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THE BACK HORN への感謝を

こんな時だからこそ

17歳の時にTHE BACK HORN に出会った。
それから18年、今も変わらずTHE BACK HORN が大好きだ。
これから綴る言葉は、あの日から今日まで鳴り止まむことなかったバックホーンの音楽と、伝え続けてくれている想いへの感謝の気持ちです。
 17歳、御多分に洩れずの思春期あるあるの真っ只中。
学校も家族も何もかも嫌だったが、自分のことが一番大嫌いだった。
そんな17歳で出会った THE BACK HORN 。
その歌を初めて聴いたとき、それはわたしに共感をくれた。共感はわたしに顔を上げさせて、その視野を広げた。
広がった視野はわたしの見る世界を変えた。
聴きながら泣いて泣いてひとしきり泣いて顔を上げたら、部屋から見えた景色全てが西陽に染まって綺麗だった。
同じ気持ちの人がいる。
その共感からの心強さは、大嫌いな家から大嫌いな自分が見る大嫌いな世界を美しいと思わせた。
世界を美しいと思うかどうかはわたしの心しだいだとハッキリと理解した瞬間だった。
その日から、THE BACK HORN の歌がわたしの中にいつもある。
 引きずった過去が顔にべったり張り付いてる気がして上手く笑えず、人の目に映ることが不安で、拗らせた自信のなさは人に優しい言葉の一つも言えず、上手い会話も出来なくて自己嫌悪の毎日。
それでも、その人生を嫌いになれず生きたいと思えたのはバックホーンがいたからだ。
思い出せば消えたくなるような、情けなさも恥ずかしさもまだある痛みも、それらを全部引きずってそれでもこれがわたしで何が悪いんだと人生に向かって啖呵を切って歩いてく、後ろに向かってるのか前に向かってるのかは知らないが歩ける力をくれたのはバックホーンだ。
弱さがあってそれでもなお、自分が生きてる毎日をこの毎日を生きてる自分を、認めようとする勇気をくれたのがバックホーンだ。
バックホーンが歌う、哀しみも虚しさも弱さも、愛しさも憎悪も喜びも絶望もすべてひっくるめて闘う人間の歌を聴いて、生きていけると確かめている。
バックホーンの、生身の人間の全てを曝け出して、今この時だけでも生きてて良かったと思えるように全力で繋ごうと全身全霊で掴もうとするそのライブへの感動が、この世界を生きたいと思わせている。
 幼少期に、今の一瞬後に死ぬかもしれないんだと感じたとき、じゃぁなぜ生まれて生きてるのかと本気で考えた。
思春期になっていよいよ人生暗雲、ろくなことが起きない毎日にまた考えた「なんで生きてんだ?」
それは今も感じるけれど、答えはもうどうでも良くなった。
ろくなことが起きず、一瞬後に死ぬかもしれないその人生を、死ぬまで生きる。
それに尽きる。
笑うも泣くも心のままに。

「顔が向いてりゃ前向きだろう」(「ラピスラズリ」THE BACK HORN より引用)

こんな歌達がいつも側にあるんだ、励まされるなんてもんじゃない。

 つらつらと書いた自分語りで何が言いたいのかというと、わたしが頑張ってると言いたいわけでももちろんない。(むしろ頑張れない人間だから生きてる実感に執着心がある)ましてやバックホーンがいないと生きていけないなんてそんなプレッシャーをかけるような情けないことを言いたいわけでもない。
ただわたしは、彼らが一人の人間に与えたエネルギーの凄さとその影響を伝えたかった。
THE BACK HORN が歩んできた道筋が、人の力になった事実はそのまま彼らの魅力だと思うから、独りよがりの自分語りになってしまったけれど知って欲しかったし伝えたかった。
こんな時だからこそ、たくさんの人が音楽に救われたら素晴らしいことだと思うし、それがバックホーンの歌だったらとても嬉しい。だから伝えたかった。
そして冒頭にも書いたが感謝を。
ファンレターにでも書きなさいよって話だが、あえて人の目に触れる場に書き残しておきたかった。
こんな時だからこそ、、!
言えるうちに大声で、大好きと感謝を。
THE BACK HORN 本当に本当に、本当にありがとう。
わたしはわたしの意思で生きてるよ、その毎日にバックホーンの歌があるよ。
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