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生きる為の翼

Sano ibuki シングル『紙飛行機』配信リリースに寄せて

何時だったろう最後に、紙飛行機に遠くへ飛べ、と願いを込めて飛ばした日は。例え思うように飛んで行かなくても、工夫して作り、その空に放つ行為を純粋に楽しんでいたのは。
そんな忘れかけた記憶を、そっと思い出させてくれる楽曲が、今秋届いた。澄んだ深まり行く秋の空気のような美しいピアノの旋律で始まる、Sano ibukiの最新シングル『紙飛行機』。同じく今秋公開の大庭功睦監督、故萩原慎一郎氏原作の映画『滑走路』の主題歌。映画公開に先駆けて、11月11日にデジタルリリースされた。

《忘れられないよ もしもが叶う世界でも あなたの読みかけの人生の 栞となれたことを》
古いアルバムをめくるように、語るように静かにSanoは歌い出す。この最初のフレーズから、映画の原作にもなった萩原の歌集『滑走路』の中の一首が思い浮かぶ。
「今日という日もまた栞 読みさしの人生という書物にすれば」
栞とは本を読む作業を一旦止める時に使うアイテムだ。萩原の一首からも分かるように、本を人生とすると、栞は休みを与える物、停滞を意味する。だが、歌人が非正規労働者の悲哀を謳っているのに対し、Sanoの歌詞はそれを否定的には捉えてはいない。
サビへ進むと
《あなたは鳥となって 空を今 駆け抜ける 紙飛行機 明かりの中、闇を裂いた その翼があまりに綺麗だ》
むしろ、人生の栞となれた“あなた”を大空を飛ぶ“鳥”や“紙飛行機”に例えるほど、歌詞の“僕”は“あなた”を誇りに思い、共鳴している。
「抑圧されたままでいるなよ ぼくたちは三十一文字で鳥になるのだ」
きっとSanoが考える紙飛行機には、萩原のこの一首が刻まれているのかもしれない。
さらに読み起こすと
《心の奥に響く 轟音、夜を掻き消す 昇る光に胸が震えている 同じ朝であなたと息が出来るなら 俯かなくていい》
このCメロ最後の《俯かなくていい》が私にはSano自身の心の叫びのように聞こえる。曲の主人公が一瞬だけ素の姿に戻り、聞き手にこの言葉を鮮明に投げかけたように思えるのだ。いつの間にか、聞き込んで行く内に、この曲の“あなた”はこの曲を聞いている私自身に重なって行った。
何かになれそうな自分と、何にもなれなかった自分との間に戻る毎日。だが、そんな読みさしの人生でも、出来た事を数えていいのだと、この曲は肯定してくれた。何も成していないと自覚するような読みかけの人生が、いつか誰かの生きる為の翼に成るのだと。
《いつかそこへ行くよ 僕の翼はあなた》
曲のラストで、“僕”とは紙飛行機の行方、つまり“あなた”の夢を継承する意思を持つ人間という風に解釈出来る。人から人へと繋いで行く思想。この曲は、その事を伝えたいのではないだろうか。

「この映画の最後にSanoさんの曲で空に飛ばして欲しい」
同曲のMVも手掛けた大庭監督の期待の言葉に応え、映画との親和性の高い楽曲を放ったSano。主観も交え歌詞を追ってみたが、その意味を一瞬忘れさせてしまう、叙情的で深い空間性に富んだ歌声にも圧倒された。
人と人を繋いで行く思想。今後、この美しい曲が映画館で、どのように響き、人々を余韻の中へ誘うのか。
《あなたの夢よ 叶えと願う 遠く、遠くへ飛べ》
一筋の希望を示すような、空へ向かう『紙飛行機』がエンドロールで流れた後、観客それぞれに、それぞれの“あなた”が見つかる事を願って。
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