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親愛なるわたしの太陽に

MONOEYSが照らした一夜のこと

 はじめに一回叫ばせてほしい。めちゃめちゃ楽しかった!

 MONOEYESの生配信ライブ「Between the Black and Gray Live on Streaming 2020」を観た。
 いろんなことを思った気がする。わたしにとってはおよそ一年ぶりのライブだったし(一年前のそれもたしかモノだったし)、さまざまの感慨があった。
 でも、とにかく、全部ひっくるめて、楽しかった、ほんっとうに楽しかった。こんな状況のなかでさえ、いつも通りの、ひたすらに楽しいモノのライブだった。


 何から書こう。まず思い浮かぶのは、ドラムの一瀬の満面の笑顔。
 この日は、最新アルバム「Between the Black and Gray」の曲たちが初めてバンドセットで演奏された日であり、その純粋な喜びと気合いとがのっけからみなぎっていたけれど、なかでも一瀬の表情はとびきりだった。あふれんばかりの楽しさがまっすぐに伝わってきたし、本人からも「楽しさを噛みしめながら演奏していました」という言葉があって、その一致が眩しく、なつかしかった。
 モノのライブの好きなところは、なによりもこの率直さだ。ものすごく楽しいからめちゃくちゃ笑顔になる、それだけの、頼もしい単純さだ。ああ、わたしの大好きなモノのライブに来たなあと実感した。

 もちろん、いつもと違うところもたくさんあった。配信ライブという形じたい、致し方のない制約を受け入れた結果ではある。けれどもそんな気まずさは皆無で、むしろみんな、イレギュラーを楽しんでいたように思われる。

 四人が向かい合って演奏していたのがまず良かった。対面する客がいないことから取られたスタイルだろうが、互いに目を合わせ、笑いあいながら演奏する四人の姿には、見ているほうもぐっとくるものがあった。カメラワークは自在で魅力的だったし、会場全体を縦横に使った照明も壮観だった。

 そう、会場。会場を途中で明かした演出が最高だった。「Fall Out」のバンドインに合わせて幕が落ち、視界がひらけた瞬間の身震いは忘れられない。
 日本武道館。大好きなバンドがそこに立っている嬉しさと、その見せかたの大胆さと、単純に初生演奏の「Fall Out」の圧倒的なかっこよさと。アーカイブで何度も観たけれど、何度でも興奮した。今思い出しても鳥肌ものだ。

 あの景色を創り上げるまで、未知の試みや困難がさまざまあったことだろうことは、想像に難くない。けれども、ライブ中にはそんなことよぎりもしなかった。モノはかずかずの制限を受け入れながら乗り越えて、目指した舞台にたどり着き、そこでただ、いつも通りのめちゃくちゃに楽しいライブをしたのだった。
 メンバーもスタッフも、あの場に携わるすべての人を含めた、バンドの底力が、あの絶景を見せてくれたと思っている。


 いっぽう、どうしても欠落のままだったところもある。
 MCでも何度かふれられたが、空の客席はさすがに大きな存在感だった。背景にその空白が見えるたび、やるせない気がしたのは、わたしだけではないだろう。
 寂しいのは当たり前のことだ。覆い隠す必要もない、むしろ大切な痛みなのだと思う。もう珍しくない無観客だが、彼らにとってもわたしたちにとっても、それはやっぱり足りないものだ。楽しさだけでなく、同じ場所にいられない悔しさをも、そうして共有できた気がしている。「次はいっぱいのお客さんで」と、武道館リベンジがその場で決まったのはモノらしかった。


 そうやって、モノは聴き手と、つまりライブハウスの「バカども」と、一緒にあり続けてきたバンドだ。

 とても印象的な場面があった。「Get Up」の曲中でのこと。細美が、カメラ越しにまっすぐこちらと、自分を、順に指して。

 Without the moon
 The sun won’t rise
(月がないと
 太陽も昇らない)

 と歌った。
 少しのしぐさだったが、いろいろ去来する瞬間だった。

 モノが始まって五年。長いような短いような。四人の間に五年があるように、わたしとモノの間にも五年がある。
 「Get Up」はとくべつ好きな曲のひとつだ。いろんな景色が詰まっている。電車で聴いたり、散歩しながら聴いたり。海辺で聴いたりもした。嫌いだった夏は、この曲のおかげで少し楽しみになった。初めて聴いたときは未成年だったけれど、今はベランダでたばこを吸いながらぼうっと聴くのも好きだ。
 どうしても眠れなくて、布団をひっかぶって聴いた夜もある。憂鬱な朝には小声で歌って歩いたし、へとへとに疲れた帰り道、夕焼けと相まって聴きながら涙ぐんだこともあった。
 ずいぶん助けられてきたと思う。どの曲にも固有の思い入れがある。ライブはずっと楽しいだけだけれど、「バカども」のひとりになって笑えた記憶じたい、いつしか大きな支えになっている。
 そういうのがまとめてよみがえった。
 頼りながら一緒に歩いてきた五年を、あのとき抱きしめてもらったようだった。

 おこがましい言い方かもしれないが、彼らがたどり着いて見せてくれたこの景色に、わたしもまた、生きて、同時に、たどり着くことができたと思った。

 If you are sore from yesterday
 The sunrise means that you are still alive
 Get up, get up, get up
 If you hear me roar today
 It certainly means that you are not alone
 Get up, get up
 Just come around
(傷を負ってても
 朝日が昇るなら生きてるってことだ
 起き上がれ 起き上がれ 起き上がれ
 俺が吠えるのが聞こえるなら
 君は一人じゃないってことだ
 起き上がれ 起き上がれ
 顔を出しにきてくれよ)

 先の見えない状況のなか、じくじくと続く不安に丸まっていた背中を、この日の「Get Up」は力強く叩いてくれたように思う。大好きな曲との、大切な経験が、そうしてまたひとつ重なったのが嬉しかった。

 モノはこんなに近くにいる。今までも、今も。
 物理的な距離があったぶん、身にしみて感じられた。これからだってそうだろうと、確信をもてる気がした日だった。
 
「どこにもいないようで
 今でも触れてるそんな
 ふうに」(「彼は誰の夢」)


 気がつけば今年も残り少ない。いつにも増して早かった一年の間に、様変わりした日常は戻ってくるのか、これから何がどうなるのか。わからないことばかりだ。
 だから今、MONOEYESに会えてよかった。
 逆境のなかでも、モノはこんなに楽しかった。大きな目標をひとつ叶え、さらに先の約束まで眼差していた。揺らがない彼らの姿に、ほんとの太陽のように勇気づけられたこの日のこと、いつか全部が元通りになっても、わたしは忘れないと思う。

 次の武道館、すごく楽しみには違いないが、チケットが取れるかどうかは、今のところ正直どちらでもいい。それほど、この夜は明るかった。
 最後にもう一度。ああ、楽しかった!
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