴らしい2曲を与えられた私たちは一体誰に何を与えられるだろうか。〈世界の約束〉には抗えないけれど、夏のように短い人生の中で、せめて出会えた身近な人たちに最後は「ありがとう」って感謝を言えるような関係性を築くことが、志村正彦と藤井 風に2つの素晴らしい名曲をこの世に送り出してくれたことに対する感謝の気持ちを伝えることにつながるのではないか。去り際、恨み、憎しみなどは忘れて、忘れてあげるという優しさと、ありがとうと感謝する気持ちを持つことが大事だということを藤井 風から教えられた。

“死ぬときのことを考えるのは全然ネガティブな話とか怖い話じゃなくて、死ぬっていうか帰るときのことを考えることが、じゃあ今どうやって生きていけばええか考えるきっかけになるし、より良い今をみんな生きていけるなじゃないかなと思う”と藤井 風はテレビの報道番組の特集内で語っていた。「帰ろう」にはそれが色濃く反映されている。“どうやって生きていけばええか”考えるきっかけになりそうな楽曲こそが「若者のすべて」である。短い夏の描写には実は生き方も描かれていて、悩み葛藤しながらもどうやって前を向いて生きていくかという志村正彦なりの生き様が表現されている。きっと志村正彦が描いたもどかしい生き方からもヒントを得て、藤井 風は「帰ろう」という壮大な命のストーリーを完成させたのだろうと思う。2曲は出会う運命にあったのだと。時を経て「若者のすべて」と「帰ろう」が揃ったのもまた〈世界の約束〉であり、必然だろう。

これは個人的な願望なのだが、「帰ろう」をシングルカットして、A面「帰ろう」、B面「若者のすべて」という藤井 風のシングルCDが発売されたらうれしいなと思う。2曲が1枚に収められたら、本当にひとつの物語として完成しそうだし、そこから新たな物語が始まる気もするから。

〈最後の最後の花火が終わったら〉

《あぁ今日からどう生きてこう》

音楽という明かりを残して、それを私たちに与えて、空に帰った志村正彦は今頃何をしているだろうか。ギター弾き語りで志村節の「帰ろう」を歌っていないかな。曲の印象はガラリと変わるかもしれないけれど、優しいメロディーと美しい日本語の歌詞が志村正彦にもきっと似合う。

風になった志村正彦が藤井 風という甘く香る音楽を奏でる人を運んできてくれたのだと私は信じている。二人が楽曲を通して教えてくれた死生観を忘れなければ、優しく穏やかな気持ちで生きていける気がした。

志村くんも産婦人科の先生ももうこの世にはいないけれど、形はなくとも音楽や心を残してくれて、私に与えてくれて、亡くなった人たちが与えてくれたもので、生きている人たちはつらいことがあっても“帰る”まで生きていけるんだと気付いた。故人から与えられた大切なものを、周りの人たちに与えながら、生きていける。この世に数々の素晴らしい音楽を与えてくれた志村くんと、病気に立ち向かう勇気を与えてくれた先生にありがとうと伝えたい。そのことを「帰ろう」と「若者のすべて」を通して教えてくれた風くんにもありがとうって伝えてから、いつの日か私も帰ろうと思う。

“帰ろう~っていうのが降ってきて”と風くんは言っていた。それってもしかしたら音楽の神さまのひとりになったであろう志村くんが空の上から落っことしたメロディーと言葉なんじゃないかな。“この曲(帰ろう)は「全ては神からの贈り物」ってことをわしに思い出させてくれるものすごい大きな力を持った曲ってことは認めざるを得ません”ともYouTube内でしみじみ語っていたし。神さまから風くんに与えられたギフトを私たちにもプレゼントしてくれて本当にありがとう。

「帰ろう」という楽曲が存在するだけで、優しい気持ちで生きていける。「帰ろう」は帰るまで生涯ずっと大切にしたいと思える神曲だ。ピアノを歌うように弾く人、歌をピアノを弾くように歌う人、藤井 風から与えられた贈り物は多くの人たちと分かち合い、与え合いたい。
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