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「リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ」を観て

諦めの悪いファンが何年たってもやっぱり願うのは「あの」こと

吉井和哉は「THE YELLOW MONKEYはこれから解散という名の活動に入る」という趣旨の発言をしたことがある。2004年7月、バンド解散時に発せられた言葉だ。これは文化の本質を突いた非常に批評的な発言であった。最初に死ぬのは人間なのだ。受け手がいる限り音楽は―――音楽の中の自分たちは―――死ぬことはない。

映画「リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ」を観た。これまでに見たことのないリアム・ギャラガーの素顔が垣間見える、ロックスターのどん底からの復活劇が描かれる、そう宣伝されていたドキュメンタリーだ。事実そのような映画だった。
個人的に気になっていたのはもう一つ。「ノエルがオアシスの曲の使用を許可しなかった」というニュースだった。どうして?ノエルのコメントを読めば相変わらず隙のないウィットが満載で、それで受け手の感情をギリギリ逆立てない絶妙な発言だった。なるほど。俺がノエルでもOKは出さなかったなという。
びっくりした。2012年のロンドンオリンピックの閉会式、ビーディ・アイとして出演し会心のヴォーカルを聴かせた「ワンダーウォール」が、2017年のテロ事件を受けたチャリティライブ「One Love Manchester」で堂々と歌い上げた「リヴ・フォーエヴァー」が、映像は流れているのに本当に音楽がかかっていなかった。
ドキュメンタリーのクライマックスは同年出演したグラストンベリーフェスだ。テロの被害者に手向けられたア・カペラによる「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」、これももちろんカットされた。

これは一種のアイドル映画だ。数多あるロック・ドキュメンタリーよりも僕にはビートルズの主演映画「ヘルプ!4人はアイドル」(1965)のように映った。あっちはフィクション、こっちはノンフィクションであるが「訳がわからない」という一点において両作には通ずるものがある。「誰も知らないリアム・ギャラガーがここに」と喧伝された映画だったし、確かにその通りだ。こんなリアムは見たことがない。本当にノンフィクションなのか?どこか作り物なのでは、というほどによく出来たロードムーヴィーだ。オアシス解散からのリアムを追っかけるだけでしっかりとした起承転結があるのが面白い。他方「ヘルプ!」はアクションアドヴェンチャー風のプロットがあるものの、起承転結は滅茶苦茶だ。そして両作に共通する要素と言えば、本筋と関係ないところでひたすら観る者にツッコミを強いる小ネタの数々であり、その小ネタこそがリアムやビートルズをリアルに見せている。訳がわからないが、本当のことだ(ツイッターの目撃談がそのままリアムのちょっと良い話として度々出て来るのが面白い)。
他方、2016年に公開されたオアシスのドキュメンタリー映画「オアシス:スーパーソニック」はビートルズの「ハード・デイズ・ナイト(旧邦題:ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!)」(1964)のイメージが重なった。ビートルズが僕たちの街にやって来て、ライブをやる。そしてまた次の公演地へと旅立っていく。フィクションだがバンドの日常を瞬間的に鮮やかに切り取った映画であり、「スーパーソニック」における“オアシスの青春時代はネブワースの大合唱と共に幕を閉じたのだ(それでも「ディフィニトリー・メイビー」と「モーニング・グローリー」は今でも悪くないだろう?)”というノエルのバッサリとしたオアシス史観もまた鮮やかなものだった。
アイドル映画の一番の特徴といえば、「好きな主人公をもっと好きになる」ということに尽きる。Netflixで観たビヨンセの「HOMECOMING」やテイラー・スウィフトの「ミス・アメリカーナ」といったドキュメンタリーは、観る者に「お前はどうなんだ」という問題提起をばしばし投げつけて来る映画だった。ビートルズの映画や「アズ・イット・ワズ」あるいは「スーパーソニック」はそれとは根本的に違う。ビートルズやオアシス、リアムの音楽をより深く感じ取るための手段と言える。

リアムのソロ作「アズ・ユー・ワー」と「ホワイ・ミー?ホワイ・ノット」をどう聴いただろうか。僕はビーディ・アイのファースト「ディファレント・ギア、スティル・スピーディング」と同じ感想を持った。それは「これが出来たなら次も続くぞ」「何とか踏みとどまっている」という安堵感であり、逆に言えばリアムのポテンシャルに拮抗したアルバムといえば、「モーニング・グローリー」までだな、という諦観でもある。歴史に名を残す天性のヴォーカリストであることは疑いようがないのに、そのキャリアに見合う作品は殆ど残されていないという客観的な見方もできるだろう。何十本もギターを重ねてくるノエルに声一本で相対した「ビィ・ヒア・ナウ」(1997)、ノエルのスタジオ・ワークのクオリティの高さが作品の価値を担保している「スタンディング・オン・ザ・ショルダー・オブ・ジャイアンツ」(2000)、明らかに「ノエルが書き、リアムが歌う」公式が崩れ始めた「ヒーザン・ケミストリー」(2002)、アルバムのテイストとリアム作曲ナンバーのテイストが完全に合致した「ドント・ビリーヴ・ザ・トゥルース」(2005)、そして最早瓦礫の山と化した(今聴いても泣けてくる)「ディグ・アウト・ユア・ソウル」(2008)―――リアムのポテンシャルは常にノエルの音楽性やコンセプトとの比較されることで不安定だったし、リアム、ゲム、アンディの3人がオアシスブランドのソングライティングに加わったことが問題をより不透明にしてしまった。今改めて英国オリジナルの曲順で「ディフィニトリー・メイビー」を聴けば分かる。最初から最後までノエルが書いた歌をリアムが歌った唯一のアルバム。逆にいえばこの1枚が作れたというだけでそのバンドの価値が決まったというドアーズやセックス・ピストルズのようなバンドだったのかもしれない、オアシスは。
「バンドが国連なら俺はアメリカ」―――オアシス時代のノエルの発言だが、本当にオアシスはそういうバンドだ。さすがだよノエル。バンドの運営を一身に背負ったノエルの苦労はリアムには絶対に分かるまい。逆にバンドの運営(とアルバムのファーストシングル)だけには全幅の信頼を置いていたリアムにとって、自分のすべき仕事と価値は"誰の書いた曲でもオアシスブランドとして歌ってみせる"ことにあった。だからこそノエルがオアシスを辞めることは信じられなかったのだろうし、残った4人で人前に立ち続けようとしたのだろうし、もうノエルが自分とやる気がないことを認めてゲムとアンディとクリスを解放したのだろう。

リアム・ギャラガーというヴォーカリストにとって大切なのは、”あの声”とクールなファッションと太らないこと。そう思っている人は少なくないはずだ。この3つさえ揃っていればリアムはいつだってリアムとして世界に向かって吠え続けることができる。そして、その存在に拮抗し得る作品=音楽が生まれるには僕たちはもうしばらく待たなくてはならない。この文章を書き出した時にはこんなことを書くとは思っていなかったが、リアムのソロアルバムをノエルがプロデュースする日が来ることを気長に待とうと思う。ノエルが書けなくなった時も含めて独り歌い続けオアシスをレガシーにした頑張った男なのだ。いつか報われる日が来ることを願う。
「アズ・イット・ワズ」には全編に渡ってノエルも含めた家族愛が描かれている。自分のドキュメンタリーなのだからそのように作ってくれと頼んだのはリアム自身だろう。夢や目標を描くのではなく家族愛を描くアイドル映画、ロックスターらしいなと思った。
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