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「おげんさん」は世界を救う…かもしれない

星野源が渇望した音楽の世界

生きていくだけで疲れてしまう、そんな2020年の今日この頃。
NHKでとある音楽番組が放送された。

それは2020年11月3日、文化の日。
日本の「音楽」というカルチャーがまたひとつ成長した、記念すべき日。
たくさんの人が打ち砕かれた「暗黙の了解」や「常識」を丁寧に土に還し、その不思議なカルチャーショックに打ちのめされつつその才能を開花させ、最高に楽しい時間を作り上げた。

それが「おげんさんといっしょ」だ。

2017年5月4日に放送が始まった「おげんさんといっしょ」。
偏愛的音楽トーク番組と銘打って放送された、まさかの突発型生放送音楽番組。
おげんさん(星野源)を中心に、おとうさん(高畑充希)、長女・隆子(藤井隆)、おげんさんちのねずみ(宮野真守)といったレギュラー陣に加え、長男(細野晴臣)を筆頭とした化物級のメンバーがゆるゆると語りきびきびと演奏する姿は大反響を呼び、紅白歌合戦並みの盛り上がりを見せた。
続く第2弾(2018年8月20日)では次男(三浦大知)、声優界の永遠の17歳・雅マモル(宮野真守)が満を持して参加し、Twitterでトレンド世界1位を叩き出した。
第3弾(2019年10月14日)ではチャイナ服に身を包んだ豊豊のママ(松重豊)、ビヨンセ(渡辺直美)がゲスト参加し混沌を極めた。
つい先日(2020年5月25日)には「おげんさんと(ほぼ)いっしょ」と題して、パペット人形によるリモート収録放送を披露してくれた。
ついでに言うなら2018年、2019年と紅白歌合戦にも特別コーナーが設けられるほどの化物番組である。

そんな感じで当初から現在に至るまで、とにかく設定が混沌とした番組だ。
そして第4弾となる今回も、元気に常識の壁をぶち壊していた。
まずは「ソーシャルディスタンス増築」と題して、おげんさんの家に2階部分が増築されていた。
今までは狭い場所(台所)にぎゅうっと息子達(バンドメンバー)を詰め込んで生演奏を行っていたのだが、いかんせん今はソーシャルがディスタンスを求める世の中になってしまったための配慮だと思う。
とはいえ、各パートがそれぞれ別の箱に入って行うのは一発勝負の「生演奏」。
もちろん「星野源バンド」に名を連ねるのは猛者ばかりだが、お互いの姿も見えないままに一発で演奏するのは至難の業ではないだろうか。
ごくごく普通に演奏されていたのでリアタイ中は気づかなかったが、後からその状況を想像したら、ちょっと背筋が凍りついた。

他にも「それアリなの?!」と思う場面が山積していた。
おとうさん(高畑充希)が「ヅラ眼鏡チョッキにスラックス」という完璧なおとうさんスタイルで「She Used To Be Mine」を歌い上げて拍手喝采を浴びたり。
豊豊さん(松重豊)が妖艶な紫おかっぱチャイナ服で「猫村さんのうた(テレビ東京主演ドラマの主題歌)」で美声を披露し癒しを与えてくれたり。
次男(三浦大知)が「アイデア」歌唱中、ギター弾き語りパートでおげんさん(星野源)とついうっかり「香水」のドルガバ部分を歌い上げたり。
(※NHKは営業広告はできない。かつては紅白歌合戦で「ポルシェ」という歌詞を「クルマ」に変えるほど、企業名の使い方については徹底していた。今は少し緩和されたという話もあるけど、それでもかなり厳しい。)
更には生放送で管弦楽団とダンスのコラボまで企画されていた。
MIKIKO&ELEVENPLAYという無敵のダンス集団に、星野源バンドでもおなじみのバイオリニスト・美央さんの合作とは、まさに贅沢の極み。
そして今回はなんと、番宣がない。
中の人的に宣伝する楽曲もなく、4回目にして「おげんさんといっしょ」は本当にただの「音楽番組」としての放送になった。
これは星野源が渇望していたことで、それゆえにダンスやついうっかりコントを入れる余裕もあったのかも知れない。
もうひとつは番組後の話になるが、自身の冠番組である「星野源のオールナイトニッポン」はなんと、このNHKから放送された。
23時25分におげんさんが終了し、そのまま25時にはラジオの生放送があるという流れだったため「急いで移動しなきゃ!いや、それならNHKから放送できないかな?」という流れになったのだという。
ニッポン放送の番組がNHKから局の垣根を越えて発信されることがまず前代未聞だし、そこでこの「おげんさんといっしょ」の打ち上げをやってしまう企画も前代未聞だし、その後は中継車からラジオ放送をしつつニッポン放送まで都内ナイトドライブしてしまうのも前代未聞だった。
おげんさんはどこまで常識の壁を粉砕したのだろうか。
きっともはや吹いたら飛ぶほどの微粒子になっているのだろう。ありがとう常識、さようなら常識。

とにかく、どれもこれも自由だ。

けど、その常識を壊したのはそれぞれ理由があった。
それぞれの楽曲チョイスはおげんさんが考えに考え抜いたものであり、時には本人が「人前で歌うのは怖すぎる」と恐れていた楽曲までもが採用されている。
そんな風に選ばれた曲とはいえ、実際に歌う姿は圧巻の一言だったし、今までなぜこれを聴いてこなかったのかと悔やむほどの絶品っぷりなのだ。
意外性を含めて、その人選とそのプロデュース力には驚くばかりだ。
おまけに、そんな無茶振りに応えた出演者さん達は揃って楽しそうなのだ。
緊張しながらもそれぞれが心の底から楽しんでいる、そんな空気が画面越しでも伝わってくるから、こちらも思わずニヤッとしてしまう。

そして、常識を壊したいもうひとつの理由がその「見た目」だという。
「おげんさんといっしょ」では、その設定そのものが混沌を極めている。
おげんさんの中の人は男性だし、最年長のバンドメンバーは末っ子だし、おげんさんちのねずみなんて更に「中の人が演じる架空のアイドル」が普通に参加している。
けれども、その設定がぐちゃぐちゃになった人達が作り上げる音楽は「純粋」そのものだ。
気がつけばその見た目に左右されることなく、音楽だけが脳内に浮かび上がってくる。
テレビを目の前に、その音楽に溺れながら、手を叩いて一緒に踊ってしまう。
これは本当に不思議な話なのだが、実際に番組を見ていたら5分と経たずにその実感が沸くと思う。

そんな風に純化された音楽は、この閉塞した世界にもじわりと沁みていく。
2020年は全世界が恐ろしい渦中に飲み込まれ、誰もが「ばらばら」になった。
そんな中、出口がなかなか見えない中で何を楽しんでいくかという話を、星野源は番組終了後のラジオで語っていた。
息をすることさえ苦しくて、先が見えないままの世の中は生きていくのも結構辛い。
そんな中でも音楽を聴くことで心に豊かさが生まれ「うちで踊ろう」という気持ちも芽生える。
それは家の中であったり、心の中であったりするかも知れないけれども。

「心の中を踊らせてください」

最後におげんさんが叫んだ、この言葉が全てだと思う。
音楽は、楽しい。
そんなシンプルな楽しさが、生きていくため前に進む一歩になる。
「おげんさんといっしょ」という番組は、一見トリッキーなものに見えるかも知れない。
けど、その中にあるのは本当に純粋な「音楽」なのだ。
それは時に偏っていたり、方向性がばらばらだったりするが、その先には楽しい音が待っている。
こうして年齢も性別も格好も、全部ぐちゃぐちゃにすることによって純粋に浮かび上がった「音楽」は、かくも美しい。
こんな楽しい音楽番組を生み出してくれた星野源さんに感謝したいし、無茶振りに応えて出演してくれた出演者さん達、音楽を作り上げてくれたバンドメンバーの皆様、そしてこの番組を作り上げてくれたNHKのスタッフさん達、打ち上げまで繋いでくれたニッポン放送のスタッフさん達、たくさんの人達に感謝したい。
そして、もしかしたら「おげんさんといっしょ」がこのまま常識を壊し続けていくと、国籍も人種も超えて、世界中が踊ってしまう番組になる気さえする。
日本の音楽文化が世界を席巻したら、どんなに面白いだろうか。
おげんさんが世界を音楽で救ってしまう日が来たら、もう手を叩いて笑い崩れてしまうだろうな。
私はそんな日が来ることを期待してやまない。

そういえば、自分の中にも凝り固まった常識がたくさんあるなあ。
おげんさんを見終えてから、なんとなくそんなことを思った。
そんな常識は細かく砕いて土に還して、私も音楽の種を蒔いてみよう。
とりあえずは豊豊さんオススメのJacob Collierをチェックして、おげんさんオススメのThundercatのMVをもう一回見てみよう。
クソみたいな世の中は、そんな音楽の花でいっぱいになればいい。
そしたらきっと、ばらばらでも笑える日が来るんじゃないだろうか。

偏りまくった音楽の中で、おげんさんが世界中の人と踊っている。
そんな世界を妄想して、思わず笑ってしまった。
そんな日が来るまで、もうちょっと頑張って生きていこう。

まずはまた来年も「おげんさんといっしょ」が見られることを信じて。
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