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鬼束ちひろは「復活」したのか?

コロナ禍で行う有観客20周年記念コンサートツアーの意義

鬼束ちひろ、といえば「腐敗した世界に堕とされた」と歌う「月光」が有名過ぎるほど有名だが、この20周年コンサートツアーはそれだけではない、正に20周年という記念イヤーと納得するものだった。

このコロナ禍で鬼束ちひろがきちんと対策を練った有観客コンサートツアーを、オーチャードホールとZepp Nambaで行ったこと、それは足を運んだ者にしか与えられない「光」だったように感じる。
近年の彼女というと、声が出ていない、昔のような透き通る高音ではなくなった、などという批評の皮を被った誹謗中傷の言葉を耳にすることも多かったように思う。実際声が出ない年は何年かあったし、そのせいなのかコンサート自体をやらなかった年も何年かあった。
けれど今年のコンサートは違った。(本当はもうだいぶ前から違っていたのだが)
ピアノ、ヴァイオリン、チェロと少ない楽器陣で臨んだ今年は一曲目に初期の力強いナンバー「BORDERLINE」を、二曲目に最近ドラマ主題歌になっていた「End of the world」を切なく歌った。その緩急も観客を引きつけ、更に初期、中期、先のアルバム曲、配信ライブで歌った新たなアレンジバージョンの曲、などを、MCも挟まず歌い続けた。

Zeppではピッチや声量に不安定な部分もあったが、ライブハウスという場所のおかげもあるのか、その不安定さを歌い方のアレンジや感情を乗せ丁寧に歌詞を置くことで、時に荒々しく、演奏に合わせて曲の世界観を必死に守っていた。
オーチャードホールでは伸びやかな高音と、体中から繰り出される声量と、ひとりひとりに届けるような手振りで、時に神々しくもある荘厳なステージだった。

圧倒的な存在感だった。

過去の音源よりも増した声量と迫力の中に、優しさや強さ、温かみを感じる鬼束ちひろの今の歌は、昔の彼女の印象が強い人々にとっては「復活」と言いたくなるものだろう。けれどその場にいて、彼女の生の声を聴いた者からするとそれは不相応だ、と言える。

鬼束ちひろはずっとずっと、もがきながらもその時の彼女が歌える歌を、ひたむきに歌い続けていたのだ。それはさながら、当たり前の日常が崩されてしまったわたし達に重なる。
生活様式が変わってしまった中で必死にもがきながらも日常を送るわたし達と同じように、鬼束ちひろもまた、変わりゆく自身の歌に向き合いながら真摯にそこに「いた」。

そしてここ数年は、わたし達ファンに真っ直ぐに向き合ってくれていた。それはコンサートの中盤から後半にかけての歌にも表れていた。
「この鎧は重すぎる/昨日など越えて/強くなんてなれないけど/逃げたりしないで/もう誰も貴方を攻めたりしない/そんなの早く脱いで」と歌う「CROW」や、
「貴方に歌えない歌が/余波を待てない歌ならば/私に託して/立てなくなった孤独さえも」と歌う「悲しみの気球」。
自身の実話を元に作られた「書きかけの手紙」で「『まともじゃなくたって いいから』/『ふつうじゃなくたって それでいいからね』」とファンに語りかけるように歌った。ステージ上から手を差し伸べて、微笑みながら、文字通り語りかける歌い方だった。

その歌声が若干かすれていたって、鬼束ちひろの歌はずっとずっと「そこにいた」のだ。生で聴く方がより心が震えるのは、その声が心の奥まで響くから。
同じように鬼束ちひろもそこに「生きて」いて、わたし達の胸の奥にあった彼女の歌もずっとそこで「生きて」「いた」。生まれ変わったというよりもきっと輝きを増したのだと思う。だからこそ鬼束ちひろの歌は「生きている歌」なのだと。
それをつよくつよく、強く感じている。

飛沫による感染症流行のさなかで、音楽業界はきっと飲食業界にも似た明日の生活もままならぬ状況にいるのだろうと想像する。大型ライブは軒並み配信に変わり、こんなにも日常に寄り添っているのに音楽コンサートに赴くことは「不要不急」と断罪される。
けれど本当に「不要不急」なのだろうか?世間の声よりも、自分の内なる声に耳を傾けてみて欲しい。どれだけ「音楽」に救われた毎日なのか、ということを。

鬼束ちひろは、このコロナ禍で有観客コンサートツアーを行うことを決断してくれた。
彼女の名前を「歌姫」というカテゴリに入れてくれる人は少なくないと思っているが、生で歌を聴こうと行動する人は実際少なかったのではないだろうか。
けれどきっと「次」が来る。その時は是非、鬼束ちひろの歌を生で浴びて欲しい。

鬼束ちひろが生きていることで、彼女の全てを振り絞った歌で、わたしは今、生きている。
生き続けてきたのである。

20周年、おめでとうございます。
よく頑張ったよね。
生きていてくれて、生き続けてくれてありがとう。
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