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藤井 風が見せてくれた武道館ライブでの光景

“NAN-NAN SHOW 2020” HELP EVER HURT NEVERを観て

 2020年10月29日、 Fujii Kaze “NAN-NAN SHOW 2020” HELP EVER HURT NEVERが開催された。新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、主催者側も観客たちも、みんなが新型コロナウイルス感染防止対策に細心の注意を払い、ガイドラインをしっかりと守ったうえで行われたこのライブ。藤井 風という新進気鋭のアーティストが、日本武道館という伝統的な場所で、この状況下にライブを行うのは、とても勇気のいる決断だったと思う。それと同時に、コロナ禍によって止まってしまっていた日本のアーティストたちのライブ活動を、感染防止対策を維持しながら再開して行くためのプロトタイプとなる、音楽業界にとって大きな一歩になったのではないかと、私はど素人ながらに感じている。

 藤井 風の武道館ライブは、ただただ本当に素晴らしくて、楽しくて、幸せな気持ちになるライブだった。まずはその歌声と、ピアノ演奏が圧巻だった。そもそも音源が素晴らしいのはもちろんだが、それを超えて行く圧倒的なパフォーマンス力だった。加えて、演出もすごくかっこよかった。デジタル技術とライティングを駆使し、ステージ上に設置されたキューブに映像や歌詞を映し出す最先端の演出で、とても幻想的であると同時にエッジが効いていた。   

 セットリストは、アルバム『HELP EVER HURT NEVER』のすべての曲を演奏してくれたのに加え、カバー曲4曲と新曲2曲も披露してくれるという大充実なものだった。終始聴き入ってしまい、ショーの世界に引き込まれていた。ライブのオープニングで演奏された『アダルトちびまる子さん』(『おどるポンポコリン』のカバー)を聴いた時、こんなにアーバンでおしゃれでかっこいい『おどるポンポコリン』は聴いたことがないと思った。名曲『丸の内サディスティック』を藤井 風が歌うと、また違ったかっこよさがあった。『Close to you』や『Just the Two of Us』といった洋楽のカバーも歌ってくれた。『Just the Two of Us』では、繊細で力強いボーカルと、重厚感のあるピアノの音色と巧みな指さばきに圧倒された。耳に馴染んでいるアルバムの曲たちが演奏されると、ついいっしょに口ずさんでしまいそうになるが、私はいかんいかんと口をつぐんだまま、心の中でいっしょに歌っていた。

 ステージの形状は、全体が白で統一された四角いセンターステージ。四角いと言っても、四隅は取られていて、真四角ではなかった。さらにその中央に同じく白の丸い段があり、その上にピアノが置かれていた。その丸い段の周りを囲むように、”HELP EVER HURT NEVER”の文字が円の形に書かれていて、丸い段がゆっくり回転する仕掛けになっていた。東西南北の座席にいる観客たちが、ちゃんとまんべんなく藤井 風のパフォーマンスを正面から観られるよう配慮されていた。

 第一部終了後の換気タイム(15分間)で、第二部へ向けてスタッフの方々がセットの入れ替えを行なっていた。ステージの形は変わらないか、ステージを覆う色が白から黒へと変わった。第二部ではバンドメンバー(ドラムス、ベース、ギター)を迎え、全方位の観客たちに届くように動き回りながら、時にピアノから離れてスタンドマイクで藤井 風は歌っていた。私は北西スタンド2階席だったので、最初に座席番号を見た時は、これはもしや真横か後ろ姿しか拝めないのではないかと思っていたので、この配慮はとてもうれしかった。『キリがないから』では、アンドロイドの姿でめちゃくちゃリアルなロボットダンスを披露するダンサーとともに踊る藤井 風の姿が、新鮮で印象的だった。 

 普通なら誰しも、声量を上げて歌っている時の顔をアップで映されたら、どんなに気をつけて意識していても、顔が面白くなる瞬間が必ず映り込んでしまうはずだ。だが、藤井 風は違った。四方八方からカメラで撮影されているなかで、どの瞬間も、どの角度からみても、どこを切り取っても絵になる、彫刻のように端整な顔立ちと表情だった。そして、ひとつひとつの動きにも、見せる=魅せるための気概が感じられた。私にとっては、これも今回のライブにおける数ある驚きとハイライトのひとつだった。藤井 風のパフォーマンスは、ものすごい集中力をもって、歌声、ピアノの演奏、仕草、表情、ダンス、といったひとつひとつ細部にまで神経が行き届いているのを感じた。歌唱にせよピアノ演奏にせよ動きや仕草にせよ、自身のパフォーマンスをこの領域にまで持って行くには、きっと底知れない努力と鍛練を積み重ねてきたに違いない。 

 新型コロナウイルス感染予防対策で私語や歓声は厳禁だったが、拍手や手拍子、スタンディングで音楽に合わせてノるのはOKだったので、みんな思い思いに楽しんでいた。私も心地よい音楽に揺られていた。各曲の終わりには、歓声の代わりに、鳴り止まない大きな拍手が続いていた。藤井 風はMCで、ゆっくり言葉を選び、時に訥々としながらも、飾らない言葉でみんなに語りかけていた。ひとつひとつのMCはそんなに長くはないけれど、そこでの言葉のひとつひとつがとても大切だった。オーディエンスとの直接的な言葉のキャッチボールは感染防止対策上できなかったけれど、思いはしっかりと伝わっていた。そして何より、最高のパフォーマンスをする藤井 風とそれを受け取るオーディエンスとの間には、言葉じゃなくても、それを超えたコミュニケーションがあった。  

 以下は、ライブのMCで藤井 風が言っていたことの抜粋だ。私の頭の中のメモを頼りにしているので、一語一句正確ではないし、曖昧な記憶により意訳してしまっているところもあるかもしれない。それでも、大事な部分はちゃんと心の中に残っている。

「自分の音楽は祈り。祈りは自分にとってとても大切。自分も怖くなってしまう時がある。でも祈りがあるから、自分もこうしてみんなの前に立つことができている。」

「ネガティブなもの、ドロドロしたもの、そういうものが生まれるのは仕方がない。でも、いつか去る時、ネガティブな気持ちのまま死んでいきたくない。ネガティブなものもすべて流していこう。」

「自分自身ももがきながら音楽を創っている。楽しみながらもがいて、楽しく生きていきましょう。」

「このライブで、みんなのことを少しでもポジティブな気持ちにできたらうれしい。」

やっぱり、その人の人間性や生き方は、その人が生み出す音楽やパフォーマンス、語る言葉に色濃く反映されている。

 このライブの数あるハイライトの中でももうひとつ忘れてはならないのが、初披露された2曲の新曲『へでもねーよ』と『青春病』だ。この2曲はすごく対照的で、曲調も歌い方も非常に異なる。藤井 風はライブのMCで、「この2曲には、みんなを奮い立たせるような曲にしたい、という思いが込められている」というようなことを語っていた。『へでもねーよ』はすごくアグレッシブで尖った音にのせて、人からの敵意に負けない心意気が表現されていて、今までの藤井 風の曲にはないタイプの曲だったので、いい意味で衝撃的だった。『青春病』では、ものすごくポップで爽やかで軽やかな曲調とは裏腹な歌詞(ライブの演出でステージ上のキューブに映し出されていた)に見入ってしまった。以下は歌詞からの抜粋だ。

《青春の病に侵され
儚いものばかり求めて
いつの日か粉になって散るだけ
青春はどどめ色
青春にサヨナラを》

《無常の水面が波立てば
ため息混じりの朝焼けが 
いつかは消えゆく身であれば》

《野ざらしにされた場所でただ漂う獣に
心奪われたことなど一度たりと無いのに》

《青春のきらめきの中に 
永遠の光を見ないで
いつの日か粉になって知るだけ 
青春の儚さを…》

(すべて藤井 風『青春病』より引用)

 年齢で人を判断することはできないし、素晴らしい音楽と才能に対して、年齢というステレオタイプやバイアスは不要だ。でも、それでも、23歳でこのような歌詞を書くのはすごいとしか言いようがない。もっと年齢が上の人でも、このような歌詞は書けないのではないだろうか。なぜなら、通常「青春」とは、人生における最も美しい瞬間として美化されがちなものだからだ。本人による曲紹介のMCで『青春病』というタイトルを耳にしたとき、私はかなりインパクトのあるタイトルだと思った。「青春」とは、デジタル大辞泉(小学館)によると、「夢や希望に満ち活力のみなぎる若い時代を、人生の春にたとえたもの。」と出ている。その青春の儚さに囚われてしまうことに対して「病」と名付ける、本質的で冷徹なその視点。歌詞に出てくる「どどめ色」も、後から調べてみたら、桑の実の色から来ているそうで、黒紫色や青紫色を指すようだ。「青春」という言葉を聞いて普通思い浮かべるような、明るいキラキラとした色彩の色ではない。藤井 風が物事を見つめる視点は、ものすごく達観している。

 ライブがあったその日は、私にとって、悪い日でありすごくいい日でもある、両極端な1日だった。その日の朝、私は駅の改札で、前から歩いて来た知らない男性に、何が気に入らないのかいきなり、声に出すのも、文字にするのもはばかられるような暴言を一方的に吐かれた。それに反応するのも嫌だったので、私は何事も無かったかのようにその場を通り過ぎた。でも、心の奥では、すごくやるせなかった。何でいきなりそんなひどいことを言われねばならないのだろう、と。私は、その思いを心の中にしまい込んで、考えないようにして、息つく暇もないほど、やらなければならない仕事を一生懸命やった。

 ネガティブな気持ちに流されまいと、ようやく1日を乗り切って、仕事を終えた私は武道館までやってきた。そこには、藤井 風のライブという、楽しくて幸せな時間、でもあっという間のひと時があった。藤井 風は、最後に『帰ろう』を歌ってくれた。それを聴いていると、その日1日心の中にしまい込んでいた思いが溢れて、涙が出てきた。優しい歌声に、自然と心が軽くなった。朝にあった嫌な出来事も、悲しい気持ちも、しんどかったことも、すべて流してくれた。この素晴らしい時間は、今日という日をがんばった自分へのご褒美なのだと思った。帰りには、来場者ひとりひとりに武道館ライブの記念ポスターを配ってくれる、その心遣いにも感動した。1日の終わりに、「今日はいい日だったな、ありがとう。」と思うことができた。今日はこうなるべき日だったのだ、と。

 『何なんw』、『もうええわ』、『キリがないから』、『調子のっちゃって』、『特にない』、『死ぬのがいいわ』、そして『青春病』と『へでもねーよ』——藤井 風の曲のタイトルや歌詞には、時にドキッとするようなネガティブな言葉や、完全にネガティブじゃなくともネガティブなニュアンスで使われがちな言葉がかなり出てくる。にもかかわらず、すごくポジティブな気持ちになれる。元気が出てきて、心が軽くなり、気持ちが奮い立つ魔法の言葉。その言葉を藤井 風が素晴らしい音楽と歌声にのせて、まるで風のように聴く人ひとりひとりに届けてくれる。これからも、藤井 風の音楽が、言葉が、メッセージが、もっともっと広く沢山の人たちの心の中に届いて行くだろう。
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