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もし英雄になりたければオレについてこい。

悪意と絶望のジョン・レノン。

父親のカセットテープの中に入っていた古い音楽を聴くのが好きだった。ビートルズだと、初期の『プリーズ・プリーズ・ミー』に入っている曲を聴いていたと思う。それに、ジョン・レノンの『イマジン』も聴いていた。そういった思い出があるためか、私にとってビートルズは、ジョン・レノンは、手を伸ばしても届かない、世界で一番のミュージシャンで、ビートルズは、誰にも真似できず、真似もされず、メンバーたちの孤独を表現していたバンドだ。もっとも、ジョンは40年前に死んでいる。本当の彼を覚えている人が、どれだけいるだろうか。
ビートルズが消滅した1970年、ジョン・レノンはプラスティック・オノ・バンドで『ジョンの魂』を発表している。「マザー」「労働階級の英雄」「孤独」「回想」「ラヴ」「ぼくを見て」「ゴッド」といった曲は、世界一のバンドをやめて、ただのジョン・レノンに戻った男による、孤独の叫びだと思う。「労働階級の英雄」という歌は、イギリスの田舎で貧乏人として過ごしたジョンの、絶望の曲だ。「かれらは君を家で殴り、学校でも殴る」「彼らは君を賢ければ憎み、馬鹿であれば軽蔑するんだ」「君はテレビと宗教とセックス漬けになっている」「君は賢ければ階級から自由になれると思っている」「でも君はどうしたって小作人のままだ」……とても、ビートルズ時代のジョンと同じ人間が書いた歌とは思えない。ビートルズ時代にこんな歌を歌っていたら、ブーイングの嵐だろう。ビートルズ時代の夢から覚めてしまった男による、孤独と絶望の歌詞。
ジョンは、いい両親に恵まれなかったことで、幼いころは辛かっただろう。それが「マザー」という歌になっている。「母さん、行かないで」「父さん、帰ってきて」の繰り返しの歌だ。
「孤独」という歌は、文字通り、少年少女の寂しい心理を歌っている。みんな孤独を怖がっている、家庭に恵まれたいと思っている、世界を変えたいと思っている、、、けど僕らは孤独なんだ、という、あまりにも辛い歌。
その究極が「ゴッド」だろう。「神というものは我々の苦痛を測る概念に過ぎない」と宣言したうえで、この世のありとあらゆるものを否定する。仏陀も、ケネディも、儒教も、キリストも、ヒトラーも、聖書も信じない。
「僕はエルヴィスを信じない」
「僕はジンマーマンを信じない」
「僕はビートルズを信じない」
ある日、これを聴いていて、涙が溢れてしまったことを書いておく。ジョンは、心の底から、ビートルズを辞められて良かったと思っていたのだ、ただのジョン・レノンに戻れて、ヨーコ・オノと暮らせてよかったのだ、と気づかされたからだ。と同時に、自分という生き物は、30歳をとうに過ぎているのに、いまだにジョン・レノンという人間にコンプレックスらしきものを抱いているのだ、とも気づかされた。もうはるか昔に死んでしまった人だというのに、自分はまだ十代の、ビートルズを父親のカセットテープで聴いていた頃のままなんだ、と思い知らされた。おそらく私は、ロックンロール史上最高のバンドのジョン・レノンに、未だに憧れているのだろう。そのジョンは、ビートルズを辞めて「ジョンの魂」をつくった。ビートルズ時代の夢から覚めたジョンの心の叫びを聴いて、ビートルズ時代との落差に、私はしばらく戸惑っていた。
「労働階級の英雄になるというのは、なかなかのものだよ」と1970年に歌っていたジョンは、けして愛と平和の人などではないだろう。いい両親に恵まれて、ヨーコと一緒に居て、仲間たちと一緒に音楽を演奏していたかった、ただのリヴァプール出身の男だったのだ。
マリリン・マンソンも家族に恵まれなかったという。かれは、「労働階級の英雄」をカバーしている。RO社の「告白します」で読んだが、レディオヘッドの「OKコンピューター」、それにジョンの「ハピネス・イズ・ウォーム・ガン」を好むというのだ。ビートルズの曲の中で、日本人は歌詞カードがないと、悪魔的な曲だとはわからない曲だ。マンソンが昔、デペッシュ・モードの「パーソナル・ジーザス」をカバーしていたことも追加で思い出した。デペッシュ・モードの独特なポップスが、ヘヴィ・ロックになっていた。「労働階級の英雄」も、アレンジによってはヘヴィ・ロックになるだろう。
「もし英雄になりたければ、オレについてこい」とジョンは歌う。こんなことはビートルズ時代には歌えない。歌っていたら、出来のよくない冗談だろう。ビートルズの騒ぎから解放されて、ただの男になったジョンの、心の呟きだろう。ろくに家族にも恵まれず、貧しく孤独だった男が、ビートルズとして過ごし、再び孤独になった。ヨーコ・オノと一緒に歩き始め、等身大のジョン・レノンして生きることになったのだ。もうビートルズではない彼は、ふたたび孤独を生きることになる。「貧しい人を救おう」という動機で動く人間ではなかった。心の底で捻くれてしまっていたのだろうジョンが歌う「オレについてこい」は、悪意にまみれている。少なくともこの歌を聴いて、英雄を志す人間は、まともな人ならいないだろう。
『ジョンの魂』は、悪意と絶望に満ちたアルバムだ。まずスタバで流れるようなアルバムではないだろう。この世の綺麗ごとがなにひとつ我慢ならない人間の聴く音楽である。間違っても、テレビなんかでは流れない。これは2020年の現代日本では受け入れられやすい音楽ではないか。ベトナム戦争はとうに終わっているが、日本社会を埋め尽くす綺麗ごとに不満を抱いている人間(特にROを読んでいる人)はけっこういると思うので。なお、「悪意と絶望」という言葉は、渋谷陽一がジョン・レノンについて書いた文から私が勝手に拝借したものです。悪しからず。
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