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aikoの選択を信じきれなかった私とaikoの約束

オンラインライブを”aikoのライブ”と呼んでいいのか

aikoにとって二度目のオンラインライブ。
たとえそれが画面越しだとしても、およそ7か月ぶりにaikoと逢えた。その事実は私のこころを弾ませ、しかしそのライブの余韻はというと、どこか絶望的だった。


ファンの全員がaikoに逢えることを心待ちにしていた。それはライブグッズの一部が販売後すぐに完売となったことや、チケット購入者への特典が届いたというファンの嬉々としたツイートがあちこちで見られるようになったことからも容易にわかる。

ライブの日が近くなればaikoの各SNSでカウントダウンが始まり、胸の内で一緒にカウントを数えていた私の足取りは日々かろやかになる一方だった。



ライブ冒頭のMCでaikoはこう言った。

「7か月ぶりのライブです。この7か月はいろいろなことがありすぎて記憶が抜けていますけど、今日はいろんなことを取り戻すつもりでこのライブをやります。なのでみなさん、最後までよろしくお願いします。」

そうか、取り戻せるんだ。

私だけではない、この不条理な時世に絶望した人はこの世にごまんといる。私もaikoと同じように今年の記憶がとびとびになっていて、日々の思考や感情がほとんど思い返せない。

しかしそんな私でさえも、aikoは絶望の淵からどこまでも拾い上げてくれる。私はすっかり安堵してしまって、スクリーン越しのライブにくぎづけになっていた。



ライブの熱量はいつもと引けを取らない、素晴らしいパフォーマンスだった。

キャリア初期のナンバー『桃色』を歌ったのは紛れもなくサプライズであったし、『夢見る隙間』のアコースティックバージョンは初めて堪能した。新曲『ハニーメモリー』は"完璧"と言わざるを得ない歌唱、『こいびとどうしに』ではバンドメンバーと口笛を吹き、思わず笑みがこぼれるシーンであった。

ライブの醍醐味だ。aikoとaikoが信頼するバンドメンバーの手にかかれば、どんな楽曲も今までに見たことのない顔を見せてくれる。7か月ぶりのいろんな表情に、何度も目頭が熱くなる。

いつもは汗を吸ってくたくたになるライブタオルはさほど濡れていなかったが、そのライブには必要不可欠なタオルであることは間違いなかった。



「コロナのせいでみなさんに会えないなか、配信ライブをやっていますが、本当はみなさんに会いたいと思ってます。」

ライブの中盤でaikoが言い放ったことは、ライブが終わっても私のこころに鎮座しつづけた。

aikoが一度「会いたい」とこぼしてしまったものだから、私はダムが決壊したみたいに、会いたくてたまらないきもちがとめどなく溢れた。aikoは再三、これでもかというほど、「みんなに会いたい」と言った。

だからaikoは、最後の曲に『約束』を選んだ。


〝いつかまた逢える日が来るでしょう
 その日まで必ず元気でいてね〟


aikoはカメラに視線をまっすぐに向ける。
テレビ番組の歌唱ではあまりカメラ目線をくれないくせに、〝いつかまた逢える〟と歌いながらこちらに訴えかけるaikoの姿はまばゆい。こんなに長い時間、aikoと目が合ったのは久しぶりのことだった。

aikoがカメラに目を向けるその先に、幾千ものファンがいて、その一人ひとりがaikoとたった二時間でこの数か月を取り戻した。
しかし私は、からだの細胞が隅から隅まで満たされた一方で、満たされない部分が自分のなかにあるのも否めなかった。

そしてそれは同時に、aikoが一番感じているように私は思えた。

無観客のために定まらないaikoの視線。レスポンスのないコールアンドレスポンス。縦横無尽に駆け抜けることのできない丸いステージ。

これがライブの常になってほしくない。これが新しい音楽のかたちになるなんて狂ってる。本当に〝また逢える〟のかなと、私は疑心暗鬼になっていた。

「ほんっっまに楽しかったです。でもやっぱりみんなと一緒にライブがしたいです。」

ライブ終了後にaikoがこうツイートしたとき、やっぱり私は画面越しのそれでは拭えないなにかの存在を、あらためて認識した。

そのaikoのツイートには、この状況で配信ライブを開催してくれたaikoへの感謝、労いのリプライがたくさん集まり、その数は1000以上にもなっていた。

私は画面がスクロールできなくなるまで、そのリプライを一つひとつ読む。

「ライブに行ったようなきもちになったよ」「本当のライブ後みたい」「明日からまた頑張れる」

タイムラインには充実感がこれでもかと詰め込まれたツイートが、絶え間なく私の目に流れてくる。「それはそれは良いライブでした」と、指を動かすことを強要されている気がした。

みんな本当なの?私はぜんぜん頑張れそうにない。寂しくてしょうがない。汗もかいてないし、きっと明日の筋肉痛もない。これはライブであって、いつものライブじゃない。

もはや私はファン失格とさえ思い、スマホをベッドに投げた。

aikoのライブはいつも、喜びと楽しさ、すこしのもの悲しさ、それらを汗にまみれつつ、身を揺らし声を枯らし、すべての感情を会場にいる全員と分かちあう。日々の鬱憤や苦しみをすべて洗い流して、熱気と愛をごちゃまぜにする、あの、だれも再現できない尊い空間。

aikoのライブの持ち味がその"共有"だとしたら、私はライブで寂しさなんか共有したくなかった。



今よりだれもが絶望していた今年の5月。aikoは『すべての夜』を自宅で弾き語りした動画をツイートした。


〝こんなに素晴らしく夜は輝くのよ
 あなたの両手で計る未来を〟


aikoの選択はいつだって間違っていない。正確に言うと、あなたの選択なら間違っていないとこちらが信じきれてしまうのがaikoという人だ。唐突な『すべての夜』の投稿。aikoのこの曲の選択には、胸が震えた。

いくら昼間はすこやかに過ごせても、夜になればあれこれ考えてしまう。考える必要に迫られた時期だった。
だけど夜はかなしいだけじゃない。こころが折れようが、ひびが入ろうが、自分次第で〝夜は輝く〟のである。今の私があの頃より前を向けているのは、音楽があったから。aikoがいたから。

なにをどうしたって、対面のライブの方がいい。aikoの視線、バンドメンバーの闘志、会場を包み込む一人ひとりの高揚、すべての後のはちきれんばかりの熱気、これらが一つでも欠けてしまうと私は本意気で"ライブ"とは呼べない。

しかし私があの配信ライブで盛り上がりきれずにひとり寂しくなってしまったことは事実であり、今さらそれを綺麗事にする気はない。

私は不誠実だった。

aikoがオンラインライブをするという選択を取ったのなら、それを真っ向から享受すべきだった。この状況下でそれがaikoの選択であって、ファンである私がそれを両手を広げて受け止めないと、オンラインライブそれ自体が間違っていたことになる。

これはaikoが悪いんじゃない。ライブパフォーマンスが至らなかったということでもない。他の清らかなファンだってもちろん悪くない。誰のせいにもできないから、ライブが終了して一か月近く経過した今の今まで私は悶々としてしまったのだ。

私はこの文をもって、aikoの選択を疑うのをやめる。そして〝いつかまた逢える日〟に向かって、私は毎日を元気に過ごす。それが私の選択であり、私とaikoの約束である。

※〝 〟内は、AIKO作詞『約束』『すべての夜』より抜粋
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