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歌という贈りもの

〜筒美京平さんから貰った沢山の〜

竹達彩奈さん 「時空ツアーズ」2013年リリース
作詞 いしわたり淳治 作曲 筒美京平 をずっと聴いていた。

筒美京平さんの訃報に気持ちが沈みがちであったが
ふと、杉真理・松尾清憲らのユニット"BOX"が懐かしくなり探して
偶然この曲に辿り着く。

そこには全く未知の世界が存在していて7年もの間、私はそれを聴いていない方の
パラレルワールドを過ごしてきたのかと愕然とした。
煌めき、軽快さ、小気味よい 80年代のアイドルポップを思わる楽曲。けれど新しい。
編曲は小林俊太郎さんというアーティスト。そしてなんとも涙腺崩壊なのは
イントロが始まりAメロ-Bメロへ低く高く重なる杉真理さん松尾清憲さんのコーラス。サブスクで歩きながら聴くと自然とにやけてくる。
京平先生マジックの仕掛けに乗せられてリピートしていた。

人の人生には必ず限りがあるけれども、私はいつも親の子供で親はずっと存在していて
筒美京平さんは、まさに普段はいつも意識しないけど
思い出すと常にそこにいるような存在、いつまでも(こんな歳でも)大人になりきれない自分に本当に亡くなってしまったのだという現実を突きつける。

好きな音楽さえあれば生きてゆける。幼いころから漠然と思っていた。
音楽を生業にしているわけでもないのに。


2017年10月、私は一人、恵比寿ガーデンプレイスに居て
「松本隆作詞家活動47周年風待ちガーデンであいませう。」という
3日間の音楽イベントに全日参加した。
松本隆縛りの楽曲をゆかりのアーティストが歌うという夢のようなコンサート、SEからすべて松本隆作詞の楽曲が流れ否応なしに気持ちは盛り上がる。

松本隆さんの詞はそんな私の心の拠り所の一つ。
そして、はじめて詞の世界に気持ちが入り込んだ「木綿のハンカチーフ」に出会った10才の頃から松本さんの詞を追う度に影になり日向になり、見上げた夜空の月がいつまでも歩いて付いてくるように常に「筒美京平」という作曲家の存在が共に有った。


「木綿のハンカチーフ」(作詞松本隆 作曲筒美京平)は軽快なメジャーコード,にこやかにリズムに揺られ歌う太田裕美さんの姿、子供心に楽しい歌だと思っていたが
男女の手紙のやり取り、"君"と"あなた"の掛け合いの後半
"あなた"のからだを気遣う第三章からの返事は

恋人よ 君を忘れて/変わってく ぼくを許して/毎日愉快に 過ごす街角/ぼくは ぼくは帰れない/  
と始まる

"あなた"に欲しいものは何もないと言い、都会に染まらないでと願い、高価なプレゼントよりも宝石よりも"あなた"とのキスの方がきらめいていたと、いまも飾り気のない"君"にスーツ着た写真を送る"あなた"。
でも草原に寝転んだ思い出、そんなあなたも好きだけど、
冷たい都会の街で風邪をひかないで と願う"君"

ところが最終章では
ぼくは帰れないと返す。
この返事は
10才の自分の力量で推し量るには、せいぜい田舎の学校生活、テレビと図書館で借りる道徳的な本と、それよりも楽しみだった少女漫画の世界で生きていた自分にとって、想像を軽く超えていた。
男女の恋愛は必ずハッピーエンドで結ばれるだろう事しか想像できないでいた頃だ。
 
最後の言葉は
"君"からはじめて"あなた"に贈りものをねだる。それが涙を拭く木綿のハンカチーフ。

これは子供心にも切なかったが、なにより悲しかったのは
この歌が明るい曲調だった事。
殊更に重くならず、泣いて追いすがったりしない事で余計に
悲しさが増してくる。と解説できたのはもっとずっと後になってからで
本当に悲しい別れの歌をメジャーコードに昇華させて歌うという
これは粋な大人の作法なのだと後に知る。

作曲者 筒美京平 という名前は胸に刻まれた。


この曲好きだと思うと「作詞 松本隆」という事が
増えて来ると単にメロディの良さだけでは無いのだという事に気づく。

そして、しかしながらやっぱりメロディなんだなぁと筒美京平さんの曲を聞く度に感じる。
「筒美京平」なるほど、お名前の字面でさえ左右対称で美しい。

日本は筒美京平の居ない世界を生きる事になったと、
彼の死を表現した言葉を目にした時に
不思議な気持ちが湧いてくるのだ。
年長者が先に旅立つのは世の習いで、いずれ順番がくれば誰でもその時が来る。
けれども少し途方に暮れている。
よい子の歌謡曲の榊ひろとさんの千分の一位にしか"筒美京平"に関する研究は進んでいない。
そもそも歌謡曲が好きなだけで筒美京平さんの曲に特定してはいないのではないか、などと自問自答してみるが、なのに心には埋めようのない穴が開いてしまった。
-寒い。- 


筒美京平さんの初期の代表曲
「ブルー・ライト・ヨコハマ」作詞 橋本淳 作曲 筒美京平
この曲をはっきりと認識したのは、
里中満智子さんの漫画 「スポットライト」なかよし(講談社)1975年
の作品中で歌手を目指すヒロインの少女がオーディションでこの曲を歌う。
紙面には小さく曲名作詞者作曲者名の表記とJASRAC許諾番号の表示
子供心にもこのヒロインが歌ったのは実在の曲だと意識したはずで
その後、当時まだ華やかだった歌番組で何度もこの曲を耳にした
それが最初だった。漫画を読んでいながら頭には「ブルー・ライト・ヨコハマ」が聴こえていた
知らないはずのヒロインの歌声で。
ヒロインはこのオーディションで緊張しすぎて上手く歌えず
少女に自分の果たせなかった夢を投影する厳しい母親は激怒し
上手く歌えるまで家に入れず寒空の下またこのブルー・ライト・ヨコハマを歌う。
そんなの場面であった。

これは凄い事ではないだろうか、
このヒロインが歌うのは1975年の漫画の作品の中。
実在のブルー・ライト・ヨコハマのリリースが1968年
7年後にはもう2次元の少女漫画で歌われ
その1975年には
「木綿のハンカチーフ」が発表されている。

筒美京平さんの追悼番組の再放送で(HIT SONG MAKERS~栄光のJ‐POP伝説)
この「ブルー・ライト・ヨコハマ」のエビソードが印象的だった。
いしだあゆみさんはレコーディングで制作者の意図通りに歌う事ができず
何度も歌い直し、2日間掛かったと語った。下手だと怒られブースの中でストライキした
あまり良い思い出が無い曲で、凄い曲を貰ったという実感は後からで、事実は漫画よりも更に抉れていて思わず笑ってしまった。
当時の白黒映像の歌唱シーンからは
そんな事はつゆにも感じさせない完成されたあの、独特な世界を披露しこの曲の圧倒的な存在感を示している。

それよりも惹きつけられたのは
彼の人間性が実によく出ている地味ないい曲,ヒットを意識しないで作られた楽曲
として紹介された
「絵本の中で」橋本淳作詞:筒美京平作曲 
元はクローディーヌ・ロンジェというフランスのシンガーに書き下ろした楽曲で
(日本語で歌唱)
いしだあゆみさんが歌うボサノヴァ調のこの曲がとても素敵だった。


1960年代前半からレコード会社洋楽ディレクターとして
常に洋楽のヒットチャートを意識していた筒美京平さんにとって
歌謡曲や流行歌は忌み嫌う存在だった。
そんな彼がいつしか、職業作曲家としてヒット曲を連発していた頃
フォークソングの貴公子と言われた吉田拓郎「結婚しようよ」を聴き
新しいメロディと畳みかける言葉に脅威を感じたと後に語っている。
そんな「結婚しようよ」は、それまでのメッセージソングから一転
甘い夢を明るいメロディに乗せて歌う拓郎は、売れる曲は商業主義だと
古いファンからは帰れ!コールを浴びせられたのだ。
一方松本隆さんも、はっぴいえんど解散後、生きてゆく為に
職業作詞家の道を歩み始めるが、
やはり同様に歌謡曲に魂を売ったと、昔の仲間からでさえ批判の的にされてしまう。

どんな立場であっても新しい挑戦には不安や惑いが生じて時に世間の批判に晒されるが
前に進む姿勢は歌謡界と反歌謡界でも同じであると痛感するエピソードだ。
更に才能のある者は才能を呼び、次の世代へと受け継がれていく。


吉田拓郎さんといえば、
木綿のハンカチーフがリリースされた1975年の6月にフォーライフレコードを立ち上げている。
2年後自ら社長に就任した後、プロデュ―サーとして
1977年の原田真二さんデビューに関わっているが
吉田拓郎「挽歌を撃て」石原信一さんの著書の中で
こんな一節がある
「拓郎は、合宿で歌謡ポップスのヒットメーカーである筒美京平のレコードを毎晩真二に聞かせた。いわゆるプロの作曲家というものが、いかに緻密な計算した上で楽曲を創作しているかを説明した。」

この時1980年、何気なく読んだ一節はずっと私の心に残った。
何しろ原田真二さんのデビュー3連曲とアルバムはとても素晴らしく
今聴いても色褪せない。そんな創作に筒美京平さんの楽曲は影響を与えていたのだから。

筒美京平さんの居なくなった世の中、まさに今は
毎日ラジオでは筒美京平さん追悼として全国各局にリクエストが集まり
曲が流れTwitterでは毎日どこかの誰かが筒美京平さん楽曲について呟き
実はこれも京平さんの曲だったと掘り起こして語り合う。
カラオケでは筒美京平さん縛りで歌われ、「Kyohei Tsutsumi History 2013Edition」を私は購入した。

さあ、そんな私はどう生きるか、今は京平さんがお好きだったというポールモーリアのスタイルで制作されたinstrumentalの
「HIT MACHINE」筒美京平の世界を聴いている。
まだ70年代から80年代にアルバム1枚を作曲、編曲、と、トータルでプロデュースした歌手の作品を一枚ずつ丁寧に聴いてみる
という楽しみも待っている。
「絵本の中で」のようなヒットを意識しないで作ったいい曲と"時空"を遡って
出会える事に期待を寄せている。
筒美京平さんと一緒に数々の曲を世に送り出した編曲家、レコーディングエンジニアの著書を読み、京平さんとのエピソードに胸高鳴らせその時代に思いを馳せる。
それは自分が生きて来た世界とは違っても
その時代に私は確かに生きていた。
好きなアーティストのアルバムにクレジットされていたスタジオミュージシャン、
ああこの人も京平さんと繋がっていたのか、
あの時のあの曲のレコーディングではそんな事があったのかと
自分のモノクロの不鮮明な記憶が
新しい感動を持って追体験できるというのは素晴らしい事だ
年を取ってよかったと思う瞬間だ。

時間と時間、過去と現在を行き来しているこの1か月は、京平さんが今の私にくれた贈りもの
"涙拭く 木綿の ハンカチーフ" 明るく粋に。


冒頭の「時空ツアーズ」がリリースされた2013年雑誌(日経トレンディ7月号)のインタビューに応じて
"ファッション雑誌や売れてる小説を読み、今でもオリコンチャートはチェックしている"と。
--筒美京平さん--この時73歳。
時空ツアーズの明るいメロディ
ああ、本当に、京平さん。貴方はいまどこを旅していますか?
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