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ゴッチが気づかせてくれた、”日常を取り戻すこと"の大切さ

アジカンは、やっぱり人生のヒーローだった

▼10月28日、横浜

それは苦行であるのと同時に、大きな感動と達成感で満ち溢れていた。

10月28日、ASIAN KUNG-FU GENERATIONは横浜のZeppで観客を入れた配信収録ライブを行った。2000人規模の会場にパイプ椅子を並べたうえ、席も通路も余裕をもって空けているから訪れた人は500人ぐらいだろうか。ぎゅうぎゅうと人がひしめき合うはずのライブハウスに異様な光景が広がっていた。

この公演が、新型コロナウイルスが蔓延してから行く初めてのライブだった。昨年12月を最後に、10カ月ぶりに生の音を聴く。もちろんマスクは欠かせないし、声も出せない。いったいどんな内容になるんだろう?いつもは興奮に胸を弾ませながら会場に向かう道中も今回は想像のつかないことばかりで、まるでこれから会社に向かうかのごとく平静だった。

わたしの青春時代は、そのままアジカンの軌跡と重なる。中学に入学した2004年に、大ヒットを記録したアルバム「ソルファ」が発売された。大好きな「或る街の群青」が収録された「ワールド ワールド ワールド」が出たのは高校2年生。CDを聴き、MDに移し、そしてiPodを経てApple Musicで。デバイスは変化してもアジカンの音楽は変わらず聴き続けた。アラサー世代にとってはBUMP OF CHIKEN、ELLEGARDEN、RADWIMPSと同じく、まさに人生の伴走者たる存在だ。

▼骨、血液、内臓を揺らす"生"の音

今回の公演は、後日有料配信されるそうなのでセットリストを明かすのは控えたい。ゲストの君島大空(彼が最初の出番だったので久しぶりに聴く生演奏の音のデカさに体がびくっと飛び上がってしまった)、突然少年、羊文学を迎えたあと、アジカンの4人は静かに演奏を始めた。

座席は前から6列目。しかも1席ずつスペースを空けているからメンバーの表情がよく見える。神妙な面持ちでイントロを奏で、サビに近づくにつれてスポットライトに照らされた彼らのほほが緩んでいく。

アジカンの躍動を見ながら、体の芯がにわかに震えた。

伊地知潔の叩くドラムが骨を打ち、体の中で反響している。
喜多建介がかき鳴らすギターに呼応して、血液がふつふつとたぎっている。
山田貴洋が紡ぐベースの重低音が、見えない内臓を奥底から揺さぶってくる。
そして、後藤正文=ゴッチの低く、やさしい歌声が体のすべての器官に染みいった。

ステージの音はすべてわたしの体内を駆け巡り、洩れ出る声や涙となって昇華していった。
音と身体が一体化する感覚。
そうだ。これが”日常だったもの”なのだ。

地面に圧しつけられそうになるほどの音の重みを感じることも、人がたくさん集まってひとつの大きな感動を共有することも、当たり前にやっていたことだった。
それが外出自粛から半年以上がたち、マスクをつける、検温を受ける、できる限り遠出せずに静かにすごす――そんな非常事態をいつの間にか日常として受け入れてしまっていた。それどころか、だんだんと「まあこの生活も悪くないな」ぐらいに思い始めていた。
いったいなんてことだ。

▼ライブは、クソみたいな暮らしの先にあるもの

MCでゴッチはこういった。

「俺らのライブは一瞬の夢の時間じゃなくて、クソみたいな暮らしの地続きの先にあって、たぐり寄せればまた巡り会うかもしれないようなものにしたい」

「声は出せなくても、みんなから幸せな何かが出てきているのが分かる。そして俺たちのもそう。メガネのゆるふわの、このおっさんの腕から出てるものを感じてほしいな」(意訳)

人はなぜ、音楽を生で聴くためにわざわざ足を運ぶのだろう。人が密集する場所が忌避され、ストリーミングや動画配信全盛の、この時代に。音楽関係のイベントが消失してからずっと考え続けてきた問いの答えが、ゴッチの言葉ですこし見えた気がする。

わたしたちはなにも音だけを聴いていたわけではなかったのだ。メンバーのうれしそうな表情や動きを五感でくまなくとらえて、隣のお客さんが一緒に跳ねる様子を横目に見て、ひょっとしたら見えない第六感も開いて「ライブ」を体全体で感じていたのだ。そうして観客のわたしたちもまた、目には見えない「幸せな何か」をステージに立つ人間たちにしっかり届けていたんだな。

感染症は人命や仕事、娯楽だけでなく、物事や人に対する想像力をも奪っていった。東日本大震災で作り上げられた日本のネット社会は混沌に拍車がかかっている。当たり前だったことが当たり前として機能しない毎日が長く続くせいで、いつしか「当たり前じゃない毎日」が当たり前のような顔をしてやってくるようになった。

あの日のライブは、かつてあったはずの当たり前の日常を再確認する場だった。クソみたいな暮らしの先にアジカンがいることを確かめ、取り戻す作業をアジカンのメンバーと観客のみんなで行ったんだ。愛おしさとやさしさでいっぱいの時間だった。


・・・

通常よりもすくないアンコールの拍手に応じて始まったのは「リライト」。ゴッチが声を振り絞って「リライトしてぇぇぇ!」と叫んでいるのを無言で聴くなんて人生でもうこれっきりにしたい。それほど苦行だった。それでも、感染対策を徹底したうえでこんなにすばらしい公演を実現してくれたメンバーと会場関係者のために、わたしたちは”声を出さない”ことで応えた。どうか、3daysの間に感染者が発生しないことを願ってやまない。

アジカンは、やっぱり人生のヒーローだ。
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